第15話:さんかく座銀河M33宙域へ
第8部
「陛下。確認いたしました。
彼らの陳情は極めて妥当であり、
数字の誤魔化しも一切ございません。
過酷な増産要求に
応え続けようとするが故の、
機器の物理的限界による
課題でございます。」
アーロンは
静かに陳情団を見つめ、
力強く深く頷いた。
そして、右手をかざすと
【全属性変換能】の微細な波動が
静かに解き放たれた。
迎賓の間に持ち込まれていた
採掘機器のサンプルや
構造材の不調和な内部不良が、
一瞬にして
完璧な結晶構造へと相転移し、
超硬質の輝きを放ち始める。
同時に、アーロンは
『S-オムニス-A』を通じて
本国および近隣の工廠へ
即時の資材回送命令を発令した。
「……!
機器の内部不良が
完全に消去され、
構造強度が跳ね上がっている……!
アーロン様、直々の御力を賜り、
さらには
最新シールドと部材の手配まで……!」
老作業頭をはじめとする
陳情団の臣民たちは、
その圧倒的な慈悲と
絶対的な手腕に打ち震え、
床に額を押し当てるようにして
感涙を流した。
「ありがたき幸せ……!
アーロン様!
我らミルファクの臣民、
この命が尽きるまで鉄を打ち、
最外縁を支える
絶対の盾となりて
応えて見せます!!」
歓迎の熱気と、
臣民たちの絶対なる忠誠の誓いが、
本国から3億光年離れた
鋼鉄の星圏に満ち溢れていた。
◇
第二視察地である
アンドロメダ第2銀河M32宙域を
あとにした専用旗艦
『アーロン・グラディウス』と
専用移動システムは、
多宇宙間跳躍システム『ITS』の第三次
次元穿孔によって、
さらに1億2,000万光年を下航していた。
本国アルカディアからの総到達距離は、
実距離にして実に5億7,000万光年。
漆黒の深宇宙を貫く
重厚な汽笛の余韻とともに、
ITS の車輪がたどり着いたのは、
最外縁 α 銀河団の目前に横たわる
最終防衛境界——
さんかく座銀河(M33宙域)であった。
無数の活発な HII 領域と
荒々しい星間ガス雲が渦巻く
この要塞星圏は、
吾郎司令官の管轄する α 銀河団へと
直結する絶対の
補給パイプラインの起点である。
アーロン・グラディウスのブリッジにて、
中央モニターに投影される
巨大要塞陣列の配備図を見つめる
アーロンの傍らで、
S-オムニス - A の操作卓を司る
副官 - A1 が澄んだ声音で告げた。
「アーロン様、セレスティア様。
第3中継点、
さんかく座銀河M33宙域への
着艦および最外縁防衛線の接続完了。
吾郎司令官の艦隊群と結ぶ
補給ハイウェイの流量、
完全同期を維持しております。」
アーロンが静かに手をかざすと、
全属性変換能の波動が艦体を伝い、
さんかく座銀河全域に渦巻いていた
荒々しい星間ガスの乱れを
完璧な調和波形へと整え尽くした。
隣に立つ総司令官セレスティアが、
凛とした眼差しで深く一礼を捧げる。
「本国から5億7,000万光年。
途上の3銀河における
生産・医療・防衛の
すべての点検を終え、
ついに最外縁 α 銀河団の門頭へ
到達いたしました。……
アーロン様、
この最終防衛要塞において、
全宙域の臣民を一つに結ぶ
『あの構想』をお示しになられる
時機にございます。」
アーロン・グラディウスから発進した
迎賓艇は、
要塞星圏の中枢ドック
「アイギスの尖塔」へと滑り込んだ。
ハッチが完全に開くと、
ドックの照明が一斉に切り替わった。
無数の光が交差する巨大空間。
その両側には、
最外縁防衛を担う精鋭部隊と、
要塞の
各部署から選ばれた臣民たちが、
整然と隊列を組んでいた。
アーロンの姿が現れた途端、
全員が右腕を胸元に掲げた。
その動作を合図に、
数万の声が
一つの奔流となって押し寄せる。
「聖王アーロン様!
皇后セレスティア様! 万歳!」
歓声は幾重にも重なり、
ドックの隔壁を震わせた。
アーロンは立ち止まることなく、
ゆっくりと前方を見渡した。
隣を歩くセレスティアも、
集まった人々に視線を向けながら、
微動だにしない。
2人の前には、要塞中枢へと続く
長大な通路が伸びていた。
やがて一行は、
司令部の最深部に設けられた
グランド・ホールに到着した。
そこは、単なる会議場ではなかった。
広間の床面には、
銀河の位置関係を
立体的に投影する巨大な
演算装置が組み込まれ、
その上空には
星々の配置が
幾重もの光の層となって
浮かび上がっていた。
本国『S-オムニス-Central』の
中央演算機構と直結し、
全宇宙の星図、重力場、物理波動の
変化を刻々と反映する、
全軍統合作戦のための
中枢システムである。
さんかく座銀河の軍司令官たち、
各方面の臣民代表団、
そして
要塞の最高幹部が所定の位置につく。
誰もが、
これから何が告げられるのかを
知ろうとしていた。
やがてセレスティアが演壇に立った。
彼女は広間全体を見渡し、
手元の認証装置に触れた。
瞬間、
空中に浮かんでいた星図が消え、
広間の正面に
聖王の紋章が
巨大に映し出された。
セレスティアが演壇を降り、
アーロンに向かって一礼する。
その瞬間、広間の照明が落ちた。
居並ぶ軍司令官も、臣民代表も、
全員が一斉に膝をつく。
グランド・ホールに残されたのは、
中央演壇を照らす一筋の光と、
数千人の息を呑む気配だけだった。
「静粛に。——
これより、
聖王様御親閲のもと、
本国中央ならびに
全銀河団の総意を結実させた、
宇宙史を揺るがす大統合事業の
公式布告を行います。
陛下のお言葉を拝聴せよ!」
広間に集う全員が
その場にひざまずき、
畏敬と忠誠の最敬礼をとる。
アーロンは
静かに前へ歩み出ると、
圧倒的な威厳と
慈愛を込めた静謐な声で、
全宇宙へ向けて高らかに宣言した。
「――聴け。
原初の背景放射より生まれ、
銀河の星々、素粒子、
量子泡沫に至るまでの
すべての物理現象と、
我が臣民が
過酷な宇宙の歴史の中で
紡いできた魂の詩篇。
その一切を統合し、
全宇宙を絶対の調和へと導く
至高の交響曲をここに創設する。」
アーロンが右手を翳すと、
ホログラム・プラットフォーム上に
眩い光の譜面が
幾何学的な美しさを伴って
浮かび上がった。
「その名は――
宇宙全域統合交響曲第1番
《絶対なる秩序と調和の凱歌》
(Symphony No. 1 in
Universal Harmony
"Triumphal Hymn of Absolute Order")」
その響き渡った瞬間、
最外縁にほど近い
さんかく座銀河の全空間が
微かに共鳴し、
すべての不調和なノイズが
綺麗に消え去った。
セレスティアが
陶酔と誇らしさに満ちた
瞳を輝かせ、
アーロンの傍らで凛と言の葉を継ぐ。
「原初から極小の量子に至る
全宇宙の波動と、……」
本日 19:30 に投稿します。
【セレスティア通信】
途上第一視察地:
ペルセウス座 α 銀河(ミルファク宙域)
公式統制記録
本国聖宮の総司令官セレスティア、
ならびに副官部ルナ・エレーナにより、
途上第一視察地における
歓迎・視察・陳情処理が
以下の通り公式記録された。
ミルファク宙域における
歓迎および臣民統制の確認
本国より実距離3億光年の
深宇宙に位置する
ペルセウス座 α 銀河ミルファク宙域において、
行政長官および採掘・精錬臣民団による
最大級の歓迎式典を受領。
長大な距離を超えて
本国への絶対的忠誠が
維持されていることを確認。
生産基盤の陳情処理と整備補強
臣民代表団より上奏された
「第4採掘帯における機器摩耗
および補給遅延の未然防止」に関する
陳情に対し、
聖王アーロン様自ら
【全属性変換能】を行使され、
採掘資材の分子構造を即時強化。
さらに
最新型シールドおよび交換部材の
優先配備をご認可。
最外縁 α 銀河団への補給線における
不確実性が完全に払拭された。




