第4部 第11話(上)【 芽吹く声 】
聖国全土の地脈調査が進む中、
シルヴィアからの報告は、
レグナの予想を超える規模のものだった。
「闇の種が確認された地点は、
これまでに確認できただけで
三十七箇所。……そのすべてが、
統合されたばかりの
辺境地帯に集中しています」
「まだ聖国に馴染みきれていない
土地ばかり、ということか」
レグナは
地図に点在する赤い光点を見つめながら、
低く呟いた。
種そのものは、
今のところ大きな害をなしてはいない。
だが、シルヴィアの分析によれば、
その気配は、人々の心の奥にある
小さな不満や不安を、
ごく僅かずつ増幅させているという。
「……種そのものより、
それが呼び覚ますものの方が厄介、
ということだな」
その予感は、
まもなく現実のものとなった。
旧グラウ諸邦の一領域、かつて
激戦地であった渓谷に近い集落から、
聖宮に一通の陳情書が届いたのである。
『我らは聖国の庇護に感謝している。
だが、すべてを聖王・覇王の
理に委ねるのではなく、
この地に根差した
我らの流儀で、自らを治めたい』
差出人には、統合の際に膝をついた、
あの旧グラウの代表の名が記されていた。
「自治、か」
レグナは陳情書を手に、しばし黙考した。
力による平定の先に、
当然生まれるはずの声だった。
だが、それが今、この時期に、
闇の種が最も濃く漂う地から
届いたことに、彼は微かな
違和感を覚えずにはいられなかった。
「シルヴィア、
この陳情を出した集落の、種の濃度は」
「……他の地点と比べても、
際立って濃い部類です」
「やはりな」
レグナは静かに目を閉じた。
自治を求める声そのものは、
決して不自然なものではない。
むしろ、健全な望みだとすら言える。
だが、その芽吹きの一部に、
闇の種が水をやっているのだとすれば
――それを見誤ってはならなかった。
「父上に、報告する。……
このまま黙って自治を拒めば、
種はさらに深く根を張るだろう。
だが、安易に認めるだけでも、危うい」
レグナはITSの通信端末に向かい、
聖都のアーロンへと繋いだ。
「父上。……聖国の各地から、
自治を求める声が上がり始めています。
その背後には、恐らく、
あの残党が仕込んだ
種の影響も混じっていると、……」
通信の向こうで、
アーロンがしばし沈黙する。
そして、静かな、しかし
確かな重みを持った声が返ってきた。
「……声そのものを、
闇のせいだと決めつけてはならぬぞ、
レグナ。
種が芽吹かせたものだとしても、
その根には、確かにその土地の
民の本当の願いもあるはずだ」
「では、父上は」
「自治を、認めよう。……
ただし、目を離しはせぬ」
通信が一度途切れる間、聖宮では、
アーロンが
受話器代わりの光球を静かに下ろし、
傍らの
セレスティアへと視線を移していた。
「レグナの報告、聞いていたな」
「ええ。……聖国ルネサンスも、
いよいよ
試される時が来たようですわね」
アーロンは頷き、窓の外、
学芸院の方角に目をやった。
これまで芸術は、
傷ついた個人の魂を癒すための場であった。
だが、
自治を巡る声が各地で芽吹き始めた今、
その役目は、もう一段先へと
進むべき時期に来ているのかもしれない。
「……セレスティア。
学芸院に、新たな科を設けよう。
『対話の場』としての演劇と弁論の科だ。
剣ではなく、
言葉で己の願いを語り合う術を、
この聖国の民に、
もっと深く根付かせねばならぬ」
「良い考えですわ。……
私たちが育てるべきは、
語り合う力なのでしょうから」
聖国ルネサンスは、癒しの段階から、
静かに次なる段階――
対話と自治を支える土壌づくりへと、
その姿を変えようとしていた。
明朝 7:30 に投稿します。




