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第4部 第13話【 種と、根と、光と 】

ジュエダンが監督者として

旧グラウの合議に加わってから、

幾日かが過ぎた。


水利を巡る対立は、

まだ完全には収まっていない。


だが、双方が声を荒らげる回数は、

目に見えて減っていた。


「今日は、上流の代表殿から、

 渇水期の備蓄案について、

 詳しい話を伺いたいと思います」


ジュエダンの穏やかな進行に、

代表たちは戸惑いながらも、

少しずつ言葉を選ぶようになっていた。


裁かれることを恐れて

身構える必要がない――

その安心感こそが、

彼らの態度を

静かに変えていったのである。


下流の代表が、

これまでとは違う落ち着いた口調で

切り出す。


「……正直に申せば、

 上流の方々が水を独占していると、

 ずっと思い込んでおりました。

 ですが、

 渇水期の備えという話を伺えば、

 なるほど、頷ける部分もあります」


「こちらこそ、

 下流の畑がどれほど水を必要と

 しているか、

 真剣に考えたことはありませんでした」


上流の代表も、

バツが悪そうにそう応じる。


すぐに解決には至らずとも、

互いの事情を認め合う空気が、

確かにその場に生まれ始めていた。


ジュエダンは、

その様子を静かに見守りながら、

小さく頷いた。


「監督者殿の遣り方、

 思いのほか効いているようだな」


報告を受けたレグナは、

静かに目を細めた。


武力ではなく、静かな傾聴によって

和らいでいく対立の姿は、

これまで彼が積み重ねてきた覇道とは、

また違う手触りをしていた。


だが、その一方で、

シルヴィアと吾郎からは、

別の報告が届いていた。


「レグナ様。聖国全土の地脈調査、

 ようやく

 大まかな全容が見えてきました」


シルヴィアが示した立体図には、

これまでに確認された闇の種の位置が、

無数の光点として浮かび上がっている。


一見、無秩序に

散らばっているように見えたそれらは、

よく見れば、ある一点を中心に、

緩やかな渦を描いていた。


「……中心があるのか?」


「はい。……座標を辿(たど)ると、

聖国のどの版図にも属さない、

次元の狭間(はざま)の奥、

名もなき暗礁宙域に行き着きます」


吾郎が険しい表情で付け加える。


「あの時逃げた奴、

 あそこに巣を作ってるんじゃないか?」


吾郎の言葉に、シルヴィアも静かに頷く。


「暗礁宙域は、聖国の

 どの航路図にも記されていない、

 いわば次元の隙間のような場所です。

 ……あの者にとっては、

 都合のよい隠れ家なのでしょう」


レグナは静かに拳を握った。


旧グラウの合議が

少しずつ落ち着きを見せている今、

それと呼応するように、

根源の在り処が姿を現し始めている。


焦る必要はない。


だが、いずれこの根そのものに

向き合わねばならない日が来ることを、

レグナは確信していた。


「まずは、この地の芽吹きを、

 丁寧に育てることが先だ。……

 根を絶つのは、それからでいい」


シルヴィアと吾郎は、

その判断に静かに頷いた。


焦って根を刈り取れば、

まだ脆(もろ)いこの地の対話の芽までも、

巻き添えに

踏み荒らしてしまうかもしれない。


順序を違えないこと――それもまた、

力を持つ者の務めなのだと、

三人はそれぞれに胸へ刻んでいた。



同じ頃、聖宮の学芸院では、

旧グラウの合議の様子が、

詩の題材として

弟子たちに語られていた。


裁かず、ただ聞く監督者の姿は、

剣を交えるよりもなお、

人の心を動かす物語として、

静かに聖国中へと広がり始めていた。


「力ではなく、耳を傾ける者の物語か。

 ……これもまた、

 聖国ルネサンスの新しい実りだな」


アーロンはそう呟きながら、

遠く暗礁宙域に眠る、

まだ見えぬ根源の気配を、静かに思った。


傍らのセレスティアが、

静かに言葉を添える。


「レグナが根を絶つ日が来るとしても、

 この地に育った対話の芽は、

 簡単には枯れないでしょう。……

 種を蒔(ま)いたのがあちらなら、

 それを違う花に咲かせるのは、

 私たちの仕事ですもの」


「ああ。……いずれ根を断つときも、

 この庭園に残るのは、憎しみではなく、

 こうした小さな

 理解の積み重ねであってほしいものだ」


聖宮の窓の外には、

変わらぬ穏やかな光が差し込んでいた。


だがその光の届かぬ遥か彼方、

名もなき暗礁宙域では、赤黒い気配が、

静かに、しかし確かに、

その存在感を増しつつあった。

明朝 7:20 に投稿します。

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