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第4部 第8話【 邪悪なる侵入者 】

聖国北東の国境哨戒線に、

突如として

禍々(まがまが)しい気配が満ちた。


空間そのものが黒く歪(ゆが)み、

その裂け目から這(は)い出てきたのは、

聖国のいかなる生物とも異なる、

漆黒の

甲殻(こうかく)を纏(まと)った異形(いぎょう)の群れだった。


先頭に立つ者は、

人の姿を保ちながらも、

瞳の奥に底なしの闇を湛(たたえ)えている。


「……この気配、聖国の外――

 次元の狭間(はざま)そのものから

 漏(も)れ出た瘴気(しょうき)か」


哨戒にあたっていたシルヴィアが、

月影の加護をまとった弓を構えながら

呟(つぶや)く。

傍(かたわ)らの吾郎もまた、

風の魔法を纏わせた剣を抜き、

異形の群れと対峙していた。


「数が多い……!

  シルヴィア、応援を呼ぼう!」


「もう呼んでいます。……ですが、

 この歪みの規模、

 私たちだけでは

 抑えきれないかもしれません」


異形の群れが哨戒線になだれ込み、

吾郎とシルヴィアは

後退を余儀なくされる。


境界を破られれば、

その先には、

ようやく

水を取り戻したばかりの涸(か)れ谷

ザランの民が住まう地が

広がっていた。


「ここだけは、通すわけにはいかない……!」


吾郎が歯を食いしばりながら剣を振るう

その時、

上空を切り裂くように、

黄金の光の奔流が舞い降りた。


「待たせたな、二人とも」


覇王レグナだった。

ITSからの報告を受け、

間(ま)を置かずこの地へと

駆けつけたのである。

彼の登場に、

異形の群れが一斉に怯(ひる)むように

後ずさった。


「レグナ様……!」


「よく持ちこたえた。……

 ここから先は、俺に任せろ」


レグナは静かに前へと進み出て、

異形の先頭に立つ、

闇を宿した者を見据えた。


「聖国の理(ことわり)を乱す侵入者よ。……

 お前の纏うその瘴気、

 次元の狭間に巣食う

 古い呪いの残滓(ざんし)だな」


「ほう……。小僧、よく分かるものだ」


異形の者が嗤(わら)いながら口を開いた。

人の言葉を話すその姿に、

吾郎とシルヴィアが息を呑(の)む。


「聖国とやらの繁栄、

 いずれ我らが呑み込んでくれるわ。

 ……今日はその前触れに過ぎぬ」


「言わせておけば……」


レグナの掌(てのひら)に、

これまでにない密度の黄金の光が

渦を巻き始めた。

【全属性変換】――しかし今回は、

単なる物質の書き換えではない。


異形を形作る瘴気そのものの理を、

根源から解体しようという、

より深い次元の力である。


「お前たちの纏うその呪いごと、

 俺が浄化してくれる」


光が爆発的に広がり、

異形の群れを包み込んでいく。

甲殻はひび割れ、

内に満ちていた瘴気は

黄金の粒子へと変質し、

静かに空へと霧散していった。


先頭に立っていた者だけは、

最後まで嗤(わら)いを浮かべたまま、

闇の裂け目の奥へと

姿を消していく。


「……逃げたか。だが、次は逃がさぬ」


哨戒線に静寂が戻る中、

レグナは

吾郎とシルヴィアを振り返った。


「二人とも、よく持ちこたえてくれた。

 ……この程度の敵、

 聖国の脅威にはまだ早い。

 だが、次元の狭間の奥には、

 もっと深い闇が

 潜(ひそ)んでいるのかもしれんな」


吾郎が安堵の息を吐き、

シルヴィアもまた静かに頷(うなず)く。

聖国の版図の縁で、

新たな脅威の気配が、

静かに、

しかし確かに芽吹き始めていた。



【 学び舎の礎(いしずえ) 】


『聖国ルネサンス』の第一段階として、

聖宮の隣に

「聖国学芸院」が築かれることとなった。


建物そのものは

アーロンの【全属性変換】によって

瞬(またた)く間に完成したが、

そこに集(つど)う教師も、教える内容も、

すべて聖国の民自身の手に委(ゆだ)ねられた。


かつて色を失っていた少女は、

絵画の初等講師として教壇に立つことを

志願した。

裏切りに傷ついていた青年もまた、

弦楽の指南役として名乗りを上げる。


「教える立場になるなど、

 俺にはとても……」


不安げな青年に、

アーロンは静かに笑いかけた。


「傷を知る者だからこそ、

 伝えられる音がある。……

 それでよいのだ」


学芸院の初日、

幼い子供たちから老人まで、

様々な年齢の民が門をくぐった。


絵画、音楽、詩作、彫刻――各科の

講義室から、

それぞれの音色と気配が漏れ聞こえてくる。


「これはまだ、ほんの礎に過ぎぬ」


回廊からその様子を見下ろす

アーロンの傍(かたわ)らで、

セレスティアが静かに微笑んだ。


「ですが、良い礎ですわ。……

 この先、

 どこまで育つか、楽しみですこと」


聖国ルネサンスの歩みは、

まだ始まったばかりだった。

本日 19:30 に投稿します。

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