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第4部 第12話【 芽吹きと軋み 】(上)

自治が認められてから、

10日ほどが過ぎた。


旧グラウの集落では、

代表たちによる

合議の場が新たに設けられ、

これまで聖国の裁定に委ねていた

水利や税の配分を、

自分たちの手で決めるようになっていた。


合議の間には、

争いの記憶を刻んだ

古い旗が壁に掲げられ、

「もう二度と、剣では決めない。

 言葉で決める」

という、代表たちが

自ら誓った文言が刻まれていた。


だが、その滑り出しは、

決して穏やかなものではなかった。


「上流の村ばかりが

 水を優先されるのはおかしい!

 これでは、

 これまでの聖国の裁定の方が

 まだ公平だった」


合議の場で、

下流の村の代表が声を荒らげる。


上流の代表もまた、負けじと反論した。


「上流には上流の事情がある。

 渇水期に備えねば、

 共倒れになるのはお前たちの村もだろう」


怒声が飛び交う合議の様子は、

遠くITSの艦橋から、

シルヴィアの透視によって

静かに見守られていた。


「レグナ様、

 かなり紛糾しているようです。……

 介入なさいますか」


「いや」


レグナは静かに首を振った。


「裁く者ではなく、見守る者だと、

 俺自身が言ったばかりだ。……

 ここで俺が口を出せば、

 また元の木阿弥になる」


だが、

その紛糾の底に流れる感情の昂(たかぶ)りに、

レグナは微かな違和感を覚えていた。


単なる利害対立にしては、

双方の怒りの熱量が、

いささか度を超えているように

感じられたのである。


「シルヴィア、

 あの合議の場周辺の、種の濃度は」


「……確認します。

 ……はい、周辺の地脈に、

 依然として濃い反応があります」


「やはりな。……種そのものが

 争いを作るわけではない。

 だが、元々くすぶっていた火種に、

 風を送っているのかもしれん」


レグナは静かに拳を握った。


自治そのものを

頭ごなしに否定するつもりはない。


むしろ、

剣ではなく言葉で決めようとする、

その誓いの姿勢そのものは、

確かな進歩だとすら思う。


だが、この芽生えたばかりの自治が、

闇の種によって歪められたまま

育っていくのだとすれば、それはいずれ、

聖国全体を蝕(むしば)む病巣になりかねなかった。


「シルヴィア、

 種を今すぐ祓(はら)うことはできないのか?」


「渓谷の時と同じく、

 単純な浄化では難しいかと。……

 争いの記憶そのものに

 根を張っているようですから、

 力で引き剥がせば、

 この地の民の心まで傷つけかねません」


「……厄介なものだな。

 悪意そのものより、

 悪意なき絶望の方が、よほど手強い」


レグナはそう呟きながら、

合議の場でなおも言い争いを続ける

代表たちの姿を、じっと見つめ続けた。


「監督者を、

 早々に置く必要があるかもしれんな。

 ……裁くためではなく、こうした

 軋(きし)みの底にあるものを、見抜くために」


窓の外に流れる星々を見つめながら、

レグナは静かに

次の一手を思案し始めていた。


誰であれば、力に頼らず、

この繊細な役目を担えるだろうか。


剣の腕でも、変換の力でもなく、

人の心の機微(きび)を丹念に読み解ける者――


そう考えたとき、レグナの脳裏には、

まだ形にならぬ幾つかの顔が、

浮かんでは消えていった。


一方、聖宮の演劇・弁論科では、

この日、初めての「模擬合議」の

稽古が行われていた。


弟子たちが

水利や税を巡る架空の対立を演じ分け、

互いの主張の奥にある本当の不安を

探り合う。


「対立の裏には、

 大抵、恐れが隠れている。……

 その恐れを

 見つけられれば、道は開ける」


アーロンの言葉に、

弟子たちは真剣な面持ちで頷いた。


演じ役を交代しながら、

弟子たちは

何度も同じ対立の場面を繰り返す。


最初はぎこちなかった言葉のやり取りも、

稽古を重ねるうちに、次第に

相手の立場を汲み取る間合いが

生まれていった。


「聖王様。……いつか、こうした術(すべ)が、

本当に必要とされる場に届く日は

来るのでしょうか」


一人の弟子が問うと、

アーロンは静かに窓の外、

辺境の方角へと視線を向けた。


「来る。……

 それも、そう遠くない未来にな」


聖国ルネサンスが育てる対話の術は、

まだ辺境の紛糾(すんきゅう)には届いていない。


だが、いずれその力が、

遠く離れた合議の場にも及ぶ日が

来ることを、

アーロンは静かに確信していた。

明朝 7:30 に投稿します。

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