第4部 第2話【 聖宮に集う魂と、覇道を征く刃 】
汽笛が高らかに鳴り響き、
アスガルドの巨大なエンジンが
唸を上げる。
聖王と覇王、
二つの異なる道がここに定まり、
アルカディア帝国の新たな物語が、
いま静かに幕を開けようとしていた。
アーロン聖国の万民は、
万物を想いのままに変換できる
聖王の【全属性変換】の力によって、
不自由のない暮らしを送っていた。
しかし、心の問題は別である。
愛する者を亡くした人、
聖国に辿り着くまでの困窮の中で
魂を亡くした者、
信頼する者からの裏切りに遭い、
人を信じられなくなった人――
心の迷い、悩みは人それぞれである。
それらの人々が、
「聖王の言葉に触れたい、
聖王の言葉によって癒されたい」と、
聖国の隅々から聖宮をめざし、
多くの長い巡礼の列を作っていた。
ルナやエレーナの指揮の下、
彼女らの配下が、
聖宮前の広場に押し寄せる人々を
丁寧に整理する。
安息所が設けられ、
怪我や病に苦しむ者のためには
救護施設も設けられていた。
配下の者たちが
一人一人に聞き取りを行い、
聖王の言葉に触れる人々の列が
静かに作られていく。
両脇をルナとエレーナに支えられた
老齢の女性が、
アーロンとセレスティアの前に
そっと跪いた。
「そのような礼を執る必要はない」
アーロンはその手を取り、
わが傍らに座らせる。
「気を楽にして、
何でも話したいことを話されよ」
まるで、
旧い友人を迎え入れたかのような、
穏やかな挙措と物言いだった。
少し離れた場所では、
セレスティアもまた同様に、
跪こうとする者の肩に
そっと手を添えている。
アーロンは主に女性の悩みを、
セレスティアは主に男性の悩みを、
それぞれ丁寧に聞いていった。
「連れ合いに先立たれまして……。
もう何年経っても、
この寂しさだけは埋まらないのです」
老齢の女性がそう零すと、
アーロンは静かに頷き、
その震える手を包み込むように握った。
「その寂しさは、
埋めるべきものではないのかもしれぬ。
そなたが誰よりも深く愛した証だ。……
無理に消そうとせずともよい。
ただ、その傍らに、
私やこの聖国の民がいることを
忘れないでくれ」
女性の瞳から、
堰を切ったように涙がこぼれ落ちる。
それは悲しみだけの涙ではなく、
長年張り詰めていた何かが、
静かに解けていくような涙だった。
【 覇道を征くレグナ 】
同じ頃、帝国北方の辺境
「ザイロン高原」では、
覇王レグナが率いるアスガルドが、
暴走する高原一帯の魔獣災害の
鎮圧にあたっていた。
副艦長・吾郎が操艦を担う中、
レグナは単身、災害の中心地へと降り立つ。
「この高原の異変、天然のものではないな。
……何者かが、意図的に地脈を歪めている」
レグナの鋭い洞察通り、
高原の地下深くには、
旧勢力の残した禁忌の魔導装置が
埋め込まれていた。
装置が吐き出す瘴気が魔獣たちを狂わせ、
周辺の村々を脅かしていたのである。
「父上――聖王の
理想郷を汚す仕掛けなど、
俺が根こそぎ刈り取ってくれる」
掲げた掌に黄金の光が渦を巻き、
【全属性変換】の力が
地脈に絡みついた禁忌の装置を、
瞬く間に無害な結晶へと変質させていく。
瘴気は霧散し、狂乱していた魔獣たちは、
憑き物が落ちたように
静かに大地へと伏していった。
「レグナ様、周辺の村への被害は
最小限に食い止められました」
ITSで駆けつけたシルヴィアが、
副艦長として報告を上げる。
レグナは高原に差し込む陽光を見上げ、
静かに呟いた。
「父上が聖宮で人の心を癒すなら、
俺はこの地で、
人の暮らしを脅かす理不尽を刈り取る。
……それが、俺たちの分かち合った覇道だ」
聖宮に集う魂の癒しと、
辺境に振るわれる覇王の刃――
遠く離れた二つの場所で、
それぞれの理想郷を守る戦いが、
今日もまた静かに続いていた。
明日、7:30 に第3話を投稿します。




