第7話:無限の美と絶対なる幾何学
第8部
「ええ、
聞き及んでいますよ、エレーナ」
セレスティアの唇に、
うっすらと優美な笑みが浮かんだ。
「ですが……各銀河団が
それぞれの美を競うだけでは、
まだ足りません。
本国アルカディアで開催される
【各銀河団合同ルネッサンス大会】
とは、単なる
作品の展覧会ではないのです。
それは、我が聖国が達成した
『力と美の完全なる融合』を、
全宇宙の歴史に
永遠の不可侵として刻み付ける
ための儀式なのですから。」
セレスティアが
右手を静かに掲げると、
天鏡の間の
広大な星図が切り替わり、
アルカディア本国と
各銀河団を結ぶ
広大な空間回線網が浮かび上がった。
「ルナ、エレーナ。
合同ルネッサンス大会の
開幕に先立ち、
三つの銀河団から集められる
展示品、構造体、そして
思想論文のすべてを
輸送・保管するための
絶対安全領域——
『聖宮極彩回廊(ルネッサンス・
グランド・アーカイブ)』の
建設を開始します。
直ちにシルヴィア軍と
ジュエダン軍を起動しなさい。」
「御意!」
二人の副官が同時に深く一礼し、
コンソールへの即時入力を開始した。
ルナのデータ眼鏡に、
極彩回廊の構築に必要な
億単位の物理パラメータと
幾何学設計図が
高速で網羅されていく。
エレーナの指示によって、
本国の超量子回線が直接、
ε 銀河団と∞ 銀河団の総旗艦へと
直結された。
「S-オムニス、
超量子回線全ライン開通!
本国総司令官セレスティア様より、
直属軍司令官シルヴィア様、
ならびにジュエダン様へ、
聖宮最高次直命
『グランド・コマンド・
ルネッサンス』を発令します!」
エレーナの声が、
数万光年の宙域を越えて響き渡った。
◇
同刻。
ε(イプシロン)銀河団の
中枢宙域に鎮座する、超弩級旗艦
『アスガルド ε 』。
幾何学的な白金で装飾された
広いブリッジの内部では、
女性兵士のみで構成された
ε 軍精密演算参謀部
「ヴァルキリー・コア」の数十名が、
整然と並ぶ
透過コンソールに向き合っていた。
その中央、高段に設置された
司令席に腰掛けているのは、
ε 銀河団の総指揮を執る
女性司令官、シルヴィアである。
彼女は美しい金髪を肩に垂らし、
細い指先で
磁器のティーカップを弄びながら、
本国から送られてきたセレスティアの
直命データを優雅に目視していた。
「……ふふ、セレスティア様。
粋なことをおっしゃいますわ。
『聖宮極彩回廊』の幾何学基盤の
構築……
我が ε 軍の
最も得意とするところですわ。」
シルヴィアの言葉に、
ヴァルキリー・コアの
首席参謀官が振り返り、
礼儀正しく頭を下げた。
「シルヴィア司令官。
本国ルナ副官より送られてきた
設計データ、
解読完了いたしました。
要求されている空間精度は、
小数点以下12位までの
位相誤差ゼロ。
既存の変換プラントの出力を
極限まで
同調させる必要があります。」
「問題ありませんわ」
シルヴィアはティーカップを
静かにソーサーへと戻すと、
ゆっくりと立ち上がった。
その軍服の裾が気品高く揺れる。
「我が ε 銀河団が誇る
『精密位相干渉網(ITS ε)』は、
敵の戦艦を打ち砕くためだけの
ものではありません。
宇宙で最も美しく、
最も精緻な空間を
織り上げるための
繊細な針でもあるのです。
全艦隊に通達!
幾何学空間展張
シークエンスを開始しなさい!」
『御意、シルヴィア司令官!!』
ヴァルキリー・コアの斉唱とともに、
ε 銀河団全宙域に展開していた
数万隻の ε 軍戦艦群が、
一斉に
その船首を本国方向へと向けた。
戦艦群の
集束結晶器から解き放たれたのは、
破壊の光ではない。
それは、
宇宙空間の歪みをミリ単位で補正し、
一切の物質の劣化や崩壊を防ぐ
純白の光の格子線——
「幾何学位相網」であった。
光の格子は
本国アルカディアの外縁宙域へと
向かって伸びていき、
まるで
巨大な白亜の神殿の骨組みのように、
漆黒の宇宙空間を美しく区切っていく。
「素晴らしいわ……。
見てご覧なさい、
この完璧な対称性を。
不調和なノイズなど
一微粒子も存在しない。
これこそが、
セレスティア様と我が ε 軍が
追い求める機能美の極致ですわ。」
シルヴィアは満足そうに微笑むと、
通信ウィンドウの向こう側にいる
∞(インフィニティ)銀河団の
ジュエダンへと視線を移した。
「さあ、ジュエダン。
わたくしが完璧な
『枠組み』を造り上げましたわ。
次はこの中に、
あなた方の圧倒的な
『深み』を流し込んでご覧なさい。」
一方、
∞(インフィニティ)銀河団・
中枢宙域。
超弩級旗艦『アスガルド ∞ 』の
ブリッジは、
ε 軍の華やかさとは対照的な、
重厚で洗練された
漆黒の静寂に包まれていた。
黒銀の軍服を纏ったジュエダンは、
前方に広がる漆黒の宇宙空間と、
そこに伸びてくるシルヴィア軍の
純白の幾何学網を見つめていた。
その切れ長な瞳には、
絶対の自信と知性が宿っている。
「ふっ……相変わらず
手際が良いですね、シルヴィア。
完璧すぎる枠組みです。
でも、
枠だけでは物は収まりません。」
ジュエダンの背後に控える参謀AIが、
低音の機械音で報告を発した。
「ジュエダン司令官。
本国エレーナ副官より、
空間収束プロトコルの
連動承認が下りました。
極彩回廊内部の『無限容積化』
シークエンス、
いつでも実行可能です。」
「よし」
本日 19:30 に投稿します。
【セレスティア通信(1)】
本国「聖宮極彩回廊
(ルネッサンス・グランド・アーカイブ)」
の建設構造
本国聖宮の総司令官セレスティア、
および副官部が
統括・監修した最新の保管空間構造
についての公式発表は以下の通りである。
シルヴィア軍(ε)による「精密位相格子」
ITS εの極限精密制御を用い、
外部からの
衝撃・放射線・時間劣化を
完璧に無効化する白亜の
幾何学フレームを
宇宙空間上に固定完了。
ジュエダン軍(∞)による
「無限位相容積化」
ITS ∞の空間折り畳み技術を応用し、
幾何学フレーム内部の容積を
数学的に無限大へと拡張。
全銀河団から集積される
膨大なルネッサンス成果物を
無制限に収容可能な構造を確立した。
【セレスティア通信(2)】
「各銀河団合同ルネッサンス大会」
開幕プロトコル
第一期集積フェーズの開始
α 銀河団(吾郎)、
ε 銀河団、
∞ 銀河団の
各担当宙域より、
地域固有の風土・思想・技術・
芸術を結集した
出展物の搬入が開始される。
本国聖宮における厳正審査
総司令官セレスティアを筆頭に、
ルナ、エレーナが率いる
聖宮審査委員会が、
機能美・幾何学的完成度・
精神的気高さの三軸において
各銀河団の成果を
厳正に評価・表彰する。




