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第4部 第9話(上)【 後片付けと、拡がる汽笛 】

異形の群れが去った国境哨戒線には、

なおも黒い瘴気の残滓が漂っていた。


レグナはすぐには次の地へ向かわず、

まずこの地の後片付けに手をかける。


「シルヴィア、吾郎。……

この地は、しばらく二人に任せたい」


「承知しました、レグナ様」


「俺たちが、しっかり守ります」


二人の返事を確かめると、

レグナは掌に穏やかな光を灯し、

地に染み込んだ瘴気(しょうき)の残滓(ざんし)を

丹念に浄化していった。


ひび割れた大地は

【全属性変換】によって静かに癒(いや)され、

涸(か)れ谷ザランへと続く道には、

再び穏やかな緑が戻っていく。


焼け焦げた哨戒塔の跡地には、

新たな見張り台が瞬く間に組み上がり、

逃げ惑っていた民たちも、

少しずつ元の暮らしへと戻り始めていた。


「これでよし。

……後は頼んだぞ、二人とも」


シルヴィアと吾郎を国境線に残し、

レグナは単身ITSへと乗り込んだ。


汽笛が鳴り響き、

次元の狭間を裂きながら、

車体は新たな行き先――

未だ聖国に属さぬ辺土の連合国家

「グラウ諸邦」へと向かっていく。


グラウ諸邦は小国が乱立し、

互いに小競り合いを続けながらも、

次元の狭間(はざま)から漏(も)れ出る

瘴気(しょうき)の脅威には

手をこまねいている有様だった。


ITSが降り立つと、諸邦の代表たちが

困惑と警戒の入り混じった表情で

レグナを出迎える。


「覇王レグナ……。噂は聞いている。

……我らを飲み込みに来たか」


代表の一人が、震える声で問いかけた。


周囲に控える諸侯たちの顔にも、

隠しきれない怯(おび)えが浮かんでいる。


「飲み込む、ではない。

……お前たちがこのまま争い続ければ、

いずれあの瘴気(しょうき)に飲まれるだけだ。

聖国の傘の下に入るならば、争いも、

瘴気の脅威も、俺が引き受けよう」


レグナの言葉に、

代表たちは顔を見合わせた。


長年の対立の記憶と、

目の前に立つ

圧倒的な力への畏怖とがせめぎ合う、

長い沈黙が流れる。


「……我らに、選ぶ余地などあるまい」


やがて一人が力なくそう呟くと、

それを合図に、一人、また一人と

膝をついていった。


レグナは静かに掌をかざし、

諸邦を隔てていた無数の国境標を、

一つの調和した理へと書き換えていく。


乱立していた小国は、

聖国の新たな一領域として、

静かにその姿を統合していった。


「これで、また一つ、

父上の庭園が広がった」


窓の外に流れる星々を眺めながら、

レグナは静かに呟いた。


統合されたばかりの土地には、

まだ

長年の対立の傷跡が色濃く残っている。


だが、それを癒すこともまた、

これからの自分の役目なのだと、

レグナは静かに胸に刻んでいた。


ITSが次の目的地へと進路を取る前に、

シルヴィアからの通信が艦内に響いた。


「レグナ様。グラウ諸邦の民の中には、

統合そのものには従いながらも、

心の底では聖国を信じきれずにいる者が、

まだ多く残っているようです」


「当然だろうな。

……長年争ってきた相手が、ある日突然、

大きな力に飲み込まれたのだ。

書き換えた国境標一本で、

心の壁まで消えるわけではない」


レグナは窓の外に広がる、

統合されたばかりの土地を見つめながら、

静かに息をついた。


力による平定は、

あくまで最初の一歩に過ぎない。


真にこの地を聖国の一部とするためには、

もっと長い時間と、

もっと丁寧な関わりが必要なのだと、

彼は改めて思い知らされていた。


「……急ぐまい。父上の理想郷は、

一朝一夕で築かれたものではない

のだからな」


汽笛が静かに鳴り、

ITSは次なる乱れの気配を求めて、

再び次元の狭間へと滑り込んでいった。

明朝 7:30 に投稿します。

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