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SAINT SOUL ~聖なる魂の王子は渡さないっ~  作者: 碧衣 奈美


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02.街に現れた魔物

 滑舌が悪くて下品そのもの、という声が聞こえて、メリアーティスは振り返った。チンピラが相手でも、何か話を聞けるかも知れない、と思ったのだ。

 しかし、振り返った途端、メリアーティスの緑の目が大きく見開かれた。

「え……」

 そこにいるのは、どう見ても人間ではなかったのだ。

 土気色をした身体に、同じ色の翼。頼りない骨組みに、干からびた皮が張られたような翼だ。手足は骨だけのように細く、やたら下腹が出ている。

 頭はいびつな骸骨のようで、目の奥が赤くぎらぎらと光っていた。わずかに抜け残ったかのような細く黒い髪が揺れ、その姿をますます不気味にしている。

 そんな異形が、何匹もいるのだ。

 魔物の気配を恐れた馬が落ち着かなげな様子になるが、囲まれているので逃げることもできない。

 これは……魔物? でも、どうして街の中に……それに、今は昼間なのに。こんな明るい時間じゃない。

 あまりの展開に、メリアーティスは呆然となる。恐ろしいと言うより、なぜこんな所に、という疑問の方が強かったのだ。

 そのおかげでパニックにはならずに済んだが、魔物にとってそんなことは関係ない。獲物を発見した猟師の気分だ。

「おやおや。街の人間どもが震える様を見物に来たら、堂々と歩く奴を見付けるとはね」

 何匹かいる魔物の後ろから、人間に近い姿の若い女が現れた。

 暗い銀の長い髪に、ルビーのような赤い瞳。くちびるも赤く、艶っぽい。

 美人と言える容姿だが、彼女も人間ではない。頭の両端に、二本の短い角があったのだ。

 それに何より、その表情が薄気味悪い。どこか爬虫類を思わせた。

「いい度胸じゃないか。女にしておくのはもったいないね。おや、腰に剣を提げてるということは、騎士様かい? ふぅん、ますます面白いね」

「お前達、何者なの」

「見てわからないかい? あたしは魔性だよ。まさか、あたしやこいつらが人間に見える、なんて言うんじゃないだろうね」

 女の言葉に、周囲にいた魔物達が声を上げて嗤う。まともに聞いても、答える気などなさそうだ。

 とにかく、彼らの出現でメリアーティスは悟った。

 街に人々の姿がないのは、この連中がいるから。扉を閉めるだけでどこまで対処できるかはともかく、魔物が家に入って来ないようにしているのだ。

 メリアーティスのように外を出歩いていれば、こうやって絡まれる。その後で喰われるか、殺されるか。

 だから、誰も通りを歩かない。街がこんなに静かなのは、魔物が現れたからだ。

「この国で何をしている」

「何をしている? 魔性や魔物が人間の街をうろつきゃ、やることはだいたい決まってるもんじゃないのかい? それとも……お前さんの身体に教えてやらなきゃ、わからないのかねぇ」

 魔物の中には、さっきからメリアーティスを見て舌なめずりしている者もいる。今にもよだれを垂らさんばかりの表情だ。しかし、動く気配はない。

 どうやら、この女は魔物達のリーダーで、彼女がいいと言うまで動けないのだろう。彼女の一言で、一斉にメリアーティスへ飛び掛かってくるはず。

 女との会話の間にも、その数が増えつつあった。

「お前達、遊び相手が現れたようだよ。たっぷり楽しみな」

 その言葉に、せっかちな魔物の一匹がメリアーティスに襲い掛かる。

 その身体を、メリアーティスは素早く抜いた剣で真っ二つに斬った。斬られた魔物は、灰色の煙を出して消えてしまう。

「冗談じゃないわよ。こっちだって、そう簡単に楽しませてあげるつもりはないわ。あたしに手を出したことを、後悔させてあげる」

 ソルフォードと一緒に剣の稽古をし、それなりに腕を磨いてきた。こんな連中に負けてはいられない。

「ふん、生意気な。どう後悔させてくれるのか、見せてもらおうじゃないか」

 女があごでしゃくり、他の魔物達が次々とメリアーティスへ襲い掛かった。

 馬から降りるタイミングを逃したが、そのまま魔物を片っ端から斬ってゆく。斬られた魔物は灰色の煙になって、次々と姿を消していった。

 最初はどうにか相手をしていたメリアーティスだが、やはり多勢に無勢だ。

 しかも、相手はあんな翼であっても、空を飛べる。真下以外の方向からなら、どこからでも攻撃できるのだ。

 そうなると、どうしたってメリアーティスの方が不利になる。いくら剣の腕がよくても、十六の少女。筋力にも限界がある。

「きゃっ」

 やがて、一匹の魔物がメリアーティスの服に爪を引っ掛け、メリアーティスは馬から落とされた。落ちた衝撃で、剣が手から離れてしまう。

 女がそれを見て、にたりと嗤った。やはり、その顔は爬虫類を思わせる。

「おやぁ、偉そうなことを言ったわりには、ずいぶん早い終結だねぇ。後悔させてくれるんじゃなかったのかい?」

 のどの奥で嗤う女。悔しいが、剣を落としてしまったのは最悪の失敗だった。落馬しても、剣さえあれば切り抜けられたのに。

 一番近くにいた魔物が、爪を光らせてメリアーティスへ襲いかかる。

 常に短剣も持っておくべきだった。まさかこんなことが起きるなんて。

 今となっては、何を考えてももう遅い。メリアーティスは強く目を閉じた。

 だが、いつまで経っても、身体に爪が食い込む様子はない。

 あれ……?

 そっと目を開けると、自分に襲いかかろうとしていた魔物が口を開けたまま止まっている。見ていると、そのまま煙になって消えてしまった。

「え……」

 メリアーティスが呆然としていると、魔物達の目がメリアーティスから外れた。

「まったく……さっきから見てくれの悪い奴ばっかり、人間の街をうろつきやがって。目障りだ」

 いつの間に来たのか、そこにはかなり背が高く、がっしりした体格の若い男が立っていた。二十代半ばくらい、だろうか。

 明るいプラチナブロンドの短い髪に、晴れた空のような青い瞳。その目が、周りにいる魔物を睨み付ける。睨まれた方は、その気迫に押されて一歩下がった。

 彼の右手にはメリアーティスが持つより数段立派な剣があり、その刃が彼女を救ってくれたらしい。

 剣士のようだが、メリアーティスは彼に見覚えがないので、城の人間ではないだろう。

「おい。この辺りでうろついてるのは、お前の手下か。ここは人間の領域だ。集合かけて、とっとと自分の巣へ帰れ」

「人間ごときが生意気なっ。しゃしゃり出て来るんじゃないよ」

 女の言葉で、気後れしていた魔物達が一斉にその男へと襲い掛かった。

 だが、男が剣を一振りすると、あっけない程に全ての魔物が煙になってしまう。

 それを見ると、さっきまでメリアーティスが苦労していたのが嘘のようだ。これは技術力の差か、腕力の差か。

 何にしろ、魔物は一掃された。後は、女が残るのみ。

「お前も煙になりたいか。お望みなら、やってやるぜ」

「くっ……。ふん、偉そうにしていられるのも、今のうちさ。命が惜しければ、お前の方がさっさとここから出て行くんだね。もっとも……どこへ逃げても同じかも知れないけどさ」

 明らかに負け惜しみのセリフだが、何か不気味なものを感じる。

 甲高い声で嗤いながら、女は風を起こしてその中に姿を消した。後には何も残らない。

「弱い犬程、よく吠えるってな。……大丈夫か?」

 男が手を差し出し、メリアーティスは遠慮なくその手に掴まって立ち上がった。

「ありがとう。助かったわ。あなた、すごく強いのね。たった一振りで、何匹の魔物を煙にした?」

「さぁな。いちいち数えてられないから。相手があんなじゃ、数える気にもなれないが」

 メリアーティスが座っていたから高いと思ったが、立ち上がってこうして見ても、やはり背の高い男だ。

 魔物を睨んでいた時は鋭い光を放っていた瞳は、今は穏やかな色になっていた。

「とにかく、助かったわ。あたしはメリアーティス」

「ラツィオだ」

 改めて握手する。

「ラツィオって、相当な腕ね。あれだけのことができる人、あたしが知ってる中で、一体何人いるかしら。あなたは剣士なの? どこの国の人?」

「生まれはエリンだが、ずっと放浪してるからな。どこの国の人間、と言われると答えに困るんだが……」

 これまでずっと剣の修業をしながら、あちこちの国を回っていた、と言う。

「で、今回はヴァイツェンへ足を向けたってこと?」

「ああ」

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