第二幕 第十章 【 神殺しの準備、あるいは神喰らい 】
72時間のカウントダウンが始まった。
アルカディアの空気は、張り詰めた糸のように鋭い。緊張感に包まれてはいたが、それは絶望の空気ではない。俺という絶対的な拠り所がある限り、民たちの心には不思議なほどの昂揚感があった。
「アーロン様、結界の展開準備は完了しました。……。ですが、これは本当に『防御』用なのですか?」
防御指揮を執っていたルナが、震える声で尋ねる。
俺がルナに指示した結界の術式は、内側を護るためのものにしては、あまりにも異様だった。結界の壁面には、世界の理を書き換えるための『変換式』が幾何学模様のように複雑に刻まれている。
「いやルナ。これは防御じゃない。……『収束』だ」
俺は城の最上階、アルカディアの中心で魔力の奔流を制御していた。
旧王国の管理者が放つであろう『消去の権能』を、結界ですべて受け止め、そのまま俺の体内に流し込む。そしてそれを、【全属性変換】で「管理者の命令権限」そのものに変換してやる。
攻撃を受ければ受けるほど、俺はこの世界の管理者と同等、あるいはそれ以上の権限を奪い取れる仕組みを築いたのだ。
まさにその時、空の紋章から冷徹な声が響いた。
「愚かなるバグよ。まだ足掻くか? 貴殿の抵抗は無意味である。貴殿が構築したその城、その国、そのすべてを、今からデータの一欠片も残さず『削除』する」
星の輝きにも似た、白銀の光線が空から降り注ぐ。
世界中の法則を根底から塗り替える、管理者による絶対的な滅びの楔だ。
「よいか! 見せてやるよ。お前たちが守ろうとしたその理が、俺たちの力に変わる瞬間をな」
大きく両手を広げ、俺は言った。
結界が咆哮を上げる。アルカディア全体が黄金の光に包まれ、迫りくる消去の光を受け入れる。
激突の瞬間、世界が真っ白に染まった。
王国の滅亡よりも、帝国の侵攻よりも遥かに巨大な衝撃が、辺境の地を揺らした。
これはただの戦いではない。
アーロンというイレギュラーが、この世界の箱庭を食い破る、最後の晩餐の始まりだった。




