03.ラツィオ
ラツィオが生まれたエリンは、頻繁に政府の頂点が変わる国だった。
変わる時はいつも戦いが起こり、常に周囲の誰かが傷付く。ラツィオも、幼い時から自分の身を守るのに必死な毎日を送っていた。
両親の顔は知らない。ラツィオの面倒を見てくれたのは、父の友人だという男だった。もっとも、それが本当かはわからない。
どこで出会い、どんなことがあって友情を深めたかなど、一切話してくれなかったからだ。
案外、彼自身が父親だったのでは、と後で思うようになった。
剣を教えてくれたのはその男からだったが、恐らく剣士などではない。見よう見まねでそれらしく見えた、剣の扱いがうまい素人だろう。
命を守るためには、丸腰ではいられないから。
その彼は、ラツィオが十五になる少し前、誰かに斬られて亡くなった。
当時の国を牛耳っていた大臣側と、反対派が内乱を起こしていて、それに巻き込まれたらしい。
彼は亡くなる直前、ラツィオにこの国を出るように言う。ここでは、お前の未来をつぶされてしまうから、と。
ラツィオは彼を手厚く葬ってから、言われたように国を出た。
たまたま足を向けたティックの国で、引退した剣士フォルドレンと出会う。
その人に鍛えられ、元々才能があったらしいラツィオは、師匠もうなる程に成長した。
しかし、彼らの前に魔性が現れ、フォルドレンは命を落とし、ラツィオも瀕死になる。
一命は取り留めたものの、師匠を失ったラツィオ。新天地を求めて、多くの土地を回った。
十日程前のこと。
ある街の通りを歩いていると、辻占い師が突然ラツィオの腕を掴み「お前は自分の力を、誰かのために使った方がいい」と言ってきた。
その目で己の主を選び、そこでお前の持てる力をふるえ、と。
ラツィオは占いなど頼んだ覚えもないのにそんなことをいきなり言われ、困惑した。だいたい、占いなど信じる方ではない。
そこまで言うなら、どの辺りへ行け、くらいまで教えてくれ、などと思ったが、信じない占いの言葉はずっと頭を回っていた。
ただ放浪するだけでは、駄目だ。もっと先を見据えて行動しなければ。
そう考えた末、現在地から一番近くて大きな国のヴァイツェンへ来たのだ。
きっかけはともかく、仕官するならやはり大きな国の方がいい。やるからには少しでも上に行きたい、という出世欲もそれなりにあるし、大きな国ならたくさんの可能性があるだろう、と考えたからだ。
「つまり、あなたは就職先を求めて、ヴァイツェンへ来たって訳ね」
「まぁ、そういうことだ。メリアーティスは、この国の人間か?」
「ええ。生まれてからずっと、ここに住んでるわ」
「それじゃあ聞くが、この国はどうなってるんだ? ここへ来たら、あっちこっちでさっきみたいな奴らがうろうろしてやがる。魔物を斬ったのは、今が初めてじゃないんだぜ」
どうなっている、と聞かれても、メリアーティスにだってさっぱりだ。
「ごめん。あたしもさっき戻って来たばかりで、事情がわからないの。今朝までダーリエにいたから。でも、普段はこんなじゃないわよ」
「そりゃそうだろ。こうだと知ってたら、俺だって来やしないさ」
魔物がうようよいるような国になど、誰だって好き好んで来たくはない。
「少なくとも、二日前はこんなじゃなかったわ。あたしはソルフォードの……あ、この国の王子なんだけど、彼の声を聞いた気がして急いで戻って来たの。そうしたら、この有様よ。で、誰かに事情を聞きたいんだけど、無理みたい」
「どこかの扉を叩いても、たぶん怯えて出てくれないだろうな。へたしたら、魔物に間違われちまう。……まいった。いきなりつまづいちまうなんてな」
せっかくやる気になってここまで来たのに、ずいぶんな落とし穴だ。
「とにかくあたし、家に戻るわ。ラツィオも来ない?」
「メリアーティスの家に、か?」
「このまま国を出るつもりなら、止めないけど。でも、状況が何もわからないまま、出て行ける?」
「ずいぶんと嬉しそうに言うじゃないか。ちぇっ。すっかり気持ちを読まれちまったな。いやなお嬢ちゃんだぜ、まったく」
ラツィオは軽く肩をすくめる。
そして二人は、メリアーティスの家がある方へと歩き始めた。
☆☆☆
家へ向かうまでにも、さっきと似たりよったりの魔物が現れ、二人で排除しながら進んで行く。
街の中だと言うのに、うっとうしいこと、この上ない。死体が残らないのが、せめてもの救いだろう。
「おかしいわね。世の中に魔物がいるのは知ってるけど、どうしていきなり、しかもこんなに大量発生したのかしら。それもヴァイツェンだけみたいだし」
ダーリエには、こんな魔物の姿はなかった。戻って来る道中も。メリアーティスが魔物を見たのは、この国へ入ってからだ。
「大量発生って、虫や何かじゃないんだぜ。考えられるとすれば、魔物を惹き付ける何かが、この国にあるってことだ。俺達の前に現れる奴は低級のようだし、その何かのおこぼれにあずかろうって腹なんだろう。行き掛けの駄賃で、人間を襲ってるんじゃないか」
「魔物を惹き付ける何か? でも、そんなものがあれば、もっと前から魔物は現れていたはずよね。あたしがヴァイツェンを出てダーリエへ行ったのは一昨日で、その時は何もなかった。帰ったのが今日だから、ここ二日のうちにその何かが現れたってことになるわ」
「おい、あまり真剣に悩むなよ。俺はちょっとした可能性を口にしただけだぜ」
「うん、わかってるわ。でも、この二日で街がこんなふうになったのは、間違いないでしょ」
メリアーティスがこの国を出てすぐか、昨日からこうなったのか。
どちらにしろ、魔物が現れたのはここ二日の間、ということ。魔物を呼び寄せてしまうなど、一体どんなことがあったのだろう。
メリアーティスの記憶に、思い当たるものは出て来なかった。
もっとも、メリアーティスだってこの国全体をいつも把握している訳ではないから、知らない所で何かが起きた可能性はいくらでもある。
「ところで、メリアーティスはどこでその剣術を習ったんだ? いい腕してるじゃないか」
「そう? ふふ、ありがと。ソルフォードと一緒に、お城で習ったの」
「ソルフォードとって……確かさっき、王子だって言わなかったか?」
「言ったわよ。あ、あたしは王女でも何でもないからね。あたしが勝手にお城へ入り込んで、彼と一緒に遊んでたの。押し掛け幼なじみ、とでも言うのかしら」
父が近衛騎士隊長をしていて、自分も同じように城へ行っていたのだ、と話す。で、気が合ったソルフォードと同じように勉強し、同じように剣などの稽古をしていたのだ。
「本来ならすぐにつまみ出されそうなものだけど、王様や王妃様が心の広い人で、あたしの自由にさせてくれたの」
こんな場合、王子の相手をするのは男の子の役目になるのだろうが、メリアーティスなら負けていない、と思われた部分があるのかも知れない。
「以前は、力も技もソルフォードと同じくらいだったんだけど、彼の方が最近めきめき腕を上げてきたのよね。技はともかく、やっぱり筋力の違いかしら。まぁ、あたしは別に騎士になるつもりじゃないからいいんだけど、やっぱりちょっと悔しいな」
一つだけとは言っても、年上には違いない。成長するにしたがって、男女の筋力差も出て来るから、かなわなくなってきても仕方がない部分はある。
でも、それはそれ。同じように稽古してきたのだから、差が広がってくると悔しい。
「あ、そうだ。ラツィオは、この国で仕官するつもりなんでしょ。もしよければ、この件が落ち着いたら父様に話をつけてあげましょうか? ラツィオの腕はさっき見て保証できるし、あたしも自信を持って紹介できるもの」
「それはありがたいが……いいよ。こういうことは、やっぱり自分でやらないとな」
「そっか……。うん、そうよね。ふふ、ラツィオって男じゃない」
「こら、年上をからかうな」
そんなことを話しながら歩く二人の耳に、空気を引き裂くような悲鳴が飛び込んできた。
最初は人間が襲われたのかと思ったが、今の悲鳴は魔物のものだ。これまで二人が魔物を倒した時に聞いたものと、その声がよく似ていた。





