第4部 第11話(下)【 委(ゆだ)ねる理(ことわり) 】
聖都からの返答を受け、
レグナは再びITSに乗り込み、
陳情を出した旧グラウの集落へと
向かった。
代表たちは、
緊張した面持ちでレグナを出迎える。
「覇王レグナ様……。
此度の陳情、いかなる裁定を」
「聖王アーロン様は、自治を認められた」
代表たちの間に、
安堵とも困惑ともつかないどよめきが
広がる。
だが、
レグナの言葉には、まだ続きがあった。
「ただし、条件がある。……
そなた達に自治を委ねる代わりに、
この地の様子を聖都へ伝える者を
一人、置かせてもらう」
「監督者を置く、ということですか。
……それでは、自治とは名ばかりでは」
代表の一人が、
微かな反発を滲ませて問い返す。
レグナは静かに首を振った。
「違う。裁く者ではない。……
ただ、見守り、必要とあらば
橋渡しをする者だ。
そなた達の決定に、
いちいち口を出すつもりはない。
だが、この地にはまだ、
見えざる種が眠っている。
それが再び芽吹かぬよう、
目だけは離さぬ」
レグナの脳裏には、
シルヴィアが発見した
黒い紋様の祭壇が過っていた。
自治を認めることと、
闇の種を放置することは、
決して同じではない。
その線引きを、彼はこの場で
明確にしておく必要があった。
「……分かりました。監督者であれば、
我らも異存はありません」
代表が深く頭を下げると、
レグナは静かに頷き、
集落の広場に集う人々を見渡した。
「今日より、この地の統治は、
お前たち自身の手に委ねる。……
争いの記憶も、これから紡ぐ未来も、
すべてそなた達のものだ」
歓声とも、戸惑いともつかない声が、
広場にさざめくように広がっていく。
長年、聖国の力に頼ることに
慣れていた民にとって、
自治とは、
歓迎すべき自由であると同時に、
不安を伴う重荷でもあった。
ITSへと戻る道すがら、
シルヴィアが静かに問いかける。
「レグナ様。……監督者には、誰を」
「まだ決めていない。……だが、
いずれこうした地が増えていくならば、
その都度、信頼できる者を
見繕っていく必要があるだろうな」
レグナは
窓の外に流れる星々を見つめながら、
静かに呟いた。
力による平定の次に来る、
統治という名の、もっと繊細な仕事――
その最初の一歩を、
彼は今、確かに踏み出したのだった。
同じ頃、聖宮では、アーロンが
新設されたばかりの
演劇・弁論科の稽古場を訪れていた。
若い弟子たちが、二人一組になり、
互いに正反対の立場を演じ分ける稽古に
取り組んでいる。
「己の考えを述べる前に、
まず相手の言い分を、一度、
自分の言葉で言い直してみよ」
アーロンがそう指導すると、
弟子の一人が戸惑いながらも、
相手役の主張を
懸命に言い換えてみせた。
ぎこちないながらも、
そこには確かな歩み寄りの兆しがあった。
「聖王様、このような稽古が、
本当に自治の助けになるのでしょうか」
弟子の一人が率直に尋ねると、
アーロンは静かに笑った。
「力で治めるだけならば、要らぬ稽古だ。
……だが、これから民が
自らの手で治めていくならば、
意見の違う者同士が、
殴り合わずに済ませる術こそが、
何よりの礎になる」
稽古場の隅では、
セレスティアがその様子を見守りながら、
静かに手元の記録を進めていた。
「レグナが版図に自治の種を蒔くなら、
私たちは、この学び舎で、
対話の種を蒔いていきましょう」
聖国ルネサンスは、
辺境の
統治の変化と歩調を合わせるように、
着実にその役割を広げつつあった。
本日 19:30 に投稿します。




