第21話:目標、車輪銀河外縁・リング状波動帯
第8部
「……第3観測ブイ、手動再起動」
哨戒兵の声から、震えが消えていた。
「通信相転移異常、解消。……
全哨戒ライン、
監視業務を再開する!」
巡視艇の中でも、
暗闇に伏していた二人の搭乗員が
互いに顔を見合わせ、
言葉もなく力強く頷き合っていた。
彼らは
コンソールに明かりを点灯させ、
自らの手でエンジンを始動させた。
誰が自分たちを救ったのか。
自分たちの頭上に、
圧倒的でありながら
どこまでも優しい
「真の秩序」が存在すること。
自分たちが重ねてきた
過酷な任務が、
決して
無意味な徒労などではないこと。
それを、彼らの魂が理解していた。
アーロンは、
動き出した巡視艇の軌跡を
静かに見届け、
かざしていた手を下ろした。
ただ臣民が
自らの意志で
明日へ踏み出す姿を
見届けることこそが、
聖王の巡幸のすべてであった。
「……第9哨戒網、
全機能の完全復調を
確認いたしました。」
セレスティアが、
深々と腰を折り、静かに報告する。
「アーロン様。
大マゼラン雲(LMC)
外縁宙域におけるすべての歪み、
および臣民の精神的苦痛の除去、
完璧に完了いたしました。」
アーロンは
短く首肯すると、
前方の航路へと視線を向けた。
副官ふたりの手元で、
端末が静かな動作音を立てる。
そして、次の目標宙域への
跳躍シーケンスが組まれていく。
「LMC宙域の離脱航路、確保。」
「次なる経由地、
車輪銀河(Cartwheel Galaxy)
外縁・リング状波動帯への
ITS 位相穿孔、
いつでも実行可能です。」
アーロンの
静かな促しに応ずるように、
旗艦 AGの巡航エンジンが
重厚な重低音を鳴らした。
空間が歪み、
光の粒子が艦体を包み込む。
生気と希望を取り戻した
大マゼラン雲の星々を後にし、
一行は車輪銀河で待つ
「高密度ガス波による兵站断絶」
の
現場へと向け、
静かに跳躍していった。
「全システム、正常。
ITS位相穿孔、準備完了。」
「目標、
車輪銀河外縁・リング状波動帯」
静寂の中、
重厚な推進器の重低音が
艦内に響き渡る。
AGは、
生気を取り戻した大マゼラン雲の
居留地を背に、
静かに、そして力強く
次元の彼方へと滑り出していった。
◇
過酷なる物理法則の
変転が渦巻く深宇宙。
そのなかでもとりわけ
壮大にして異形なる
景観を誇る車輪銀河。
その中心核から遥か離れた
外縁部を周回する
リング状波動帯は、
数光年にわたって広がる
星間物質の巨大な円環であり、
同時に
全宙域の交通と物流を阻む
絶望の自然障壁として
鎮座していた。
帯状に密集する高密度ガス群は、
極微の荷電粒子と
強烈な磁気波を
絶え間なく吐き出し、
周期的な波動となって
周囲の空間を
劇的に歪ませている。
この巨大な波の高まり——
高密度ガス波が隆起するたび、
周囲の宙域に
網の目のように張り巡らされていた
航路や物流回廊は物理的に分断され、
壊滅的な影響を受けていた。
車輪銀河の外縁部に位置する
観測要塞群、
および各補給ステーション群では、
数週間にわたって
外部からの兵站供給が
完全に途絶していた。
重厚な装甲に守られた
ステーション内部であっても、
外部の猛烈な磁気嵐と
荷電粒子の衝突による衝撃波を
完全に防ぐことはできない。
隔壁を震わせる低い振動と、
衰退していくエネルギー出力の
警報音が、
暗鬱な静寂を破って
不気味に響き続けていた。
「補給船団の到達不能を確認……
環境維持システムの
余力、残り僅少。」
現場の防衛要塞の管制室、
あるいは
立ち往生を余儀なくされた
大型輸送艦の艦橋では、
死の恐怖と
疲労に苛まれる臣民たちが
黙々と機器の操作を続けていた。
彼らを指揮する現地の司令官や、
その側近として
状況の打開に努める
副官たちの顔にも、
隠しきれない濃い影と
焦燥が落ちている。
高密度ガス波の波形は
高まる一方であり、
このまま
物質の補給が途絶えれば、
遠からず
全システムの停止と環境の崩壊——
すなわち全臣民の死という
結末が訪れることは
明らかな事実であった。
しかし、
死に瀕した現場の臣民たちも、
指揮を執る司令官たちも、
取り乱して
悲鳴をあげることはなかった。
無力な己の境遇を嘆くこともなく、
ただ与えられた持ち場を守り、
不屈の意志をもって
沈黙の中に耐えていた。
その極限の閉塞が
宙域を包み込んでいた瞬間、
漆黒の宇宙空間の彼方より、
一筋の清廉な光の軌跡が
静かに入射してきた。
全多宇宙を巡幸し、
あまねく
生とし生きる者たちへ
静謐なる救済をもたらす
絶対の聖王の旗艦
AGである。
本日 19:30 に投稿します。
【セレスティア通信】
『シンフォニー作曲編』(2)
銀河中心核噴出物(プラズマ流)の
波動変換
および広域低中音部の構築記録
本国統制局
および総司令官セレスティアの
直轄指揮下において、
聖国シンフォニーの
第2工程に関する観測データ
および変換結果が
以下の通り集録・布告された。
超大質量ブラックホール・
銀河ジェットの直接変換
各星系群の中核に位置する
巨大質量体に由来し、
幾何学的な軸線に沿って
銀河外へ膨大な光速で噴出する
高エネルギー・プラズマ流
(銀河ジェット)。
聖王は
【全属性変換能】を
『S-オムニス-Central』経由で
広域発動、
この強磁場と
荷電粒子の運動エネルギーを
巨大な音響振動へと
瞬時に相転移させた。
旋律の力学的結合と
低中音領域の固定
変換されたジェットの激しい波動は、
先般固定された
背景放射の原初低音と
干渉・補強し合い、
楽曲全体を力強く推進する
低中音部の重厚な咆哮フレーズへと
整律された。
これにより、
宙域の不調和なエネルギー偏在が
物理的に相殺され、
周辺の星間物質の動態が
急速に安定期へ移行した。
α 銀河団防衛管区における
音響伝播テスト
吾郎司令官率いる
第7警備管区の索敵陣列を通じ、
新錬成音波の伝播効率を検証。
測定にあたった『副官-α1』の
解析によれば、
新旋律の到達に伴い
管区内における通信ノイズ
および開拓民の生体ストレス指標が
大幅に低減。
実務上の安定性が確認されたことを受け、
本音響データは
正式に全軍共有スコアへ統合された。
【セレスティア通信】(続)
APGにて
シルヴィア:
「ジュエダン、夜分にごめんね。
APGの表示を見たら、
まだ貴女が
起きているようだったから……
通信を繋いでしまったわ。」
ジュエダン:
「シルヴィア!
ううん、全然気にしないで。
ちょうど ∞ 銀河団の巡回と
サテライトの定期調整を終えて、
甲冑を解いたところだったの。
貴女から連絡を
くれるなんて、すごく嬉しいわ。」
シルヴィア:
「ふふ、ありがとう。
公的回線だと副官たちや
S-オムニスの記録を意識してしまって、
どうしても硬い報告になりがちだけれど……
このAPGだと、
まるで貴女の部屋で
お茶を淹れながら
話しているような気分になれるのね。」
ジュエダン:
「本当にね。
私もね、いつもは鍛冶師たちや
兵士たちの前で気を張っているから、
こうしてシルヴィアと
二つ返事で飾らずに話せる時間は、
何よりの救いになるわ。
ε 銀河団の宙域は、今夜も穏やかかしら?」
シルヴィア:
「ええ、とても静かで美しい夜空よ。
予言の巫女として
月影の歌を捧げる日々けれど、
こうして貴女のような
不屈で強い女性騎士が
遠くの宙域を護ってくれていると思うと、
私の心も心底安らぐの。
互いに背負うものは大きいけれど……
今夜は肩の力を抜いて、
穏やかに眠りましょうね。」
ジュエダン:
「ええ!
貴女の優しい言葉を聞けたら、
明日の活力も湧いてきたわ。
シルヴィア、
温かくして休んでね。良い夜を。」
シルヴィア:
「ええ、ジュエダンも良い夜を。
また近いうちに話しましょう。」




