06.襲来?
ソルフォードの父、つまりヴァイツェン国の王が先月、病気で崩御した。
跡継ぎは、一人息子であるソルフォード王子。喪が明ければ戴冠式が行われ、ソルフォードはこの国の王となるのだ。
式の準備などで城の中は毎日のように多くの人でごった返し、ソルフォードも忙しくて最近メリアーティスと会えないでいる。
この先、ソルフォードとはどうなっていくのだろう。今まで通り、とはいかなくなるはず。彼はこのことをどう思っているのか。
いや、それはともかく。
普段より城の内外が混乱するので、警備も厳しくなっており、メリアーティスの父バンフェルデの仕事も増えた、と聞いている。
メリアーティスの母スィーナはソルフォードの母、つまり王妃とは昔からの友人だ。王妃の結婚式では、スィーナがドレスのデザインなどを手がけている。
そんな経緯もあって、戴冠式での新王や王妃の衣装の相談を受けていた。城へ出掛けて行ったのも、最終チェックを何度もしているためだ。
こんなふうに多くの人が出入りするところへ、誰かが魔物を呼び寄せたら。
当然、混乱をきたす。
魔物にすれば、獲物がたくさんいる場所へ呼び出されれば、喜んで大暴れするだろう。
人が一番多く集まるのは、他国の来賓も訪れる戴冠式当日だ。
しかし、何かしらの理由があって、その前にさっさと王子または王家を片付けてしまおう、という魂胆かも知れない。
何にしろ魔物は、もしくは魔物を呼び出した誰かは、ソルフォードが狙いなのではないか。
そして、その余波はすでに街や……恐らく国全体にまで及んでいる。
そう考えていくと、ソルフォードの声がまるで助けを求めるように聞こえてきたことにも、納得できるのだ。
「メリアーティスは、王子の声を聞かれたのですか? 国を隔てていたのに?」
話を聞いたドーアンが、驚いて聞き返す。
「うん。だから、急いで帰って来たの。そうしたら、こんな状態でしょ」
あの時、ソルフォードは何と言っていたのだろう。寝起きだったし、途切れ途切れでよくわからなかった。
はっきり聞こえたのは、自分の名前と「頼む」という言葉だけだ。
「なぁ、メリアーティス。その王子ってのは、魔法使いなのか? 国を隔てて声を飛ばすなんて、普通じゃできないことだろう」
メリアーティスも不思議とは感じたが、実際に聞こえたのだ。
「魔法使いじゃないわ。確かに普通じゃないけど……人間、いざとなれば色々とできるのよ。ソルフォードにとってのそれが、このことだったんだわ」
「いざとなれば……ったってなぁ。火事場の馬鹿力とは、訳が違うんだぜ」
「霊感や魔力に近い何かを、王子はお持ちなのかも知れませんね。同じように、メリアーティスにもその声を受け取るだけの力があった、ということが考えられます。同調したのでしょうね」
「俺にはそういうのはよくわからんが……。何にしろ、あのうっとうしい連中は、王子に関係大ありだろうってことだな」
こうなったら、キャプロックの城へ行くしかない。
ソルフォードも、そしてメリアーティスの両親も城にいるはずだ。そこへ行けば、今度こそ何かわかるかも知れない。
事情を知らない人間が震えている場所にいたって、何の解決にもならないのだ。
「お嬢様、外はどこに魔物がいるかわかりません。どれだけの数かも不明ですし、今はお出掛けにはならない方が……」
「だからって、いつまでここにいるつもりなの。ラツィオもさっき、言ってたでしょ。一生ここにいるって訳にはいかないのよ。とにかく今は、行動あるのみだわ」
心配するのはわかる。不安に思うのも当然。できるものなら、嵐が過ぎるのを待っていたい、というのがみんなの本音だろう。
気持ちはわかるが、何かが起きるのを待ってはいられない。このまま引きこもっていても、助けが来る保証はないのだ。危険でも、動かなければ。
「メリアーティスは前向きと言うか、行動力のある方ですねぇ」
他人事のように言ってから、ドーアンはその中に自分も含まれていることに気付いた。
ここで一人、のんびり留守番をしている訳にはいかない。背中にあるこの剣を王子に渡す、という大役があるのだから。
準備ができたらすぐに出掛けよう、という話がまとまった時。
女性の悲鳴が、廊下から聞こえてきた。使用人の誰かだ。
「何だっ? 今の悲鳴は」
「魔物が屋敷内へ入って来たのかも知れません」
「だとしたら、まずいわ。行きましょ。じいはそこにいて」
「は、はい」
メリアーティスは剣を掴むと、扉を蹴破るようにして部屋の外へ飛び出した。
☆☆☆
メリアーティス達が声のした方へ駆け付けると、女性が二人、腰を抜かして廊下に座り込んでいた。やはり、この家の使用人だ。
真っ青な顔をした二人の視線は、窓へと向けられている。
透明なガラスが入った窓の外を見ると、戻って来るまでに何度も見た魔物が何匹か宙を舞っていた。
彼女達は、それらを見て悲鳴を上げたのだ。
「こんな所にまで来やがったか。ったく、しつこい奴らだぜ」
「あれは……何かに群がっているのではありませんか?」
ドーアンに言われてよく見ると、魔物達は屋敷の人間を狙っているのではなく、白っぽい鳥のようなものを攻撃しているようだ。
白っぽいと言っても、攻撃を受けて傷だらけらしく、その羽のあちこちを赤く染めている。逃げようとしている鳥を、魔物達がここまで追い掛けて来たのだろう。
「あれは……セラップだわ」
「メリアーティスの鳥か?」
「ソルフォードとあたしの鳥よ」
言いながら、メリアーティスはすでに窓を開いて外へと飛び出していた。外へ続く扉まで行ってから出るなんて、まどろっこしい。
その行動の素早さに驚き、ラツィオは一瞬出遅れたが、同じように外へ出る。
その際、ドーアンに「屋敷の中へ魔物が入って来ないように見張れ」と言い置いて。
言われたドーアンは、窓を閉めては二人が中へ入れなくなるので、その窓に結界を張った。これなら、人間は出入りできても魔物は入れない。
屋敷の中で待機しているが、いつでも加勢できるように状況を見守る。
「やっぱりセラップね。こらーっ、やめなさい、お前達!」
魔物の影で見え隠れしていたので、屋敷の中からでははっきりしなかったが、そばで見れば間違いない。
魔物に襲われているのは、いつもソルフォードのそばにいるセラップだ。
新しい獲物の出現を見て魔物は喜んだようで、もうふらふらになっている鳥は放っておいてメリアーティス達へ襲いかかった。
だが、その行為は大間違いで、すぐに少女と大男の人間二人に消滅させられるはめになる。
大した時間もかからず、辺りはまた静けさを取り戻した。
「セラップ……セラップ、しっかりして。すぐに手当てをしてあげるからね」
メリアーティスは地面に落ちて意識を失っている鳥に声をかけて抱き上げ、再び窓から屋敷へ戻ろうとした。
だが、なぜかメリアーティスの身体が何もない窓枠に弾かれる。
「え……これ、どうなってるの?」
その様子に、ドーアンがすぐに気付いた。
「メリアーティス、もしかしてその鳥は……魔物なんですか?」
ついさっき、開かれた窓にドーアンが結界を張った。だから、魔物は中へ入れなくなっている。
メリアーティスは人間だから入れるはずなのに、入れない。ということは、どこかに魔物がくっついている、としか考えられなかった。
そして、彼女は屋敷から出た時とは違い、鳥を抱いている。人間の赤ん坊にも近い大きさの鳥を。
「そうよ。白魔鳥っていう魔物……魔物って程すごいものじゃないけど。ドーアン、何をしたのか知らないけど、入れるようにして。早く手当てをしなきゃ。ひどい傷なのよ」
状況の理解に苦しんだ魔法使いだが、その鳥以外に魔物らしきものはいない。
メリアーティスがわかっていて屋敷へ入れるのなら問題はないだろう、とドーアンは結界を解いた。
すぐにさっきの部屋へ戻ると、メリアーティスはオージェイズにお湯と薬の用意をするように頼む。
「メリアーティス、さっき王子と自分の鳥だって言ってたが……そいつが魔物って本当なのか?」





