34.戴冠式
「やれやれ、ようやく終わったな。しっかし、一日がこんなに長く感じたのは初めてだぜ」
二人が無事なところを見届け、ラツィオとドーアンが安堵のため息をついた。一番いい形で、事件は終結したのだ。
「まったくです。それにしても……みんな、ぼろぼろですね」
ラツィオもドーアンも、それにセラップもあちこち傷だらけだ。
ソルフォードの服は創魂珠の水のせいでよれよれになっているし、メリアーティスはソルフォードの力で傷は治癒されていたが、服はぼろぼろになっている。
「や、やだ、あたしっ……」
「わわっ。メリアーティス、何をなさいますっ」
メリアーティスの服は、主に腹から胸にかけてが焦がされ、穴が開いていた。へたすれば胸が見えそうになるまで、かなり大きく破れている。
そのことに気付いたメリアーティスは、赤くなりながら慌ててセラップを抱き締めて隠した。
メリアーティスが騒ぐのを見て気を利かしたのか、ラツィオがドーアンをうながした。
「さてと。化け物は片付いたし、影の洞窟って所に入れられてる人間を出してやりに行くか。ドーアン、あんたの伯父さんってのがそこにいるんだろ。行こうぜ。歩けるか?」
「ええ、どうにか」
攻撃のための魔力を温存する必要は、もうない。
ドーアンは残った魔力で、自分とラツィオの大きな傷を治癒魔法で治した。細かい傷は、後でゆっくり手当すればいい。
「みなさん、ケガがなければいいのですが」
「あっても、俺達みたいなことはないだろ。……今、何時だ? さっき、気軽に長い一日だった、なんて言ったが、今日って日はまだ終わりそうにないな」
「そうですね。でも、朝日が顔を出す時間になるのは、あっという間だと思いますよ」
話しながら、二人は謁見の間を出て行った。
「もうっ、あのブラウエルって奴、本当にヤな奴!」
頬を赤くしながら、メリアーティスが怒る。ソルフォードはそんな彼女を見て、くすくす笑った。
「メ、メリアーティス……お願いですから……締め付けないでください……」
「え? ああっ、ごめんね、セラップ。大丈夫?」
苦しそうにセラップに訴えられ、メリアーティスは慌てて力を抜いた。
「そのままだと、セラップが大変そうだ。どこかで服を調達しないとね。その後、ぼく達も影の洞窟へ行こう。母上やメリアーティスのご両親も、そこで待っているはずだよ」
「……うんっ」
ソルフォードの差し延べる手に掴まりながら、メリアーティスは元気よく返事した。
☆☆☆
一週間後に迫っていた、ソルフォードの戴冠式。
式まではかなりばたばたしていたが、キャプロックの城も街もそんなに被害がなく済んだ。
街や城の中で、ゲラーニエが雷撃を放ったためにあちこちが焦げたり、壊れたりしたが、その程度で終わっている。
魔物は山のように現れたが、ブラウエルが「人間を殺すな」と命令したことが幸いしたらしい。
ブラウエルにしてみれば、魔物の姿を見て震え上がる人間の恐怖心を得るため、という自分本位な理由だった。
しかし、その命令があったことで、魔物達は人間を襲うために建物を襲撃することができないでいた。余計なことをして命令に背くことをすれば、自分が消されてしまうから。
結果として、街が破壊されたり、汚されたりすることがほとんどなかったのだ。
何がどう転ぶか、わからないものである。
城や街の傷んだ箇所は速やかに修復され、予定通りに式は無事に執り行われた。
これでソルフォードは、ヴァイツェン国の新しい王となったのである。
そばには、剣士ラツィオと魔法使いドーアンの姿もある。
彼らは正式に、この国で新しい王に仕えることになったのだ。
王子を救うために行動した彼らの功績と実力は周知の事実で、ソルフォード自らが自分の元へ来てくれるように強く求めたのである。
もちろん、二人にそれを断る理由はない。
ラツィオは、メリアーティスの父バンフェルデが近衛隊長を務める隊に入ることが決まった。将来はバンフェルデの後任として、ラツィオが隊長になる日が来るだろう。
ドーアンはまだしばらくマルゴーに教えを請うことになるが、この先マルゴーが現役を引退すれば、彼は晴れて王家直属の魔法使いとなる。
その日は、各国から多くの来賓が訪れ、新王への挨拶が際限なく続いた。
それにもようやく終わりが見え、その後には盛大なパーティが催される。楽しいお祭り騒ぎだ。
「メリアーティス、おいで」
「え……ソ、ソルフォード?」
延々と続いた形式的な挨拶からようやく解放されたソルフォードは、パーティ会場となる大広間でメリアーティスの姿を見付けた。
そして彼女を掴まえると、驚くメリアーティスを連れて広間を抜け出したのだ。
「ああして見てると、あの二人もまだまだ子どもだよなぁ」
「我々だって分別のある大人、とは言えないでしょう?」
「違いない。若造だよな、俺達」
二人の後ろ姿をラツィオとドーアンはしっかり見付けていたが、野暮なことはするまい、と見なかったフリをしていた。
「ちょっと、ソルフォード。抜け出したりしていいの? これはあなたが主役の催しでしょ」
「構わないよ。どうしてもって時は、セラップが呼びに来てくれるはずだから。今までさんざん長い挨拶を聞かされたんだ、息抜きだって必要だよ」
広間を抜け出した二人は、ソルフォードの部屋へ向かった。
「本当は、中庭あたりへ行きたかったんだけれど。今日は城のあちこちに、人がたくさんいるからね。やっぱり、自分の部屋にいるのが一番落ち着くよ」
戴冠式の後に開かれるパーティは、身分を問わず参加できることになっていた。いわゆる、無礼講という奴だ。
ソルフォードがキャプロックの城を開放することを提言し、普段は城へ来ることのない庶民も大勢訪れている。
「王子様も大変ね。……あ、もう王様なのか。何だか不思議な感じだわ」
ソルフォードがいつか王になることは、ずっと前からわかっていた。でも、こうして実際になってみても、何がどう変わったということはない。
まだ肩書きが「王子」から「王」になったばかりだから、そう思うだけだろうか。
「やっぱり偉くなった分、ソルフォードも忙しくなるのよね」
「うん、そうだね」
もうきっと、今までのようにはいかない。
友達の家のようにひょっこり顔を出して、おしゃべりして帰る。
一緒に剣の稽古をし、馬に乗って遠出する。
これからは、そんな気楽で楽しい日常は来ない。
彼には、やるべきことが山のようにあるのだ。それを邪魔する訳にはいかない。
これまでは、ソルフォードがこちらに合わせてくれていた。勉強や剣の稽古以外で、自由な時間もそれなりにあった。
でも、王になれば。
近衛隊長とは言え、一介の兵の娘と目線を同じにすることは難しくなる。今まではよくても、これからは周囲も許してはくれないだろう。身分をわきまえよ、と。
王は国の頂点だ。それを独り占めにはできない。してはいけない。
来慣れたソルフォードの自室。部屋の空気さえも彼と同じ雰囲気を持っていて、とても落ち着いて過ごせた。
この部屋に……あと何回、足を運べるのだろう。もしかしたら、今日が最後かも知れない。
「メリアーティス、こっちへおいで。月や星がすごくきれいだよ」
ソルフォードがバルコニーへ出て、空を仰ぐ。晴れた夜空に満月が浮かび、月から離れた所で明るい星がまたたいているのが見えた。
呼ばれて、メリアーティスもソルフォードのそばへ行く。
月は一つ。星は無数。
月はソルフォードで、自分は無数に存在する星の一つ。
ふとそんなことを考え、メリアーティスはひどく切なくなってきた。
夜の中で、ソルフォードはとても輝いて見える。空の満月よりも、明るく見える気すらした。
彼は聖精を持つ。いや、そんなものがなくても、王となったことで威厳が出て、これからますます輝く存在になるのだろう。
「メリアーティスもきれいだ。翡翠色のドレス、よく似合ってるよ」
突然、ソルフォードにそんなことを言われ、メリアーティスの頬が赤く染まる。
「そ、そう? ありがと。こんな格好ってあまり……って言うか、ほとんどしないから、自分ではすっごく照れ臭いのよね」
メリアーティスは、恥ずかしさを笑ってごまかした。





