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SAINT SOUL ~聖なる魂の王子は渡さないっ~  作者: 碧衣 奈美


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01.異変

 ……? 誰か、あたしを呼んだ?


 ……メリ……メリア……ス……


 メリアーティスは自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がして、目を覚ました。

 いつもとは違うベッドの感触に、自分がどこにいるのかと記憶をたどる。

 あ、そっか。ここはあたしの部屋じゃなかったんだ。

 自分のいる場所を思い出したが、すぐには起き上がらない。

 どこに何があるか、目を閉じていてもわかる自分の部屋ではないのだ。慣れない場所で行動する時は、注意しすぎることはない。

 もし不審者がいて、起き上がった途端に襲われることを危惧し、メリアーティスはベッドの中で目だけを動かして周囲を見る。

 少しずつ、目が慣れてきた。しかし、暗い部屋の中に、自分以外の人影は見えない。物音一つ、しなかった。静かなものだ。

 メリアーティスは、ゆっくりと身体を起こした。

 気のせい……だろうか。今のはとてもよく知る人の声だったが、眠っていた時に聞こえてきたので「絶対そうだ」とは言えない。

 それに、この場にはいない人なのだ。その声の主は、ここからずっと離れた場所にいるはずだから。

 そばにいるはずはないし、そうなるとその人の声が聞こえるはずもない。

 不思議に思っていると、途切れがちな声がまた耳に入ってくる。いや、これは頭に直接響いているようだ。


 メリ……アー……ス……ぼくの……だ……を……して……頼む……


 メリアーティスは、空耳かと思った。そうでなければ、まだ夢を見ているのだと思った。

 今はまだ、夜明け前。身体もそろそろ起きる準備を始める時間帯で、頭も半分起きて半分寝ている状態だ。

 そういう時には、よく夢を見る。どこかで、そんな話を聞いたことがある。だから……きっと夢なのだろう。

 でも、夢で片付けるには、胸騒ぎのようなものを感じた。何がどうだ、と説明はできない。

 とにかく、心のどこかで何かが「現実に」起きたように感じたのだ。第六感、というものだろうか。

「今の声、ソルフォード……よね? 何かあったのかしら……ううん、あったんだわ」

 根拠も何もない。だが、本能のようなもので「間違いない」と感じた。

 メリアーティスはベッドを出ると、急いで着替える。眠気は空の彼方へと、すっかり消えてしまっていた。

 現在、メリアーティスがいるのは、彼女のいとこオルディアの家だ。

 今から帰る、と言うだけで彼女や家人を叩き起こすのも申し訳ないので、とりあえず簡単な手紙を走り書きした。

 その手紙を持って、オルディアの部屋の前まで来ると、扉の下にはさむ。

 ごめんね、こんな形で帰っちゃって。

 扉の前で一礼してから、メリアーティスは静かに、だが素早く馬に乗っていとこ宅を後にした。

☆☆☆

 光沢のある黒い毛並みの馬はメリアーティスを乗せて、ヴァイツェン国へ向かって駆けていた。早朝の少し冷たい風が、少女の真っ直ぐな黒髪をなびかせる。

 メリアーティスは今まで、ヴァイツェンの隣国であるダーリエにいた。

 ダーリエには、二つ上で仲のいいいとこオルディアがいるのだが、彼女が足を骨折したと聞き、一昨日からお見舞いに駆け付けていたのだ。

 だが、実際に会ってみると、オルディアはただねんざをしただけだった。どこで話の中身がこんな重傷になってしまったのか……はともかく。

 久々に会えたので、夜遅くまで二人しておしゃべりに花を咲かせていた。

 メリアーティスは次の日に帰るつもりだったのだが「久しぶりに会えたのだし、もう一日くらいいたら」と言われ、その言葉に甘えることに。

 周囲からおてんばだ、はねっ返りだと言われるメリアーティスも、おしゃべりが好きなところはやはり普通の女の子である。

 たっぷりしゃべり、疲れてぐっすり眠っていたのだが、今朝になって、不思議な声を聞いた。

 いや、声は聞き覚えがあるのだから、現象が不思議、と言うべきか。

 メリアーティスが聞いた声は、間違いなくヴァイツェンの王子であるソルフォードのものだったのだ。

 彼はヴァイツェンにあるキャプロックの城にいるはずなのだから、隣国にいるメリアーティスに彼の声が届くはずがない。

 それなのに聞こえた、ということは。しかも途切れがちで「頼む」という言葉まであった、ということは、彼の身に何か起きたとしか思えなかった。

 声が聞こえたのは夜明け前という時間だったが、もうゆっくりと寝ている気にはなれない。

 だから、メリアーティスはこうして馬を走らせているのだ。

 こんなに胸がどきどきするのは、馬を走らせているからだけではない。あの声が何度も頭の中で繰り返され、不安が増殖して胸が苦しい。

 メリアーティスは、ヴァイツェンの近衛騎士隊長バンフェルデ・ルクスソーヴァの娘だ。

 両親としては、娘にはレディとしての立ち居振る舞いをしっかりとマスターしてもらいたかったのだが……。結果的には「騎士にでもなるつもりか」と問いたくなるようなことばかりを覚えてしまった。

 乗馬はともかくとして、剣や弓などを習い、同じ年頃の少年相手ならそう簡単には負けないくらいの実力の持ち主になって。

 良くも悪くも、非常に元気がいい。彼女の場合、よすぎる、と言うべきか。

 そんなメリアーティスは、幼い頃からキャプロックの城へよく出入りをしていた。

 父が城へ行くのだから、子どもの自分だって行ってもいいはず、という子どもの勝手な理屈だ。

 父には「こっそりついて来るんじゃない」と叱られたりもしたのだが、そんなことを気にするメリアーティスではない。

 その城には、自分より一つ上の王子ソルフォードがいた。メリアーティスは「城へ行く」と言うよりは、友達の家へ遊びに行っている感覚でいたのだ。

 王子と歳が近く「近衛騎士の娘」だと身元もしっかりしていたため、王はメリアーティスが城へ出入りすることを許してくれていた。

 そんな訳で。メリアーティスと王子のソルフォードは、いわゆる「幼なじみ」の関係なのだ。

 レディとしての教育を真面目に受けていたなら、こんな状況はまずありえなかっただろう。

 今では、お互いの気持ちを伝えてはいないが、ほとんど恋人のような関係だ。また剣を交えるなど、ライバルのような仲でもある。

 そんな彼女だからこそ、ソルフォードの声が聞こえたのかも知れない。普通なら聞くはずのない声を。

 ソルフォード……どうか無事でいて……。

 夜明け前にダーリエを出発したメリアーティスは、昼前にヴァイツェンへ入った。

 ヴァイツェンは近隣国と比べても、非常に豊かな国だ。

 国の東には海を臨み、貿易が盛んで商業が発展し、南には肥沃な大地が広がり、穏やかな天候に恵まれて作物がよく育つ。

 西の山からは金が産出され、金細工が盛んだ。北は昔から腕のいい職人が多く、ヴァイツェンの織物と言えば高級品揃いだ。

 そんな恵まれた国なのだから、当然人口も多い。

 それなのに。

 メリアーティスが見たのは、がらんとした人通りのない街だった。空は明るいのに、まるで真夜中のように人気がない。

 ここは城を中心とした、賑やかで華やかな場所。多くの人達が行き交う光景は、幼い頃から見慣れている。

 それなのに……この静けさは何だろう。

 メリアーティスは生まれて初めて、人のいない街を見た。

 家や店はどこもぴっちりと扉を閉め、晴れているのに雨戸までが閉められている。外からではわからないが、きっと中からしっかりと鍵がかけられているのだろう。

「何なの、これ。もしかして、戦争でも始まるのかしら」

 メリアーティスは、そんなことをひとりごちた。何か言わないと、この静かすぎる街の空気に押しつぶされそうな気がしたのだ。

 昼間の街が静かというだけで、なんて異様な雰囲気になるのだろう。恐怖すら覚える。

 この状態は、ソルフォードの声を聞いたことと何か関係しているのだろうか。

 とにかく、こんな状況はいただけない。何があったのか、誰かに事情を聞かなくては。

 周囲に気を配りながら、メリアーティスは馬に乗ったまま進んだ。その方が視線が高くなって、遠くまで見渡せる。

 だが、人影のようなものはまるでない。近くはもちろん、遠くの方にも。

 このまま街をうろつくより、家に戻って父や母に聞いた方が早いかも知れない。

 そう考えた時。

「おおっ、人間が歩いてるぜ」

「しかも、女だ。ついてるな」

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