33.力の一部
ブラウエルと戦っていた時に持っていた剣は、今の身体では重く感じてしまい、投げたところで届かない。
でも、その短剣なら、投げられる。たとえ刺さらなくても、ブラウエルの気をそらすことができれば。
そんな必死な思いで投げたメリアーティスの短剣を、ブラウエルは左手を背中に回すと、ためらうことなく刃を握って引き抜いた。
「ふん。こんなかわいい短剣で、俺を殺せると本気で思ったのか? その身体でふいうちしてきたのには驚いたが、この程度では消されん。俺はお前が思う程、弱くはないぞ。残念だったな」
メリアーティスに向き直り、にたりと嗤うブラウエル。剣の切っ先をメリアーティスへ向ける。
自分が今されたのと、同じことをするつもりだ。恐らく、心臓を狙って。
剣を持てない今のメリアーティスはほぼ丸腰で、しかも傷のためにほとんど動けない。逃げることはまず無理だ。
だが、メリアーティスはひるむことなく、ブラウエルを睨む。
「ソルフォード、今のうちよ。早くその手を斬ってっ」
底の見えかけた力を振り絞ってメリアーティスが叫び、同時に肉の斬れる音がしてソルフォードの身体が床に落ちる。
メリアーティスの剣を抜くために、ブラウエルの左手はソルフォードから離れた。ソルフォードの「剣を持つ手」を掴んでいた方の手だ。
つまり、ソルフォードは剣をふるえる状態になったのである。
首を絞める力もわずかに弱まり、意識が多少もうろうとなりながらも、メリアーティスの声でソルフォードはブラウエルの右腕を斬り落としたのだ。
ブラウエルは、怒鳴るような悲鳴を上げた。
さっきは自分で自分の腕をためらうことなく斬り落とし、平気な顔をしていたはず。
だが、王子の持つ剣で斬られたとなると、さすがに無事では済まないらしい。新しい腕が再生する様子も……なかった。
一方、ブラウエルの手から離れ、床に落ちたソルフォードは咳き込みながらも剣を握り直し、立ち上がる。
ぽたぽたと音をたてて落ちるブラウエルのどす黒い血を見て、打撃を与えられたことを知った。
床に落ちた血は床に当たると、すぐに蒸発する。魔物と同じように、消滅しているのだ。
「お前には……」
声がかすれる。のどがつぶされるかと思ったくらい、強く締められていたせいだ。
「お前に力は与えない。絶対に与えない。覚悟しろよ、これで決めてやる」
「抜かせ、たかが人間の若造が……」
ソルフォードとブラウエルが睨み合い、火花が散る。
「たかが人間の力、思い知れ」
アンゲルンの剣が、そしてソルフォード自身が青白い光を帯びる。
途端に周囲がざわめき、すぐに悲鳴へと変わった。ブラウエルが呼び出した魔物達がその光に怯え、果てには見ただけで消滅してゆくのだ。
メリアーティスに襲いかかろうとしていた魔物も、ラツィオが斬り付けてもなかなか消滅しない魔物も、次々と灰色の煙になってゆく。
王子に近い位置にいた魔物はあっという間に消え、遠く離れていた魔物も逃げようとしたが消されてしまった。
あとには塵一つ、血痕一つとして残らない。
ソルフォードが床を蹴った。ブラウエルは持っていたメリアーティスの短剣でソルフォードの剣を受け止めようとするが、すぐに弾き飛ばされた。
丸腰状態になり、残った左手で何か仕掛けようと力をためかける。
だが、その前にソルフォードの光る剣が、魔性の身体に飲み込まれた。
「ぐっ……」
「これで最後だ」
アンゲルンの剣が、ブラウエルの身体の中で光る。
「馬鹿な……人間にこの俺が……」
その光に、ブラウエルの身体が悲鳴とともに弾け飛ぶ。
爆発したように飛び散ったブラウエルの肉片は、そのままそれぞれが黒い煙を上げて消えた。
「すげぇ……あの魔性をやっちまった」
ブラウエルの最期を見届けたラツィオが、呆然とつぶやく。
「あれが、王子の力って奴か」
「まだほんの一部ですよ。この先、もっと大きな力に育つはずです」
痛む額の傷を押さえながら、ドーアンが言う。
説明しながらも、魔法使いは王子の力に畏敬の念を抱いていた。
これが一部だとすれば、あとどれだけの、そしてどんな力を彼は持っているのだろう。
ドーアンだって、聖精の全てを知っている訳ではないし、予想すらできない。
そもそも、千年に一度しか現れない、と言われているのだから、簡単にお目にかかれるものではないのだ。
「王子! メリアーティスがっ」
セラップの叫びに、荒い息をしながらブラウエルがいた場所を睨んでいたソルフォードは、我に返って振り返った。
急いでメリアーティスのそばへ駆け寄る。
「メリアーティス……メリアーティス!」
青白い顔のメリアーティスは、ほとんど息をしていなかった。
腹部には、ひどい出血がみられる。さっきブラウエルに剣を投げ付ける際、無理に起き上がったことで傷が開いたのだろう。
「メリアーティス、お願いです。目を開けて、わたくしの名を呼んでください」
風を送って意識を取り戻すのをうながすように、セラップはメリアーティスの顔の近くで羽ばたく。だが、メリアーティスのまぶたは動かない。
「メリアーティス……」
ソルフォードはそっと、メリアーティスの身体を抱き起こした。
完全に力を失った腕が、だらりと下がる。指先すら動かない。青ざめた顔。乱れた長い黒髪。腕や足には、大小の傷が無数について。
本当に……ぼくのために命をかけてくれたんだね、メリアーティス。こんなになるまで戦って。怖かっただろう。このままきみを逝かせたりしないよ。今度はぼくの番だ。
メリアーティスの色をなくしたくちびるに、ソルフォードは自分のくちびるをそっと重ねる。
「お、おい。どうなってんだ……」
ソルフォードがメリアーティスにくちづけた途端、二人の身体が金色に輝き出した。
そのまぶしさにラツィオとドーアンが思わず目を細めたが、その光は穏やかで暖かい春の日の太陽を思わせた。全てを包んで命を育む、優しい光だ。
「ああ、傷口が……」
そばで見ていたセラップが、声を上げる。
メリアーティスの身体についていた、ブラウエルの力の跡。光の玉を受けて黒く焦げてただれていた部分が、消えていくのだ。
出血は完全に止まり、血が流れた跡さえわからなくなった。みるみるうちに、傷口がなくなってゆく。
やがて、焦がされて穴があいてしまった服の下から、傷のない白い素肌が見えるようになった。メリアーティスの身体は、今の光によって完治したのだ。
やがて光がおさまり、ソルフォードはくちびるを離した。その後、メリアーティスがゆっくり目を開く。
「ソルフォード……?」
目の前に、苦しくなる程に愛しい顔がある。
今までのように元気な顔が。お互いの見慣れた顔が。
「きみのおかげで助かったよ、メリアーティス。ありがとう」
メリアーティスが手を伸ばし、確かめるようにしてソルフォードの顔に触れた。
触れられる、温かな肌。こちらを見詰める、深い青の瞳。名前を紡ぐくちびる。
創魂珠から出た時とは違う、メリアーティスがこれまで一緒に過ごしてきて見慣れたソルフォードの優しい顔だ。
「ソルフォード、元気になったの? もう、身体は大丈夫なの? 本当に……本当に?」
「うん。メリアーティスが来てくれたからね」
言いながら、ソルフォードはメリアーティスを強く抱きしめた。
「ねぇ、このソルフォードは本物よね。剣の力でできた、いつわりの身体じゃないわよね」
創魂珠から出た。ブラウエルやローズが狙っていた。
そんな場面を見ているはずだが、メリアーティスは聞かずにはいられない。
思い返してみれば、アンゲルンの剣の力で得た一時的な肉体は、冷たくはなかったが温かくもなかった。触れられる、というだけで。
「いいや、違うよ。いつもメリアーティスが見ていた、本当のぼく自身だ」
その言葉に、メリアーティスもソルフォードの身体を抱きしめた。
確かに、温もりと一緒に鼓動が伝わってくる。そこにいるのは紛れもない、ソルフォードだ。
メリアーティスの目に、涙が浮かぶ。
「生きてる……生きてるのね、ソルフォード」
「うん、ちゃんと生きてるよ。ぼくも……きみも」
抱きしめ合う二人に、セラップがそっと寄り添う。それに気付いた二人は、セラップを挟んでまた抱きしめ合った。





