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第4部 第14話【 消えない火種 】

合議の空気が和らぎ始めた矢先、

旧グラウの集落に、新たな波紋が生まれた。


上流の若者の一人が、

突如として合議の場に乗り込み、

声を荒らげたのである。


「聞き飽きた! 

 監督者殿の言葉は美しいが、

 俺の家族を殺した下流の連中を、

 俺は許す気にはなれん!」


その声には、

これまでの穏(おだ)やかな合議の空気を

一変させるほどの、

剥(む)き出しの感情が滲(にじ)んでいた。


場が一瞬にして凍りつく。


周囲の代表たちも、

思わず息を呑んで若者を見つめた。


ジュエダンは、

その激しい怒りを前にしても、

動じることなく静かに問いかけた。


「……ご家族のことを、

 聞かせていただけますか?」


若者は、

かつての国境紛争で父を失った過去を、

噛みしめるように語った。


幼い頃に見た、

父の亡骸(なきがら)が運ばれてきた朝のこと。


母が声を殺して泣いていた夜のこと。


彼の憎しみは、

決して理不尽なものではない。


むしろ、

あまりにも真っ当な悲しみの発露だった。


その様子を、

ITSの艦橋(ブリッジ)から見守っていたシルヴィアが、

眉をひそめる。


「レグナ様。……あの若者の周辺だけ、

 闇の種の反応が、

 他より一段と強まっています」


シルヴィアはそう告げながら、

立体図に映る赤い光点を、

じっと見つめていた。


悲しみという、

誰の心にもある弱さに寄り添うように、

種は静かに存在感を強めているようだった。


「悲しみそのものは、

 種が作ったものではない。

 だが、その悲しみを、

 憎しみのまま凍りつかせているのは、

 種の仕業かもしれんな」


レグナは静かに拳を握った。


真実の痛みと、それを利用する闇――

両者を見分けることの難しさを、

改めて突きつけられた思いだった。


吾郎が通信越しに、険しい声で付け加える。


「悲しみにつけ込んで、

 火を絶やさないようにしてる……

 そんな感じがするな」


「だとしても、

 あの若者を責めるわけにはいかん。……

 悲しみを持つこと自体は、罪ではない」


レグナは静かにそう答え、

合議の場に映る若者の姿を、

じっと見つめ続けた。


力ずくで

種だけを引き剥(は)がせば済む問題ではない。


悲しみそのものを置き去りにしたまま

闇だけを取り除いても、

彼の心にはまた別の隙間が残るだろう。


合議の場では、

ジュエダンが若者の言葉を、

最後まで遮(さえぎ)ることなく聞き続けていた。


「あなたの怒りは、

 間違ってなどいません。……ですが、

 その怒りを、

 これから生まれてくる子らにまで、

 そのまま受け継がせたいと

 思われますか?」


若者は、拳を震わせながらも、

しばし黙り込んだ。


答えは、まだ出ない。


だが、頑(かたく)なに閉ざされていた心に、

ほんの僅かな隙間が生まれた瞬間だった。


下流の代表の一人が、静かに口を開く。


「……あなたのお父上のことは、

 存じ上げませんでした。

 ……もし、よろしければ、いつか、

 お話を聞かせていただけませんか?」


若者は答えなかった。


だが、その場を立ち去る足取りは、

来た時よりも幾分か、

重さを失っているようにも見えた。


ジュエダンは、

その背中をただ静かに見送りながら、

小さく息をついた。


「憎しみを裁くことはできても、

 悲しみを裁くことはできません。

 ……この先も、あの方の心に、

 そっと寄り添っていく他ない

 のでしょうね」



同じ頃、聖宮の学芸院では、

この日の演目に

「消えない悲しみ」を題材にした

短い劇が加えられていた。


憎しみを断ち切れぬまま生きる者の姿を、

弟子たちは真摯(しんし)に演じ分ける。


「悲しみに蓋(ふた)をさせるのではなく、

 悲しみを抱えたまま歩む術(すべ)を

 教えねばならぬ」


アーロンはそう呟きながら、

稽古場の弟子たちを見渡した。


演じる者も、見守る者も、誰もが一様に、

言葉を選ぶことの難しさを

噛みしめている表情をしていた。


「聖王様。……悲しみは、

 いつか消えるものなのでしょうか?」


一人の弟子が、静かに問いかける。


アーロンは

しばし考えてから、穏やかに答えた。


「消えぬまま、

 共に生きる術(すべ)を見つけた時、

 それはもう悲しみだけでは

 なくなっているのかもしれぬ。

 ……あの若者も、

 いつかそこに辿(たど)り着けるとよいのだが」


聖国ルネサンスがまた一つ、

新しい主題と向き合い始めたことを、

アーロンは静かに見届けていた。

本日 19:30 に投稿します。

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