07.セラップ
ラツィオやドーアンが戸惑うのも、無理はなかった。
まさか「この国の王子が魔鳥を飼っている」なんて、思いもしなかったのだから。
だが、執事はこの事実を知っているのか、慌てる様子はない。メリアーティスに言われるまま、薬や湯をはった洗面器、タオルなどを持って来る。
「この子はね、ソルフォードとあたしが小さい頃『あやかしの森』で見付けたの。その時はまだ小さくて、他の獣にでも襲われたのか、ケガもしてたから連れて帰ったのよ。後でちゃんと森へ帰すつもりでいたんだけど、元気になったらすっかりなついちゃって。で、普通の鳥じゃないでしょう。どんどん言葉も覚えちゃって……今じゃソルフォードの第一家来を自負してるのよ」
猛禽類のような大きな身体。鋭い爪に、湾曲したくちばし。普通の鳥には見えないにしても、ドーアンの結界がなければ、まさかこの鳥が魔物だとはわからなかっただろう。
今は白い羽を自分の血で汚し、目を閉じておとなしくしている。まだ意識は戻っていないらしい。
白魔鳥は、魔物と言っても人間に味方するものが多い。魔法使いが使い魔として利用したりもするし、信頼関係を築けば忠実に働いてくれる。
ソルフォードとメリアーティスが城へセラップを連れて戻った時は、魔物とわかると当然のように反対されたのだが、城の魔法使いマルゴーがそういうことを口添えしてくれた。
その後、手当てをしてやり……メリアーティスの言うように、なついて居着いてしまったのだ。
セラップという名前は、二人で考えて付けた。魔法使いが言うように使い魔になった訳ではないが、名前を付けたことでさらにつながりが深くなる。
命の恩人であるためか、ソルフォードとメリアーティスに対しては忠誠心が厚い。下級兵士よりずっと忠実、と言ってもいいくらいだろう。
二人にとっても、セラップは大切な友だ。
魔法使いが常駐しているから、という理由もあり、普段はキャプロックの城でソルフォードと一緒に暮らしている。
しかし、メリアーティスとも一緒にいたい、と言うセラップは、時々ルクスソーヴァ家へ来ることもあるのだ。
人間の友達がお泊まりに来る、みたいなものである。
そんな事情で、オージェイズもセラップのことをしっかり認知しているのだ。
「きっと、長い時間戦っていたのね」
ラツィオがセラップの身体を持ち上げるのを手伝い、メリアーティスとドーアンがセラップの翼をゆっくりと広げ、汚れた部分をお湯でそっと洗う。
血は水でなければ落ちないが、今は血のシミはどうでもいい。それでも、土などのほこりを洗い流すと、かなり白さが戻る。
「申し訳ありません。魔力が回復していれば、治癒魔法が使えるのですが」
「この状況じゃ、仕方ないわ。気にしないで」
メリアーティスは綿に消毒薬を染み込ませると、傷のある部分に付けた。
「いたーいっ! 誰だっ。いきなり何をするんだっ」
それまでおとなしくしていた鳥が、間違いなく人間の言葉を発して目を覚ました。人間なら、声変わりする前の少年のような声だ。
「ダメよ、セラップ。静かになさい。手当てができないわ」
「は? 手当て……?」
メリアーティスに叱られたことで、自分がどういう状況になっているかを悟ったようだ。そばにいるのが誰か、ということを、赤い瞳で確認する。
「ああ、メリアーティス。戻っていらしたのですねっ。ご無事でヴァイツェンへ戻られて、わたくしは本当に嬉しゅうございます。ここまで来た甲斐がございました」
静かにしろ、と言われたにも関わらず、セラップはその姿を認識するとメリアーティスに抱き付いた。
端から見ると、翼を広げて襲いかかっているようにも思えるのだが、きっと感極まっての行動だろう。
「やけに人間くさい鳥だな」
「人間と一緒にいる時間の方が長かったから、じゃないですか」
流暢に人間の言葉を話している。もしかすると、ドーアンよりもていねいな口調かも知れない。
「あれだけ話せるんだから、確かに魔鳥だな」
「普通の鳥では、あそこまで話せませんよね」
メリアーティスの話だと、どんどん言葉を覚えた、ということだが、恐らく王子の側近達の話し方から学んだのだろう。
声だけを聞いていたら、完全に側仕えの口調だ。
「ほらほら。わかったから、今はおとなしくして。あなた、傷だらけなんだから」
「いたた……そうでした。城の外へ出てから、あの魔物どもに襲われまして。不覚でした。最初はどうにか切り抜けていたのですが、わたくしも次第に力が尽きて参りまして、あのような……ああっ、わたくしのことなどいいのです。それより王子が……メリアーティス、ソルフォード王子が」
一度おとなしくなりかけたセラップだが、すぐにまた興奮しだす。
「セラップってば……おとなしくしなさいって言ってるでしょ」
「いいえ、それどころではありません。メリアーティス、どうか王子をお助けください」
セラップは、なだめようとするメリアーティスにひしとすがりつく。
「どうやら、この鳥が俺達の欲しい情報を持っていそうだな」
「そのようですね。これでようやく、ヴァイツェンで起きた謎が解けます」
今まで誰もわからなかった事情を、このセラップなら知っている。いつもソルフォードのそばにいたセラップなら。
「わかったわ、セラップ。ソルフォードはあたしが必ず助けるから。その前に状況を教えてちょうだい。それと……ちゃんと手当てをさせなさいね」
メリアーティスは、すがりつくセラップを引きはがしながらそう言った。
☆☆☆
二日前。時は昼を過ぎた頃、だろうか。
セラップは「いやな雲が出て来た」と思いながら、ソルフォードがいる部屋の窓から外を眺めていた。
王子は色々と覚えなくてはいけないことがあって、かなり疲れているようだ。それはそうだろう。
王としての仕事も覚えなくてはならないし、その前に戴冠式がある。近隣諸国に招待状を書く、という作業も山積みだ。
ソルフォードは最後にサインをするだけだが、それでも量が半端ではない。
気が遠くなりそうな仕事だが、ソルフォードにしかできない、ソルフォードでなければならない作業ばかりだ。
いつも一緒にいるメリアーティスもソルフォードの忙しさを知っているから、会いに来るのを控えている。そのため、気晴らしもあまりできない状態だ。
今まで遊んでいた訳ではないが、父王が急病で思いのほか早く亡くなり、様々な重みが一気に押し寄せて来ている。
父が亡くなったからと言って、王子にはゆっくりと悲しみにふけっている暇などないのだ。
サインのインクが乾いた書類から順番に積んでいたセラップだが「そろそろ休憩を取られた方がよろしいのでは」と王子に話し掛けた。
放っておくと、ソルフォードはすぐに根をつめてしまう。だから「こうして自分が気にかけていないと」などと世話焼きなセラップは思うのだ。
「あ、そうだね」
昼食の時間でもあるし、ソルフォードも同意して席を立った。ずっと座ったままなので、立つだけでもずいぶんと気分が変わる。
セラップはソルフォードの肩に乗り、一緒に部屋を出た。
わざわざ王子が動かなくても、給仕係に食事を持って来させることはできる。だが、それをするとソルフォードが執務室を一度も出ることなく、一日が過ぎてしまいかねないのだ。
「いくらやるべきことがたくさんあっても、部屋にこもりきりでは不健康になってしまいますよ」
セラップがそう言うので、ソルフォードも「食事くらいは別の場所で」とこうして部屋を出るようにしているのだ。
それに、ソルフォード自身も食事くらいはゆっくりしたかった。書類の山を見ながらなんて、食欲も半減してしまう。
部屋へ持って来られても、仕事のキリのいいところまでやってから、などと思っていたら、せっかくの料理も冷めてしまう。
今のソルフォードにとって、食事は数少ない気晴らしの時間とも言えた。
「王子、メリアーティスにお越しいただいて、お手伝いをしていただく、ということはできないのですか? お二人なら、仕事ももっとはかどりますでしょうに」





