第3部 第7話【首都の静穏、悠久の庭園】
「父上。……この庭園は、
また少し豊かになりましたね」
「ああ。……、刈り取るだけでなく、
拾い上げることもまた私たちの覇道だ」
理想郷の夜は、新たな忠誠と共に、
静かに更けていくのだった。
【 首都の静穏、悠久の庭園 】
アルカディア帝国の首都――
深緑の生命の樹が天を支え、
黄金の魔石が柔らかな光を投げかける
この神話の都で、私は今、
最も穏やかな時間を謳歌していた。
王国からの理不尽な追放劇から始まった
私の人生は、いまや
無数の次元を統べる帝国の頂点へと行き着いた。
だが、私が求めたのは
終わりのない征服の日々ではない。
苦難の果てに手に入れた、
愛おしい者たちと過ごす平穏な日常だ。
大聖堂の中庭で、
私は優しくそよ風に揺れる
ハーブの葉に指先を触れていた。
隣では寵姫セレスティアが淹れてくれた
香気高い紅茶の湯気が、
静かな午後の空気に溶けていく。
少し離れた場所では、
月影の覚醒を遂げたシルヴィア姫と
プラチナブロンドの少年・吾郎が、
色鮮やかな薔薇の花壇を手入れしながら
楽しげに笑い合っている。
かつて世界を「無」から書き換え、
冷徹な理だけで宇宙を渡り歩いた私だが、
今はただの穏やかな一人の男として、
この庭園の緑を愛でていた。
「アーロン様、明日の領土拡張に関する
報告書が届いておりますが……
今日はご覧になりませんか?」
忠臣ルナが
控えめに微笑みながら尋ねてくる。
私は首を横に振って
紅茶のカップを口に運んだ。
「いいさ、ルナ。
細かい統治の采配はレグナや、
お前たちに任せてある。
私に必要なのは、
この手の中にある温もりと、
静かに流れる贅沢な時間だけだ」
首都の隅々まで行き届いた平和の気配を
感じながら、私は深く目を閉じ、
この世界で最も満たされたスローライフを
心ゆくまで味わうのだった。
【 黄昏の荒野、孤高の刃 】
父であるアーロンが
首都の庭園で静穏を享受している頃、
帝国本土から数千光年離れた辺境の荒野には、
私――皇子レグナの愛刀の切っ先が放つ
冷徹な光だけが満ちていた。
地平線の彼方まで続く赤茶けた大地には、
かつて我が帝国に叛意を抱いた
旧貴族の残党が結成した
山賊まがいの武装集団が、
最後の悪あがきとばかりに牙を剥いていた。
「皇子レグナ!
貴様らの一方的な開拓など、
我らが旧王国の誇りが許さない!」
敵の将が血走った目を剥き、
数千の兵を率いて突撃してくる。
だが、
私の表情が揺らぐことは微塵もない。
超弩級艦アスガルドから降り立った
ルナとエレーナが、
私の左右数歩後ろに静かに立ち、
退路を完全に断ち切っていた。
「レグナ様、後詰めの準備は万全です。
ですが、お言葉通り手出しはいたしません」
ルナの淡々とした声が風に乗って届く。
私は愛刀の柄をしっかりと握り締め、
一歩前へ踏み出した。
父のような全属性変換の奇跡がなくとも、
私には我が身を鍛え上げた剣技と、
帝国を背負う者としての誇りがある。
「いいだろう。
貴族の残滓どもの妄執ごと、
ここで断ち切る」
刹那、私の纏う気高い闘気が
荒野の空気を切り裂いた。
真正面から突撃してくる数千の軍勢に対し、
私は一閃の太刀を放つ。
圧倒的な速度と重みが織りなす剣閃が
敵の武装を根底から粉砕し、
赤茶けた大地を黄金の軌跡で塗り替えていく。
派手な魔術の支援がなくとも、
我が剣が届く範囲こそがア
ルカディア帝国の絶対的な境界線。
戦塵が静まる頃、そこにはただ、
完全なる平定の沈黙だけが残されていた。
【 次元を穿つ開拓の光 】
辺境の荒野を平定した余韻が冷めやらぬ中、
私の次なる任務は、
帝国がいまだ踏み込んでいない未踏の
パラレルバース――物質と魔力が混濁する
混沌の宙域へと伸びていた。
ここは物理法則すら安定せず、
通常の軍勢では足を踏み入れることすら
かなわない超次元の空白地帯だ。
「レグナ様、
周辺の空間密度が限界値に達しています。
これより先は、
通常の進軍ルートは存在しません」
吾郎がITSの窓から
観測データを読み上げ、
緊張した面持ちで告げる。
しかし、私は微動だにせず、
父から譲り受けた――あるいは私の血肉に宿る
その権能の片鱗を意識の奥底で共鳴させた。
「問題ない。
道がないなら、今ここで創り出せばいい」
私は右手を高く掲げ、
空間の裂け目に向けて無から有を生み出す
【全属性変換】の力を解放した。
私の意思が伝播した瞬間、
周囲の混沌としたエーテルや不規則に漂う
魔力の奔流が、
一斉に眩い黄金の光へと変換されていく。
空間の歪みがきしみをあげ、
重力方程式を完全無視した巨大な光の橋が、
宙の彼方へとまっすぐ架けられていった。
ギィィ……と重厚な音を立てながら、
ITSの車輪が回転し、
次元の狭間から、微かな
汽笛と石炭の燃える匂いが溢れ出す。
その圧倒的な光景は、
周囲の未知の星系を瞬く間に
帝国の管理下へと引きずり込んでいく。
「これが……父上の力、
そして私の切り拓く帝国だ」
黄金の光が全次元の果てまで瞬き、
新たな領土が地図に刻まれていく。
私はその確かな手応えを胸に抱きながら、
次なる星屑の海へとさらなる歩みを
進めるのだった。
©[I・G・ε]All Right Leserved.
荒涼とした辺境の地平線に、
反逆を企てる旧王国の残党どもが
砂塵を巻き上げて集結していた。
皇子レグナは、愛刀の柄に手をかけたまま、……。
明日、7:30 に投稿します。




