08.城でのできごと
現在の作業がとどこおっている、という訳ではない。
だが、どうせするなら、楽しく仕事をした方がいいに決まってる。気分が変われば、能率だって上がる、というものだ。
セラップの言葉に、ソルフォードは微苦笑を浮かべた。
正直に言えば、ソルフォードも「そうできればなぁ」と思っているのだ。
「これは、ぼくの仕事だからね。彼女に迷惑はかけられないよ。王としての、最初の仕事だからね。それに、そんなことを頼んだら、甘えるなって逆に怒られちゃうよ」
「そうでしょうか。わたくしは、メリアーティスなら喜んで手伝ってくださると思いますが」
「そうかなぁ。でも、手伝うって何を?」
招待状のサインは、ソルフォードがしなくてはならない。その他の書類についても。仕事の内容を覚えるのも、ソルフォードだ。
「あー……。いらっしゃるというだけで王子の気晴らしになる、というお手伝いなどはいかがでしょうか」
突っ込まれ、そこまで考えていなかったらしいセラップの苦しまぎれな答えに、ソルフォードはくすくすと笑った。
「それって、手伝いかい? まぁ、メリアーティスがいてくれれば、確かに気は安らぐけれどね」
「そうでしょう?」
メリアーティスはいつもソルフォードを王子としてではなく、一人の人間として見てくれる。
たぶん、彼女の中に「畏敬の念」というものはない、もしくは非常に薄いのだろう。だから、言いたいことも遠慮せず、ぽんぽん言う。
それが、ソルフォードには心地よかった。
メリアーティスとは幼い頃からの付き合いで、お互いの気心も知れている。本音で話せる貴重な存在だ。
自分へ向けられる自然な彼女の笑みも、彼の心を和ませる。最近、メリアーティスが「かわいい」から「きれい」になったような気がするのは、自分だけだろうか。
「ぼくよりセラップの方が、メリアーティスに会いたいんじゃないのかい? いいよ、遊びに行って来ても。セラップまでがまんして、ぼくに付き合う必要はないんだから」
「と、とんでもございません。王子を置いて、一羽で遊びに行くなど」
「無理しちゃって」
メリアーティスが来るとわかれば、セラップはいつもそわそわしている。
セラップにとって命の恩人であるソルフォードとメリアーティスは、とても大切で大好きな存在なのだ。
たまにルクスソーヴァ家へ行くことがあるが、本当はソルフォードと一緒に行きたい、とセラップは思っている。
二人のそばにいるのが、セラップにとって一番幸せな時間だから。
「それより、王子。今後、メリアーティスとはどうなさるおつもりなのです?」
急に真面目な声で、セラップは話題を変えた。
「どうって……何が?」
「ああ、もうっ。わかっていらっしゃるくせに。王位を継がれた後のことですよ。ちゃんと求婚なさらないと」
「セラップ……」
直球なセラップの言葉に、ソルフォードの頬に朱が走る。
「こういうことは、けじめが肝心ですからね。付き合いが長いのだからわかるだろう、ではいけません。女性は、やはりちゃんと言葉にしてもらいたい、と思われるそうですよ」
「……どこでそんな話を聞いて来るんだい」
「城の内外で、多くの方が話されています。親しき仲にも礼儀あり、という言葉もございますからね」
色々な場所へ飛んで、人間の会話を聞く。翼のある鳥の強みだ。
「気が早いなぁ」
「何をおっしゃいますか。今すぐに、とはいかないでしょうが、王には后が必要です。その方がメリアーティスなら、どなたも反対はされないでしょう。どこぞの国のよく存じ上げない姫君より、昔から共にいらっしゃるメリアーティスなら、王子だって安心してお迎えできるでしょう?」
大好きな二人がずっと一緒にいるようになれば、セラップにとって喜ばしいことこの上ない。
「ん……まぁ、その話はまた今度」
「あ、王子。ずるいですよ、お逃げになるなんて」
そんな会話をしながら階下へ行き、大広間の前を通り掛かった時だった。
突然、巨大な雷が落ちたような音が響く。城のあちこちで、悲鳴が聞こえた。
さっきから空模様はよくなかったが、こんな大きな雷が落ちるような雲があっただろうか。
だがすぐに、今の音が雷ではなかったのだ、と知ることになる。
邪悪な気配が周囲に広がり、奇声が大広間から響いた。近くにいた兵士達が急いで王子のそばへ駆け寄り、ソルフォードとセラップも緊張に身を硬くする。
ここに、何かよくないものがいる?
ソルフォードが大広間の扉を開けると、中にはもやが立ち込め、見通しが悪くなっていた。
屋内なのに、なぜこんなもやが……?
「そこにいるのは誰だっ」
広間の中央に影を見付け、ソルフォードが鋭い声で誰何する。
と、その影の方から、不気味な嗤い声が聞こえてきた。不敵とも表現できそうな嗤い声だ。それも、かなりの数で。
「ごきげんよう、ソルフォード王子」
もやの中から、影の主が現れた。
「わたしはブラウエル・ビゾンと申す者。まさか王子に出迎えていただけるとは」
「お前は……魔性か」
もやの中から現れたのは、人間……のような姿をした男だった。
見た目は、年の頃なら二十代後半から三十代。背が高く、暗い銀色の長い髪は腰まである。整った顔をしているが、その表情はどこか爬虫類を思わせた。
探せばこんなタイプの人間はいるだろうが、男は明らかに人間ではない。
頭に太く短い角が二本、確かに存在しているからだ。
そして、その瞳は人間の血を思わせるような赤。魔鳥であるセラップの瞳も赤いが、その男の赤はどこか寒気を感じさせる。
「いかにも。わたしは魔性」
にたりと笑みを浮かべる。その口の端に、白い牙がのぞいた。
「あたしはアルカ。ブラウエルの妹ですわ。以後、お見知りおきを、王子様。もっとも、あなたとお話するのは、今日が最初で最後でしょうけれどね」
ブラウエルの後ろには、彼と似たような姿の女がいた。
暗い銀の長い髪に、赤い瞳の美しい女。だが、彼女の頭にも、やはり二本の角がある。
さらにその後ろには、何匹かもわからない、大量の魔物がいた。
骨と皮だけのような醜い姿の者や、人間の兵士のようにしっかりした体格を持つ者。吸血鬼のように、鋭い牙が口からのぞいている者や、子どものような背丈の鬼など。
そのどれもが、異様な空気を放っていた。
「魔性がこの城に、何の用だ」
「城と言うより、あなたに用があるのですよ。輝く魂を持つ、あなたにね」
「……!」
ブラウエルと名乗った魔性の言葉に、ソルフォードの目が見開かれる。
「お前……なぜ」
「なぜ? あなた自身にはわからないだろうが、外から見れば光り輝いてますよ。気付くな、と言う方が無茶というものです。そして、わたしはそれが無性に欲しくなった」
ソルフォードの周囲をかためる兵士達は、目の前の魔性が何をしゃべっているのか理解できずにいたのだが、とにかく王子の命を狙っているらしい、ということはわかった。
「王子! ご無事ですかっ」
初老の男が叫びながら、大広間へ入って来た。
城に仕えている魔法使いのマルゴーだ。異様な気配を察知して、急いで駆け付けたのである。
「ほほう。こちらがあなたに仕える魔法使いですか。王子、今更忠告するのも何だが、召し抱える魔法使いはもう少し力のある者を選ばれた方がよろしいぞ」
「貴様……魔性ごときが何を偉そうに」
侮辱されたとわかったマルゴーが、盾になるようにソルフォードの前に立ちながらブラウエルを睨んだ。
「ふん。では、なぜわたしがここにいるか、わかるか? お前が張っていた結界があまりにも弱すぎて、王子の気配を隠し切れなかったからだ。お前の魔力など、たかが知れている」
魔性はあからさまに見下すような目付きで、魔法使いを見た。
「ぐっ……。確かに、わしの魔力では王子の光を隠し切れぬ」
兵士達は、魔法使いの言葉にも首をかしげる。王子の光というものが何なのか、さっぱりわからなかった。
「何をしようとしているのか知らぬが、貴様のような魔性に王子をどうこうできると思うな」
「してみせるさ。わたしは、欲しい物は必ず手に入れる。必ず」





