第2部 第一幕【 新しい世界、新しい玉座 】 第1章 世界を完全に統括した我が帝国の結界の外側
かつてこの世界の理をすべて書き換え、地上のすべてを我が領土へとねじ伏せたあの決戦から数ヶ月。
アルカディア帝国の首都、その中央玉座に深く腰掛けた俺――アーロンは、眼下に広がる黄金の都を見下ろしながら、退屈さのあまり、欠伸あくびをかみ殺していた。
「我が君主アーロン様。北東の観測ドームより、緊急の報せが届いております」
黒衣を身にまとったルナが、音もなく玉座の間に現れ、一礼して緊迫の面持ちで、声を響かせる。
地上にはもはや敵などいない。王国も、帝国も、かつて神々が座していた神域でさえも、すべては我が帝国の一部だ。退屈極まりない平和が訪れていたところだ。丁度いい。
「ちっ! ……。また、あの『ノイズ』か?」
「はい。世界を完全に統括したはずの我が帝国の結界の外側――かつての『外壁』のさらに彼方から、微弱ではありますが、この世界の法則とは異なる『異質な魔力の波動』を観測し続けています」
ルナが差し出したホログラムの観測図には、我が帝国の星系を取り囲むように、無限に広がる暗黒の空間……「星々の海」が映し出されていた。
地上を支配しただけで満足する気はない。この世界の理を掌中に収めた俺の野望は、もはや一つの星の枠組みすら飛び越えている。
「面白い。地上を食らい尽くした次は、星々の海を統べる番だというわけだ」
俺は玉座を立ち上がり、重厚なマントを翻した。
地上統一の余波でかき集めた莫大な魔力と、かつての創造主たちの技術の残骸を融合させ、我が帝国はすでに次の段階へ進むための準備を終えている。
「全土の工廠に告げよ。我が帝国の技術の粋を集めた超大型空間航行艦――『アスガルド』の建造を直ちに完了させろ」
「畏まりました。……異世界の理、あるいは別の星の神々であっても、我が王の支配から逃れることはできませんね」
ルナの口元に、妖艶で残酷な笑みが浮かぶ。
数日後、帝国の最高峰にそびえ立つ発着場。そこに浮かんでいたのは、かつての飛空艇の概念を遥かに超越した、黄金と黒曜石で彩られた要塞級の超弩級艦『アスガルド』だった。
艦首には、あらゆる理を変換する俺の魔力がコアとして組み込まれている。
「出航だ。この狭い箱庭を出て、すべての星々を俺の領土に書き換えてやる」
アーロンの合図とともに、『アスガルド』は轟音を響かせ、重力を断ち切って大気圏を突破した。
眼下に広がるのは、無限にきらめく星々の海。
追放された「無能」の復讐劇は終わり、ここから始まるのは、宇宙そのものを我が物とする、真の覇王の「侵略の星海譚せいかいたん」である。
轟音を上げて大気圏を突破した超弩級艦『アスガルド』の艦内は、静謐でありながら、圧倒的なエネルギーの奔流に満ち溢れていた。
壁面には帝国の魔導技術の結晶である幾何学模様の紋様が浮かび上がり、艦の中央心臓部では、俺が放出した【全属性変換】の魔力が青白い炎となって脈打っている。
「アルロン様、外壁センサーが異常な領域に突入したことを告げています。……これは、空間の密度そのものがこれまでの物理法則を逸脱しています」
艦橋の中央で、ルナが精緻な魔導コンソールを操作しながら冷静に報告する。
その視線の先に広がるメインビューポートには、青く輝く我が母星が、まるでビー玉のように小さく遠ざかっていく光景が映し出されていた。そして、その周囲を取り囲むのは、光の届かない漆黒の闇と、見たこともない複雑な軌道を描いて流れる星屑の奔流――「星々の海」の現実だった。
「当たり前だ。俺たちがこれから踏み込むのは、あの神々ですら管理しきれず、放置せざるを得なかった『未開の領域』だからな」
俺は艦橋の最前部に歩み寄り、冷徹な双眸で宇宙の深淵を見据えた。
地上を統べ、全ての理を我が支配下に置いたはずのこの手は、まだ何も掴んでいない。あの星々の彼方には、この世界のルールすら通用しない未知の文明、あるいは別の理を掲げる「星の主」たちが眠っているはずだ。
その時、アスガルドの全域を警報音が鋭く切り裂いた。
「アルロン様! 前方数光年の空間に、不自然な魔力の歪みを検知……! 何か、『質量を持った巨大な構造物』がこちらの空間座標に干渉してきます!」
ルナの声にわずかな緊張の色が混じる。
ビューポートの正面、漆黒の宇宙空間が不気味に歪み、まるで巨大な裂け目のような門が姿を現した。それは、かつて地上で対峙したどの神殿や要塞とも違う、宇宙そのものを素材にして組み上げられたような、鋼鉄と星の光でできた超巨大な「関門」だった。
関門の表面には、俺の知るいかなる文字とも異なる、おぞましいほど複雑な古代のルーン文字が刻まれている。
それは、この星々の海における「通行税」を払えと要求するかのように、威圧的な魔力の圧力をアスガルドに向けて放ってきた。
『……警告。未登録の小惑星域より侵入した者へ告ぐ。ここは星間連合評議会の管理領域に属する。直ちに船を停止し、全武装を解除せよ』
艦内に直接響く、無機質でありながら傲慢な通信音。
どうやら、この宇宙のどこかにも、俺たちと同じように「他者を管理し、支配しようとする者たち」が存在しているらしい。
俺は冷笑を浮かべ、玉座の如き艦長席に深く腰掛けた。
怒りなど湧かない。ただ、俺の領土を広げるための「新しい獲物」が向こうから姿を現したことへの歓喜だけが、胸の奥で熱く滾る。
「管理領域、だと?」
俺は右手を軽く掲げ、掌のなかに【全属性変換】の黄金の輝きを灯した。
艦全体を包む魔力が、俺の意思に呼応して凄まじい密度で跳ね上がる。
「この宇宙に存在するすべての空間、すべての星々、すべての理は、最初から俺の領土として予約されている。……あんなガラクタの関門、我が帝国の足元にも及ばない」
俺は冷徹に、だが圧倒的な覇気をもって命じた。
「全砲門展開。あの関門の構造そのものを『我が宮殿を飾る迎撃用の門柱』へ変換しろ。……行くぞ。星々の海を、俺たちの色に染め上げる!」
アスガルドの艦首から放たれた黄金の光線が、宇宙の闇を切り裂き、新たな侵略の狼煙が銀河の果てへと轟とどろいた。
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