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第4部 第10話(上)【 揺らぐ地脈、蠢(うごめ)く影 】

グラウ諸邦が

聖国の版図に組み込まれてから、

幾日かが過ぎた。


表向きは穏やかな併合であったが、

レグナのもとには、

統合されたばかりの土地の各所から、

奇妙な報告が相次いで届いていた。


「レグナ様、グラウ北部の旧国境地帯で、

 地脈の乱れが観測されています。……

 以前、

 国境哨戒線に現れた異形の瘴気(しょうき)と、

 波形が酷似しているとの分析結果です」


ITSの艦橋(ブリッジ)で報告するシルヴィアの声に、

レグナは静かに目を細めた。


あの時、闇の裂け目の奥へと逃げ去った、

嗤(わら)いを浮かべた者の姿が脳裏をよぎる。


「……やはり、あの時の残党か。

 逃がしたと思っていたが、

 案外、まだこの版図の内側に

 根を張っていたようだな」


「吾郎からも、アスガルド側で

 同様の報告が届いています。……

 単独の脅威ではなく、複数の地点で

 同時多発的に発生しているようです」


レグナは地図上に浮かび上がる、

乱れの発生地点を見つめた。


グラウ諸邦のかつての国境沿い、

長年の対立で荒廃していた土地の随所に、

まるで見えざる根が

張り巡らされているかのように、

乱れの光点が点在している。


「争いの記憶が色濃く残る土地ほど、

 闇は根付きやすいということか」


呟(つぶや)きながら、レグナは

ITSを最も乱れの強い地点――

かつて激戦地であったという、

荒れ果てた渓谷へと向かわせた。


汽笛と共に降り立った渓谷には、

異様な静けさが満ちていた。


かつて多くの血が流れたという地面には、

うっすらと黒い霧が

這(は)うように漂(ただよ)っている。


レグナが足を踏み入れると、地の底から、

くぐもった呻(うめ)き声にも似た地鳴りが響いた。


「……ここは、まだ癒(い)えていない。

 人の争いが残した傷そのものが、

 闇を呼び込む器になっているのか」


レグナは静かに掌をかざし、

渓谷の大地に触れた。


【全属性変換】の光が

地中深くへと染み渡っていくが、

以前のように

瞬時に浄化される手応えはない。


まるで、

大地そのものが長年の憎しみを記憶し、

光を拒(こば)んでいるかのようだった。


「……力任せに書き換えるだけでは、

 足りないということか」


レグナは眉根を寄せ、

渓谷を覆う黒い霧をじっと見据えた。


国境を統合し、

版図(はんと)を広げるだけでは終わらない、

もっと深いところにある傷――

それこそが、

この地に巣食う闇の正体

なのかもしれないと、

レグナは静かに悟り始めていた。


「レグナ様、ご無理はなさらず。……

 この地の傷は、

 一度に癒(いや)せるようなものでは

 ないのかもしれません」


通信越しにシルヴィアの声が届く。


レグナは黒い霧の向こうに、

かつてこの渓谷で命を落としたであろう、

無数の兵士たちの気配を感じ取っていた。


憎しみだけでなく、恐怖も、無念も、

幾重にも重なり合って、

この土地に染み込んでいる。


「……焦って書き換えれば、

 傷跡を無理やり覆(おお)い隠(かく)すだけになる。

 それでは、父上の理想郷とは呼べまい」


レグナは静かに膝をつき、

渓谷の土に両手を触れさせたまま、

しばらく動かなかった。


力ではなく、まず土地そのものの記憶に、

静かに耳を傾けるように。


黒い霧はすぐには晴れなかったが、

それでもほんの僅(わず)かに、

地鳴りの響きが和(やわ)らいだ気がした。


「……時間はかかりそうだ。

 だが、逃げるつもりはない」


レグナは立ち上がり、渓谷の空を見上げた。


かつて血に染まった大地の上に、

いつか

静かな緑が戻る日を思い描きながら、

彼はしばらくその場に留(とど)まり続けた。

明朝 7:30 に投稿します。

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