第4部 第12話【 芽吹きと軋み 】(下)
紛糾する合議を見守り続けて数日、
レグナはついに一つの決断を下した。
合議の空気は日を追うごとに悪化し、
代表たちの怒声には、もはや
水利の話とは思えぬほどの棘が
混じり始めていた。
このまま放っておけば、いずれ
言葉の応酬だけでは収まらなくなる――
そう判断したレグナは、
ITSの通信を通じ、
聖都の父へと繋いだ。
「父上。……
監督者の人選が決まりました」
「誰を選んだ?」
「ジュエダンです」
通信の向こうで、
アーロンが僅かに間を置いた。
「あの狂戦士を、か。……理由を聞こう」
「かつて彼女は、周囲から
『役立たず』と切り捨てられ、
誰にも顧みられなかった。……
その痛みを知る者だからこそ、
この合議で
怒鳴り合う者たちの本当の恐れも、
見抜けるのではないかと」
レグナの言葉に、
アーロンはしばし沈黙した。
玉座の傍らでは、
セレスティアも静かに耳を傾けている。
「……力を持つ者が、
力なき者の痛みを裁くのは容易い。
だが、痛みそのものを知る者が
寄り添うのでなければ、
真の意味での監督にはなるまいな」
アーロンはそう呟くと、
静かに笑みを浮かべる気配がした。
「よい人選だ。……
力で黙らせるのではなく、
痛みを知る者に見守らせる。
それでこそ、この庭園の育て方だろう」
ジュエダンは、任命の報せを受けると、
戸惑いながらも深く頭を垂れた。
「私に、
そのような役目が務まるでしょうか。
……この身は、争いを鎮めるより、
断ち切ることの方が得意なのですが」
自嘲気味に漏らした言葉に、
レグナは静かに首を振った。
「務まる、務まらないではない。……
そなたにしか務まらない役目だと、
俺は思っている。
力で断ち切ることを知っているからこそ、
そなたは誰よりも、力に頼ることの
虚しさも知っているはずだ」
レグナの言葉に、
ジュエダンの目が僅かに潤む。
かつて
誰からも必要とされなかった自分が、
今、誰かの
争いを鎮めるために求められている――
その事実が、
彼女の胸に静かに染み渡っていった。
翌日、彼女は
超重量の戦鎚を宮に置いたまま、
身一つで旧グラウの集落へと向かった。
武器を携えぬその姿に、
代表たちは戸惑いを隠せない様子だった。
「監督者殿は、我らを
罰しに来られたのではないのですか?」
上流の代表が探るように尋ねると、
ジュエダンは静かに首を振った。
「私は、罰する力も、
その資格も持ちません。……
ただ、皆様の言葉を、
一つ残らず聞かせていただきたいのです」
その静かな物言いに、代表たちの気勢は、
いくらか削がれたようだった。
ジュエダンは
輪の中央にゆっくりと腰を下ろし、
まず上流の代表の話に、
じっと耳を傾け始めた。
ジュエダンが合議の場に立った初日、
彼女は裁定を下すことも、
意見を述べることもしなかった。
ただ、上流と下流、双方の言い分を、
根気強く聞き続けた。
「……上流の方々も、下流の方々も、
本当は
『見捨てられたくない』と
思っておられるのですね」
その一言に、
怒鳴り合っていた代表たちが、
おもわず言葉を止めた。
誰も、そんな風に
自分の本心を言い当てられたことは
なかったのだ。
上流の代表が、
バツが悪そうに視線を逸らしながら、
それでも小さく頷いた。
「……見捨てられたくない、か。
……確かに、そうかもしれん」
その日の合議は、結論には至らなかった。
だが、初めて、怒声のない
静かな沈黙のうちに終わったのだった。
ジュエダンは、
報告のためにITSへと戻る道すがら、
静かに独り言ちた。
「裁くのではなく、聞くこと。
……これも、
一つの戦い方なのかもしれませんね」
同じ頃、聖宮の演劇・弁論科では、
模擬合議の題材に、初めて
「監督者」という役柄が加えられていた。
裁く者でも、支配する者でもない、
ただ双方の恐れに耳を傾ける存在――
それを演じることの難しさに、
弟子たちは新たな発見を重ねていた。
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