第18話「絶望の錨と黄金の鉄壁」
第6部
報告に
色めき立つ搭乗員たちを制し、
シルヴィアは
すっと立ち上がった。
その所作には、
聖国の乙女としての
流麗な気品が満ちている。
「戦火を開かせてはなりません。
両星系の誇り(プライド)は、
どちらも等しく尊いもの。……
アスガルドε、前線へ全速。
私自ら調停に立ちます」
現場へ急行したシルヴィアは、
両軍の真っ只中に
自艦を滑り込ませると、
全軍を展開した。
宇宙空間に広がるのは、
激しい攻撃魔法ではない。
光と熱、そして重力波が
緻密に編み上げられた、
息をのむほど美しい
「光彩の儀礼空間」であった。
両星系の歴史と伝統を象徴する
光の紋章が
宇宙の深淵に浮かび上がり、
互いの艦隊を
やさしく包み込んでいく。
『双方の誇り高き将軍方、
聞こえますか?』
シルヴィアの澄んだ声が、
通信回線を通じて
両軍の全艦に響き渡る。
『互いの歴史を貶める戦いは、
真の誇りとは呼びません。
この光の道は、
双方の星系が同時に、
対等な栄誉をもって進むために
紡いだもの。
どうか、過去の恩讐ではなく、
これから紡ぐ未来のために
その手をお取りなさい』
荘厳な空間と、
シルヴィアの
慈愛に満ちた言葉は、
武力衝突寸前だった兵士たちの
熱狂を瞬時に冷ませた。
互いの名誉を傷つけずに
収められた見事な調停。
双方の旗艦から
静かに照準が下げられ、
宇宙に安堵の溜息が漏れた。
監査局の長い交渉を終え、
flagship アスガルドαへと戻った
吾郎の元に、
シルヴィアからの通信が入る。
『吾郎さん、
そちらの不満分子との対話、
うまく行ったようですね』
「ああ、なんとかね。
シルヴィアの方も、
素晴らしい調停だったと
報告が入っているよ。
武力を使わずに誇りを守る……
まさに君にしかできない技だ」
『ふふ、お互い様ですわ。
吾郎さんの
緻密な手腕と誠実さには、
いつも感服させられます。
ジュエダンも
自身の宙域で
海賊船団を
無血で抑え込んだようですし、
これで
私たちの担当する銀河団も、
ようやく第一段階の安寧を
迎えられそうですわね』
「そうだね。
聖王陛下から預かった星々を、
きちんと守り抜くことができそうだ。
こうなれば、一刻も早く
フェニックス銀河団に赴いて
レグナ様にお預けしたままになっている
新たな統治体制の構築に励まないとな」
「いかにも!」
通信を終え、
吾郎はホログラムの
銀河図を仰ぎ見た。
旧権益層との対話は実を結び、
監査局の統治体制も確立された。
12年後の重力崩壊という悪夢は、
着実に克服されつつある。
(これで……この宙域も、
平穏の軌道に乗る)
吾郎は安堵の微笑を浮かべた。
しかし、その瞳が
ふと手元のITSαの
観測端末に向けられたとき——
ごくわずかな「狂い」が、
その光を掠めた。
(……ん?)
端末の隅、
10万分の1単位の計算精度を示す
インジケーターが、
不自然なノイズとともに
一瞬だけ明滅していた。
「……気のせいか?
重力アンカーの打設に伴う、
ただの残留波形……?」
吾郎は呟き、
眼鏡の奥の瞳を細めた。
自身の管理が
完成へと近づいたその足元に、
不気味で微小な「歪み」の影が、
静かに
差し込み始めていることを、
この時の吾郎はまだ
知る由もなかった。
「全観測系、同期完了!
重力アンカー打設シークエンス、
最終フェーズに入ります!」
旗艦アスガルド α のブリッジ内に、
緊迫した
オペレーターの叫びが響き渡る。
吾郎の管轄する
SPT-CL J0546-5345銀河団において、
最も崩壊危険度が高く、
かつ計算が困難を極める
「核心宙域」への
最終重力アンカー打設作業が
佳境を迎えていた。
12年後の崩壊を回避するための
要となるこの作業は、
銀河団全体の
膨大な質量流動と
リアルタイムで
同期させなければならない。
ITS α の処理能力は
限界まで引き上げられ、
ホログラム表示される数値群が
凄まじい速度で流れていく。
「吾郎様!
核心部から
局所的な重力サージが発生!
演算データのフィードバックが
追いつきません!」
第一副艦長が
額に汗を浮かべながら叫ぶ。
「落ち着いて。想定内のブレだ」
吾郎は
眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、
キーパッドへ淀みなく指を滑らせた。
「第二、第三作業船団へ
ベクトル修正データを送信。
第二副艦長、
現場の作業班の指揮を任せる。
俺が算出した
『0.004秒の猶予』のタイミングで
アンカーを打ち込んでくれ」
本日 19:30 に投稿します。




