第4部 第9話(下)【 学び舎に流れ込む、新たな色 】
聖宮に隣接する学芸院では、
開設からわずかの間に、
目覚ましい変化が芽生えていた。
絵画科の講義室には、
少女の指導を受けた子供たちの作品が
ずらりと並び、
弦楽の間には、
青年の教える調べに合わせて、
様々な世代の弟子たちが弦を弾いている。
詩作の科には、
まだ言葉に不慣れな者たちが、
たどたどしくも
自らの想いを綴り始めていた。
「次なる段階として、
詩作と演劇の科を新たに設けようと思う」
アーロンが
学芸院の運営を担う長老たちに
そう告げると、一同は深く頭を垂れた。
「聖王様の御心のままに」
セレスティアが微笑みながら付け加える。
「レグナが版図を広げるたび、
この学び舎にも、様々な地の文化が
流れ込んでくるでしょうね」
その言葉通り、
グラウ諸邦が聖国に組み込まれたという
報せが届いた数日後、学芸院の門を、
見慣れぬ意匠の楽器を携えた
旅の楽師たちが訪れた。
彼らは長年、諸邦の対立の狭間で、
自らの音楽を披露する場すら
持てずにいたのだという。
「……このような場所があるとは。
聖国とは、噂に聞くよりも、
ずっと懐の深い国のようですな」
楽師の一人がそう漏らすと、
学芸院の弟子たちが
興味津々(きょうみしんしん)に彼らを取り囲んだ。
異なる旋律、異なる律動――
これまで聖国になかった響きが、
講義室の隅々にまで広がっていく。
「征伐と創造、二つの流れが交わる時、
この聖国は真の意味で豊かになる」
アーロンは
回廊からその光景を見下ろしながら、
静かにそう呟いた。
かつて争いの種でしかなかった
諸邦の文化が、今や学び舎に
彩りを添える新たな糸となっている。
「アーロン様、
あの旅の楽師たちの中には、
争いで家族を失った者も
少なくないようです」
エレーナが静かに報告すると、
アーロンの表情が僅かに引き締まった。
「……ならば、彼らにも、この場所で
癒える時間を用意せねばな。
芸術とは、
傷を隠すためのものではなく、
傷を抱えたまま、
なお前を向くための杖なのだから」
セレスティアがその言葉に頷きながら、
静かに付け加える。
「聖国ルネサンスは、
征服と共に育っていくのですね。……
皮肉なようで、
とても自然なことのように思えますわ」
聖国ルネサンスは、
まだ緒に就いたばかりだった。
だがその礎は、レグナが切り拓く
版図の広がりと共鳴するように、
日を追うごとに、
確かな厚みと多様な色彩を増しつつあった。
その夜、学芸院の広間では、
聖国の若い弟子たちと、
グラウ諸邦から訪れた旅の楽師たちとの、
ささやかな合同稽古が開かれた。
互いに
言葉こそ通じにくい部分もあったが、
旋律という共通の言語が、
その隔たりを少しずつ埋めていく。
「不思議なものですね。……
つい先日まで、
剣を交えていたかもしれない相手と、
今はこうして同じ調べを奏でている」
弦楽の指南役を務める青年が、
感慨深げにそう呟いた。
かつて裏切りに傷つき、
人を信じることを恐れていた彼にとって、
それは小さくない変化だった。
アーロンはその様子を、
少し離れた回廊から
セレスティアと共に見守っていた。
「征伐で拓いた道の先に、
こうして人と人とを結ぶ響きが生まれる。
……レグナの覇道と、俺のルネサンス、
案外、
同じ根から伸びているのかもしれんな」
「ええ。……きっと、
これからも、そうなのでしょうね」
セレスティアが静かに微笑み、
夜の学芸院には、異なる調べが溶け合う、
穏やかな音色が
絶えることなく響き続けていた。
本日 19:30 に投稿します。




