第3部 第9話【 蒼き氷海の哭き声 】
星々の運命すら、自らの手で
再構築するその圧倒的な光景は、
我が刃が届くすべての場所が
そのままアルカディア帝国の領土へと
変わることを証明していた。
レグナは新たな星屑の海を見据え、
さらなる征討と開拓の歩みを進めるべく、
静かに微笑んだ。
レグナが次に降り立ったのは、
帝国北方の版図の縁、
一年の大半を
分厚い氷に閉ざされる辺境の漁村
「フィヨルダ」であった。
ここでは
代々続く「氷海の掟」と称する古い因習が、
いまだ人々を縛りつけている。
豊漁の年、
村を治める長老会は
「海神への供物」と称し、
貧しい家から幼い子を選び、
氷の海へと生贄に捧げていたのだ。
レグナが
村に足を踏み入れたのはちょうど、
今年の生贄が選ばれようとしている
夜だった。
松明に照らされた氷上の祭壇に、
震える少女が連れて来られる。
長老たちの詠唱が響く中、
レグナの黄金の瞳に静かな怒りが灯った。
「因習という名の理不尽もまた、
俺が斬るべき鎖の一つだ」
掲げた掌から
【全属性変換】の光が奔り、
祭壇を支える氷そのものの性質を
書き換える。
凍てついた祭具は
温かな水晶へと姿を変え、
長老たちが操っていたはずの
「海神の怒り」という虚構の概念ごと、
跡形もなく霧散した。
「海神など、
お前たちの都合のいい脅しに過ぎん。
今日からこの村に、
生贄という言葉は要らない」
少女を抱き上げ、
震える母の元へと送り届けたレグナの背に、
村人たちの涙混じりの歓声が降り注いだ。
フィヨルダの海底には、
もう一つの闇が潜んでいた。
禁制の魔獣素材を、
氷海の流氷群に紛れて密輸する組織が、
長年
この村の漁を隠れ蓑にしていたのである。
彼らは
村人たちに沈黙を強いる代わりに
僅かな金を渡し、
逆らう者には
氷海の底へと消える運命を用意していた。
レグナは氷の下、
暗い密輸船の格納庫でその実態を目にする。
檻に詰め込まれた瀕死の魔獣たち、
帳簿には記されない黒い取引の数々。
「命を数字にして売る者に、慈悲は要らぬ」
彼の掌から放たれた黄金の光が、
船体を構成する
あらゆる金属の理を変質させ、
密輸船そのものを
一瞬で無力な流氷へと変える。
檻は静かに融け、
魔獣たちは自由を取り戻して
深い海の彼方へと泳ぎ去っていった。
「この海域は、
これより帝国の直轄漁場とする。
密輸に加担した者どもは、
然るべき裁きを受けるがいい」
首謀者たちが
凍える波間に取り残される中、
レグナは静かに氷上へと舞い戻った。
フィヨルダの空に、
久方ぶりの晴れ間が差し込む頃、
レグナは
因習と密貿易という
二つの理不尽を刈り取り、
天上の座へと帰還した。
出迎えたセレスティアは、
いつもの妖艶な微笑みの奥に、
隠しきれない母の顔をのぞかせている。
「お帰り、レグナ。……
氷の匂いがするわね。
今度はずいぶんと冷たい
理不尽と戦ってきたようだけれど」
「母上。
北の果てにも、
まだ父上の光の届かぬ闇がありました。
ですが、もう案じることはありません」
セレスティアはそっと手を伸ばし、
息子の頬に付いた氷片を
払う仕草を見せた。
その所作には、
覇王の寵妃としてではなく、
ただ我が子を気遣う一人の母としての
温かさがにじんでいた。
「あなたの働きは、
必ず父上に届いているわ。……
さあ、玉座へ行きましょう。
アーロン様が、
あなたの帰りを待っておられます」
レグナは頷き、
母と共に黄金の回廊を進んでいく。
刈り取った理不尽の数だけ、
父の庭園は、
また一つ美しさを増していくのだった。
©[I・G・ε]All Right Leserved.
商都ヴェルダンテの広場に、
静寂が満ちていた。
レグナの掌から放たれた黄金の光が、
ギルド長の隠し持つ
帳簿の紙質そのものを変質させ、
長年隠蔽されてきた不正のすべてを……。
明日、7:30 に、第10話を投稿します。




