04.ドーアン
「今の……誰かが魔物に襲われているんじゃないかしら。あたし達みたいに」
「やれやれ、もう少し普通に進ませてくれよ。一体、何匹いやがるんだ。目的地まで時間がかかって仕方ないぜ」
ため息をつきながらも、ラツィオは悲鳴が聞こえた方へと走り出した。
魔物が共食いしているなら勝手にしてくれ、となるが、人間がそこにいるのなら話は別だ。助けが必要かどうかはともかく、放ってはおけない。
メリアーティスも、彼の後をついて走る。悲鳴が発生している地点は、すぐに見付かった。
やはり人間を囲んで、多数の魔物がたむろしている。魔物の中心にいるのは、細身の若い男だ。
肩よりやや長めで、少しくせのある明るい赤毛。何か細長いものを背負っているようだが、よく見えない。
その男に魔物が襲いかかり、魔物はなぜか剣を手にしていない男に弾き飛ばされていた。
だが、最初の時のメリアーティスと同様、多勢に無勢だ。肩が荒く上下しているのを見れば、かなり長い時間格闘を続けていたのだろう。
「まずいな。弱ってきたことに気付いて、数が増えてきてやがる。このままだと、俺達が入ってもちょっと面倒になるぞ。短時間で終わらせないと」
ラツィオが言っているそばから、新手の魔物がどこからか飛んで来た。際限なく現れる魔物に人間が疲れ、戦う体力を使い果たす時を狙っているのだ。
襲い掛かるのは、短気な者。うまくいけば、一番に餌にありつける。
頭のいい者は仲間がやられるのを見過ごし、獲物が勝手に倒れてくれるのを待っているのだ。
ラツィオが言うように、ここでさっさと決着をつけなければいけない。魔物に姿を見られた自分達も、手間取っていては赤毛の男と同じ運命をたどることになる。
今いる魔物をさっさと蹴散らし、新手が来る前にここを離れなければ。
「行くぞ、メリアーティス」
「いいわよ」
二人して走り出し、まずは男の周りにいる魔物を斬りまくった。
魔物の悲鳴が一気に増え、何が起きたのかわからない赤毛の男はぎょっとした表情になる。だが、助太刀が現れたらしい、とすぐに悟った。
味方が増えれば、気分も変わる。男の顔に、少しだけ余裕が生まれたように見えた。
「地面の方をお願いします。私は空の方を片付けますから」
最初は何のことかよくわからなかったが、地面に降りて人間を囲んでいる魔物の方が多いので、メリアーティスとラツィオはそちらに剣を向けた。
一方、赤毛の男は何か独り言をつぶやいているようだったが、突然空に白い光が走る。その光に当たった魔物は、次々と消滅していった。
まるで、小さな竜が魔物の身体を貫いていったようだ。
やがて、状況不利と悟ったのか、遠巻きに見ていた魔物達はどこかへと消えて行った。魔物でも、命は惜しいらしい。
「あれだけたくさんいると、大変ね。低級であっても、あなどれないわ」
「ねずみのような小動物や虫でも、数で来られるときついからな」
「数って、思った以上に凶器になるのね。……あの、あなた、大丈夫?」
座り込んで地面に手を付き、激しく肩で息をしている男にメリアーティスが声をかける。
「は……はい……」
どうにか返事はするものの、それ以上の言葉が出て来ない。
ラツィオが持っていた水筒を差し出し、男はその水を飲んでようやく落ち着いてきた。
「ありがとうございました。一時はどうなるかと……」
安堵と疲れからか、長いため息が出る。
「気にするな。俺達もさっきから似たような状況だったから、お互い様だ」
「ねぇ、あなたが背負ってる物って……剣じゃないの? そんな立派なのを持っていて、どうしてそれを使わなかったのよ」
駆け付けた時はよく見えなかったが、こうして近付けば間違いなくわかる。
男が背中に持っていたのは、布にくるまれた剣だったのだ。ラツィオの持つ剣に、勝るとも劣らない。
だが、魔物に囲まれていた時、彼がこの剣を使っている様子はなかった。
「この剣は、私の物ではありませんので」
「だけど、あんな状況なら、使っても持ち主が怒るとは思えないけど」
命に関わる事態だったのだ。自分の身を守ろうとして使っても、メリアーティスが言うように、持ち主が怒ることはないだろう。
どれだけ由緒正しい剣だとしても、あの状況で使ったことを叱責するような人は世間から「人でなし」と呼ばれても、文句は言えないはず。
「いえ、こんな立派すぎる剣は、私には扱えませんから」
「でも……。あ、そっか。あなた、魔法使いなのね?」
さっき空に現れたあの光は、魔法だ。彼が「空の方を片付ける」と言って現れた光なのだから、彼が出した光、ということになる。
「はい、私は魔法使いです。一気に大量の魔物を消そうとすると、それだけ呪文も長くなってしまいます。その間に襲われかねないのでもたもたしていると、あんな状況になってしまって……。本当にありがとうございました」
魔法使いは礼儀正しく、頭を下げた。……座ったままだと、土下座されているように見える。
「礼なんかいい。なぁ、あんたはこの国の魔法使いなのか?」
「いえ、私は隣国ダーリエの者です。この国へは、つい今しがた到着したばかりで」
「あー……そっかぁ」
残念ながら、これでは彼からも事情は聞けそうにない。
魔法使いは、ドーアンと名乗った。見たところ、二十歳前後。ラツィオより少し年下、といったところか。
ラツィオはしっかりした体格だが、ドーアンは対照的にひょろりとした体格だ。生真面目そうな顔をしている。
そのドーアンは、ダーリエからヴァイツェンへ入ったはいいが、街の異様な状況に戸惑っているうちに、気付けばあの魔物達に囲まれたのだと言う。
話を聞いていると、メリアーティスと同じような状況だったようだ。
「ったく……魔法使いが難儀するくらい、魔物が徘徊してるのか。どうなってるんだ」
「あの、どなたもこの状況のいきさつをご存じないのでしょうか」
「残念ながら、まるっきりわからん。あんた、この国へ来てどこへ行くつもりだったんだ? 悪いことは言わない。今のうちに、この国から逃げた方がよさそうだぜ」
「いえ、私はキャプロックの城へ参らねばなりません。この剣を、急いでソルフォード王子にお渡しせねば」
思いかけない名前が出て、メリアーティスは首をかしげる。
「ソルフォードに? どうしてダーリエの魔法使いが、彼に剣なんて渡すの。あ、ちょっと待ってよ。その剣って、もしかしていつもソルフォードが持っていたものじゃない?」
剣がくるまれているのは、鞘の部分。柄の部分は見えていて、さっきから何となく見覚えがある気はしていた。
だが、剣がソルフォードの手から離れていたなんて、メリアーティスは知らない。まさかという気持ちがあったし、似たような剣なのだろう、と思っていた。
しかし、よく見れば、やはり王子が持っていた剣だ。
ソルフォードは、幼い時からこの剣をずっと持っていた。いや、持たされていた、と言うべきか。
今でこそ、成長した身体に見合っているが、幼い時は身長に不釣り合いなその剣に振り回されているような状態だったのを、メリアーティスは覚えている。
いつも自分のそばにあるように、と言われていたらしいが、その理由はソルフォード本人もわからないらしい。
柄と鞘に赤い石がはめこまれた物だが、いつだったかソルフォードに「この石はただの貴石ではないんだよ」と聞いた記憶がある。確か「守光石」とか何とか。
いや、今はそんなことはともかく。
「どうしてダーリエ国民のあなたが、ソルフォードの剣を持ってるのよ」
「あの……それは……」
ドーアンが言い渋る。さらにメリアーティスが追及しようとしたが、それをラツィオが止めた。
「メリアーティス、今は道端で込み入った話はやめた方がいいぜ。さっきの奴らが、仲間を増やしてまた来ないとも限らないぞ」
今はここが「平和な国」とはとても言えない。ひとまず、魔物の目が届かない所へ行かなければ。
「そうね。早く家に向かわないと。ドーアン、あなたも来て」
「え……」





