第20話「帝都の決断と親衛隊の冠(かんむり)」
第6部
第一副艦長が
晴れやかな笑みを浮かべて
報告する。
だが、
吾郎に感慨に浸る余裕は
なかった。
手元の端末に、
帝都から
最高優先度の本令が
届いたからだ。
「感慨に耽るのは後だ。
全艦、直ちに
フェニックス銀河団への
跳躍準備に入ってくれ」
フェニックス銀河団——
圧倒的な星形成率と
超巨大ブラックホールを擁し、
現在は
覇王レグナ直轄の
「預かり」となっている
聖国最重要の宙域である。
当面の懸案を片付けた
三人の弟子には、
レグナの管轄下へ
直ちに出向し、
その要衝の
次段階統治と
共同防衛体制を構築する
重大な任が下ったのだ。
「レグナ様の預かりと
なっている要衝だ。
一刻の遅れも許されない。
二人とも、
現地で合流しよう」
回線を開いた吾郎の言葉に、
アスガルド ε のシルヴィアと
アスガルド ∞ のジュエダンが
即座に応じる。
『ええ、分かっているわ。
異星系間の共同自治の手筈は
整えた。
すぐに
フェニックス宙域へ向かうわ!』
『こちらの海賊無血開城と
治安維持体制も完了しています。
レグナ様の手を
これ以上、煩わせるわけには
いきません。
直ちに出撃します!』
三人は挨拶もそこそこに
通信を切り、
それぞれの主艦を
フェニックス銀河団へと
跳躍させた。
漆黒の宇宙に
圧倒的な高密度質量が渦巻く、
フェニックス銀河団の
集結宙域。
吾郎のアスガルド α 、
シルヴィアのアスガルド ε 、
ジュエダンのアスガルド ∞ の
三艦が、
寸分の狂いもなく
陣形を組んで
集結を果たした。
三人は
レグナの威風が今なお残る
拠点の管理権限を引き継ぎ、
直ちに宙域全域の初期監査と
データ統合を開始する。
「さすがは
レグナ様の預かり宙域だ……
威圧的な防壁を立てずとも、
至高の武意と秩序が
完璧に行き渡っている」
ジュエダンが
感嘆の声を漏らし、
シルヴィアも肯く。
三人が
それぞれの戦場で挙げた成果と
成長を持ち寄り、
フェニックス宙域という
巨大な要衝で
一つに結びつこうとしていた。
……だが。
引き継ぎのために
ITS α のメインコンソールを
同期させていた吾郎の表情が、
突如として
氷のように強張った。
ピピッ、と静かな警告音。
「……なんだ? これは。……」
手元のサブモニターに、
先ほど自宙域で検出したはずの
「10万分の1単位の
計算精度のズレ」が、
このフェニックス銀河団の
観測網にも
不気味に同期・伝播して
表示されていた。
「重力場の残留波形じゃない……
フェニックス宙域の
精密データと
照らし合わせても、
明らかに
物理法則と噛み合わない
波形が描かれている」
「どうしたの、吾郎?」
シルヴィアの問いかけに、
吾郎は
眼鏡の奥の瞳を極限まで細めた。
普通なら
観測誤差として
捨てられるほどの微小な狂い。
しかし、
ITS α の
精密な演算結果と
照らし合わせると、
空間が
伸び縮みしているのではない。
まるで、
「そこにあるはずの
空間座標(事実)そのものが、
誰かの手によって
書き換えられている」
かのような、解せない違和感。
「計算の前提そのものが、
わずかに狂わされている……。
俺たちが
どれだけ完璧な陣形を組もうと、
根本の数値
そのものが狂わされたら……!」
吾郎の額に、
ツッと一筋の冷や汗が伝う。
自分たちが足元を固め、
レグナの威光のもとに集結した
フェニックス銀河団。
その完璧な秩序の足元に、
不気味な「歪み」の影が
侵食を始めている——。
遥か彼方、
超巨大銀河団
「El Gordo」の領域にて、
気まぐれな笑みを浮かべる
歪曲の策士
ギガルの影が、
静かに忍び寄っていた。
フェニックス銀河団に集結した
吾郎、
シルヴィア、
ジュエダンの三人から、
聖王宮へ
緊急の極秘通信が届いたのは、
帝都が
静寂に包まれる
刻のことであった。
「……10万分の1単位の
空間座標の歪み、か」
玉座で肘をつき、
ホログラムで送られてきた
ITS α の観測データを
一瞥した聖王アーロンの瞳に、
鋭い光が宿る。
空間座標そのものが
微小に書き換えられ、
現実の理が
侵食されていく奇妙な現象。
吾郎たちが直面している
この不気味な違和感の正体を、
アーロンは
即座に見抜いていた。
天文学的質量を誇る
超巨大銀河団
『El Gordo』
——その深淵に潜む
歪曲の策士、ギガル。
時空の屈折と
重力レンズの理を弄び、
敵の知略や陣形を
根本から歪めて
崩壊させる怪物が、
ついに
その悪意に満ちた触手を
伸ばし始めたのだ。
「全銀河を統括する
ルネサンスの最中、
いよいよ
本命が動き出したか。……」
アーロンは立ち上がると、
黒の王衣を翻して
聖宮の最深部へと向かった。
本日 19:30 に投稿します。




