第4部 第4話【 芸術に委ねられた魂 】
聖王アーロンは、傍らのセレスティアと
共に、
心に傷を負う者たちの話に耳を傾けながら、
静かに口を開いた。
「この宮廷に、
皆の魂を鎮めるための美術館を建てよう。
劇場を建てよう。
絵を描くことが巧みな者は絵を描け。
歌を
歌うのが巧みな者は、歌を歌え。
楽器を
奏でるのが巧みな者は、
それぞれ
得意な音色を聞かせよ。
あらゆる
芸術をここから興こし、
芸術を
愛する者をここに集わせるのだ」
集まった人々が、思わず顔を見合わせる。
長らく
塞ぎ込んでいた者たちの
瞳に、
かすかな光が差し込んだ。
「心に傷を負う人々よ、ここに来て、
その心の
傷を癒せ。恨みを忘れよ。煩悩を
捨てよ。
芸術に身を委ねるのだ」
聖王の言葉に応じるように、翌日から
人々が、
絵を描きに、歌を歌いに、楽器を
携えて
宮廷へと集まり始めた。
かつて
夫を亡くした老齢の女性は、
震える手に
筆を取り、亡き夫との思い出を
一枚の
絵に込めた。
裏切りの痛みによって、
人を
信じられなくなっていた青年は、
弦を弾く指先に、
少しずつ確かな力強さを取り戻していく。
もちろん、
聖王アーロンの【全属性変換】の力を
使えば、
絵も彫刻も、たちどころに現出させることが
できる。
だが、アーロンはあえてそうしなかった。
芸術を
生み出す歓びだけは、
決して
自らの手で奪ってはならないと知っていた
からだ。
「聖王様は、なぜご自分の力で
絵を
描いてしまわれないのですか」
ある若い画家がそう問うと、
アーロンは穏やかに笑った。
「己の心を癒すのは、己の手だけだ。
俺の力で
作れるのは、器と機会のみ。……その先を
歩むのは、
そなたたち自身であるべきだろう」
美術館の建物、
劇場の壁、舞台の設備――それらの
器は、
聖王の力によって瞬く間に出来上がっていった。
だが、
そこに命を吹き込む絵筆の一振り、
喉から
溢れる一節の歌だけは、集った人々
自身の
手に委ねられていた。
生命の樹の梢の下、
絶えず
新しい音色と色彩が生まれ続けている。
一方、帝国東方の辺境では、
覇王レグナが
荒れ果てた古戦場の跡地を巡っていた。
長年
放置された戦場跡には、
無数の
怨念が澱のように溜まり、
旅人を
惑わせる怪異と化していたのである。
「父上が魂の傷を癒すなら、
俺はこの澱を祓おう」
黄金の光が
古戦場を洗い流すように広がり、
澱んだ
怨念は静かに浄化され、
荒れ地は
やがて穏やかな草原へと変わっていく。
聖宮の
芸術と、辺境の浄化――父子それぞれの
手が、
今日もまた理想郷を静かに彩っていた。
本日 19:30 に投稿します。




