第22話 車輪銀河の環状波動帯
第8部
聖王アーロンは、S-オムニスを通じて
覇王レグナに呼びかけた。
「そなたは、予が、
臣民らを救済してきた様を
見ていただろう。」
「はっ。父上」
「ここに参れ。この様を見よ。
父のなしたように、
この宙域の者たちを救済するのだ。」
父なる聖王の厳かな命を受け、
覇王は
旗艦 Asgard の艦橋にて
静かに立ち上がった。
圧倒的な武威と、
一切の隙なき絶対の秩序を纏う
旗艦 Asgard の漆黒の船体は、
高密度ガス波が巻き起こす
流体の嵐や磁気干渉を
一切受け付けることなく、
滑らかにリング状波動帯の
最深部へと進出していく。
その艦体から放たれる
圧倒的な統治の波動だけで、
船体の周囲
数百キロメートルに及ぶ
空間の歪みが瞬時に
平穏を取り戻していくほどであった。
静寂に満たされた Asgard の艦橋。
最前部に立つ覇王の斜め後方、
粛々とした
立ち振る舞いをもって控えるのは、
側近たる副官AIであった。
副官AIは
淡く発光する戦況モニターに
映し出される数値と、
過酷な状況に喘ぐ現場臣民たちの
生命反応を静かに計測し、
覇王レグナへと一歩歩み寄った。
そして、深く頭を垂れながら、
静謐な言葉を紡いだ。
「レグナ様。
前方、車輪銀河の
リング状波動帯における
高密度ガス波の干渉
および荷電粒子の嵐により、
現地ステーション群
および補給回廊の兵站線が
完全に断絶しております。
現地のシステム維持能力、
ならびに臣民たちの
生命維持環境は既に
最終限界点に達しております。」
レグナは、
副官AIの報告に対して静かに頷いた。
そこには、過酷な状況下にある現地。
父なる聖王の教えを
胸に秘めたレグナによる救済は、
超越した領域に存在する、
静かで作為なき
全属性変換能の行使であった。
レグナは右手を前方へと掲げた。
その掌から、
色も形も定義できぬほどに
純粋で力強い
波動が解き放たれる。
レグナから放たれた光の波紋は、
音もなく Asgard の船体を離れ、
光速を超えた
圧倒的な伝播速度をもって、
数光年にわたって広がる
リング状波動帯全体へと
一瞬にして行き渡った。
猛烈な狂暴さをもって
兵站を断ち切っていた
高密度ガス波の荷電粒子群は、
その光に触れた瞬間に
猛威を失い、
穏やかで澄み切った
無害な流体物質へと
その属性を
完全に変化させていった。
空間を著しく歪めていた
磁気の嵐は消滅し、
船舶やステーションの装甲を
打撃していた物理的衝撃波は、
生命の活動を促す
安全で清廉な純粋エネルギーへと
即座に還元されていく。
分断されていた物理航路の先には、
遥か彼方の星々の輝きが
再びくっきりと映し出された。
何光年にもわたって
閉ざされていた回廊が、
何ひとつとして遮るもののない
完全な安全空間として
開通した瞬間であった。
要塞の管制室や輸送艦の艦橋で
赤く点滅し続けていた
警告インジケーターは、
次々と正常な稼働を示す
深い緑色の光へと
切り替わっていった。
停止寸前であった環境維持装置は
力強い駆動音を取り戻し、
濾過された新鮮な空気と
エネルギーが
ステーションの隅々にまで
行き渡っていく。
兵站の断絶は完全に解消され、
車輪銀河のリング状波動帯には、
再び力強く
確実な物流の脈動が戻った。
父の背中を追い、
覇王が成し遂げた無言の救済。
それは、
全多宇宙に響き渡る
至高のシンフォニーの最終章に向け、
確固たる重奏となって
静かに重なり合うのだった。
アーロン・グラディウスは、
平穏を取り戻した車輪銀河の
美しい円環を静かに見渡したのち、
何事もなかったかのように
滑らかな軌道を描いて、
次なる巡察宙域へと向けて
静かに艦首を向けた。
◇
無限の広がりを見せる深宇宙。
数多の銀河団と銀河団の間に
横たわる超巨大な空洞地帯——
超空洞宙域(超ボイド)は、
幾光年にもわたって
一切の恒星や惑星が存在しない、
光と熱から完全に見捨てられた
暗黒の領域であった。
ここには星々の賑わいもなく、
漂う星間塵すらも極めて疎らであり、
ただ
絶対零度の極低温と
底知れぬ静寂のみが
永久の時を刻んでいる。
この死せる空間の最深部において、
幾重にも重なる巨大な金属の影が、
宇宙の深淵に浮かんでいた。
かつて故郷の星系を離れ、
新たな安住の地を求めて旅立った
数千隻規模からなる
大規模開拓移住船団である。
しかし、
彼らの航海は過酷を極めていた。
明朝 7:30 に投稿します。
【セレスティア通信】
記録データ:第20条
対象宙域:車輪銀河・リング状波動帯
巡幸本隊運用状況:
統括司令官:アーロン陛下
旗艦:アーロン・グラディウス
本国聖宮総司令官(随行):
セレスティア
各宙域統括および
対となる副官体制:
覇王陣営:
統括:覇王レグナ
旗艦:旗艦Asgard
跳躍システム:ITS
副官:AI
α 銀河団:
統括:吾郎
旗艦:旗艦Asgard α
跳躍システム:ITS α
専属副官:Asgard α 付き副官・ルキア
ITS α 付き副官・サンディ
ε 銀河団:
統括:シルヴィア
旗艦:旗艦Asgard ε
跳躍システム:ITS ε
専属副官:Asgard ε 付き副官・ミレーヌ
ITS ε 付き副官・ノエル
指定宙域:
統括:ジュエダン
旗艦:旗艦Asgard ∞
跳躍システム:ITS ∞
専属副官:Asgard ∞ 付き副官・クリス
ITS ∞ 付き副官・レイラ
特記事項および処理記録:
車輪銀河外縁の
リング状波動帯における
高密度ガス波干渉に対し、
アーロンによる【全属性変換能】を行使。
不規則な荷電粒子の嵐
および
物理的衝撃属性を、
完全なる安全流体
および
純粋エネルギーへと再構築・
転換完了。
断絶していた兵站回廊の復旧、
並びに現場臣民の環境安定を、
無言の救済をもって完遂。
本隊の完全独立運用を維持・記録。
全システム正常稼働中。
【セレスティア通信】(続)
APGにて
エレーナ:
「レグナ様、
夜分遅くに申し訳ありません。
APGの操作盤に灯るお名前を
指で辿っていたら……
どうしても、ひとこと
お声をお聞きしたくなってしまって」
覇王レグナ:
「エレーナか。
気にするな、私もちょうど
旗艦の書庫で古い星図の編纂を
行っていたところだ。
公的回線の警報音も届かぬ
この眼鏡越しだと、
お前の声も随分と柔らかく響く」
エレーナ:
「……はい。
かつて泥の塗れたどん底で蠢き、
己の魔力に溺れかけていた私が、
こうして聖宮の副官として
セレスティア様をお支えし、
レグナ様と
穏やかに言葉を交わせる未来が
あるなんて……今でもふと、
奇跡の中にいるような心地がいたします」
覇王レグナ:
「奇跡などではない。
絶望の底から自力で這い上がり、
その手に真っ白な光を取り戻したのは、
他ならぬお前自身の意志だ。
ルナと共に聖宮を守護し、
母上を誠心誠意支えるお前の背中を、
私は誇りに思っている。」
エレーナ:
「レグナ様……!
そのお言葉だけで、
胸の奥にくすぶる過去の傷痕すらも、
すべて報われる心地がいたします。
どんな試練が訪れようとも、私、
この命を賭して
本国と皆様を守り抜いてみせますわ」
覇王レグナ:
「ああ、頼みにしている。
だが、今宵は戦士としてではなく、
ただのひとりの女性として
静かに夜を過ごすといい。……
善い夢を、エレーナ。」
エレーナ:
「はい……! レグナ様も、
どうぞお心を安らげて
お休みくださいませ。」




