32.反撃
あたしもソルフォードが好き
かすれた声で、メリアーティスはソルフォードにそう告げた。
魂を引き戻され、消える寸前にソルフォードが口にしたものと、同じ言葉だ。
あの時は、こんな状況でなんて言葉を口にするんだろう、と怒った。これではまるで遺言のようではないか、と。
ちゃんと目を見るなり、身体を抱き締めるなりして言ってほしい。これが最期の言葉になるかも知れないと思えて、絶対に許せなかった。
でも、今は。
自分が敵の攻撃に倒れてしまい、あの時のソルフォードの気持ちがわかるような気がする。
二度と起き上がれないかも知れない、というこんな状況になってしまった「今」だからこそ。
今、言っておかないと、ずっと言えなくなりそうで。
身体が苦しかったが、そのことを言えない方がもっと苦しい。
何も言えないで死んでしまうのは、怖かった。死ぬことよりも、自分の気持ちをちゃんと告げられないまま逝ってしまうことの方が、ずっと恐ろしいのだ。
この気持ちで、相手を縛ろうという気はない。ただ、ちゃんと知っていてほしいだけ。
「うん、わかってるよ。メリアーティス……今は休んでおいで。すぐに治してあげるよ。……セラップ、絶対に魔物をメリアーティスに近付けるんじゃない。いいね」
「は、はいっ」
セラップは返事をしながら、急いでメリアーティスの横に立った。
それから、初めて王子に「命令された」と悟る。
穏やかな口調ではあったが「魔物を近付けるな」という命令。
セラップは、ソルフォードの中で何かが変わり始めていることを感じ取った。
そっとメリアーティスの身体を床に横たえ、ソルフォードは剣を持ち直す。そうしてゆっくり上げた顔は、ブラウエルがソルフォードと初めて会った時より鋭いものになっていた。
立ち上がりながら、怒りの視線をブラウエルに向ける。
ソルフォードは自分の身体の中で、何かが脈打っているのを感じていた。心臓とは別の、もっと違う何かが。それが、身体を熱くしていた。
創魂珠の水で濡れていた身体はその熱さのために、もうすっかり乾いてしまっている。
「ブラウエル、ぼくはお前を許さない。大切な人達を傷付けたお前を、絶対に」
ソルフォードの睨みを、ブラウエルは一笑に付した。
「お前も、その小娘と同じような言葉を吐くのだな。言葉だけなら、いくらでも出せる。許さないと言うのなら、行動で示してみろ。その小娘のように、口だけで終わらんようにな」
「今、見せてやるっ」
ソルフォードが駆け出し、ブラウエルに打ちかかった。さっきまでぼんやりしていたのが嘘のように、素早い動きだ。
ブラウエルは王子の剣を受け止めたが、その力に耐え切れず、剣は根元から音をたてて折れてしまう。
「な、何っ」
それを見たブラウエルは、驚愕の表情になる。
この剣は人間に折られる程、やわな物ではない。自分の魔力で出した剣なのだから。
それを、やすやすと折られてしまった。さっきまで創魂珠に封じられていたはずの、人間の若者に。
すぐにソルフォードは次の太刀を向けたが、ブラウエルは素早くその場を飛び退いた。
わずかに距離をおいた所で、さっきメリアーティスへ向けたのと同じ光の玉をソルフォードへ向ける。
だが、光は剣を正眼に構えるソルフォードの前で、あっけなく砕け散ってしまった。王子の持つ剣の結界が、ブラウエルの力を霧散させたのだ。
かすかに湯気のような煙が出るだけで、ソルフォードは無傷だった。
「なるほど。いい剣だ。それが王子を守るための剣、か。だが、持ち手の力がなければ、魔の剣も錆びた剣と変わらぬ。全てはお前の腕次第」
ブラウエルは、その両手に二本の剣を出した。その剣を矢継ぎ早にソルフォードへ打ち付けた。
あまりの速さに受け止めるのが精一杯で、ソルフォードは攻撃に転じることができない。
「見えるぞ、王子。お前の魂が、以前にも増して輝き出しているのを。その聖精、この俺が取り込んでやる。人間にそのような力、不相応だ」
勢いに負け、ソルフォードの身体は後ろへ倒された。だが、すぐに転じて起き上がる。
あれだけ早く、何度も打ち付けていたにも関わらず、やはりブラウエルは全く息が乱れていない。受けていたソルフォードの方が、ずっと荒い息をしていた。
その手にアンゲルンの剣があるとは言うものの、やはりまだ完全に回復しきってはいないのだ。
二日間も創魂珠に封じられ、痛みを与えられた。そのため、体力もかなり消耗している。
これまで半分眠っていた身体を、無理に動かしているようなものなのだ。
「観念するのだな、王子。俺は魔性、お前は聖精を持つとは言え、ただの人間。味方は自分のことで手一杯だ。お前に勝ち目など、ない」
ソルフォードの現状に、ブラウエルはにたりと嗤う。
メリアーティスは動けず、セラップはメリアーティスに手を出そうとする魔物を片っ端からその爪やくちばしで攻撃していた。時折、その翼から羽をダーツのように投げては相手をひるませている。
ラツィオはまだまともに立ち上がれないドーアンを守りながら剣をふるうが、彼自身もすでに傷付いて息を切らしていた。
ブラウエルの言うように、確かに味方は助けに来られない。
「味方は来られないかも知れないが、ぼくはまだ負けてはいない。お前のような魔性に負けるもんか。ぼくは戦える。勝ち負けを決めるのは、お前なんかじゃない。このぼくだっ」
「元気だけはいいな。若いということはいい。だが」
ブラウエルが右手を差し出す。
またさっきと同じ光の玉で攻撃されるかと思いきや、そこから銀色の太い蛇が威嚇の音を出しながら、ソルフォードへ向かって牙をむいた。
喉笛を狙ってくる蛇の頭を、ソルフォードは一気に斬り落とす。斬られた頭は、すぐに煙となって消えた。
だが、次に伸びてきたのは蛇ではなく、ブラウエルの右腕だった。
十歩は離れているはずの魔性の腕が、異様な長さに伸びてソルフォードの喉を掴んで締め付ける。
さらに左手までが伸び、ソルフォードの剣を持つ手を掴んだ。ソルフォードの剣が、ブラウエルの腕を斬り落とせないようにするためだ。
「……ぐっ……」
足が床から離れる。ブラウエルの握力と自分の体重が喉にかかり、息ができない。ブラウエルの腕を掴んでも、まるで動かなかった。
「もうすぐ楽になる。おとなしく創魂珠に取り込まれていれば、こんな苦しい思いをしなくて済んだものを。安心しろ、王子。お前は、俺の中で生きる。魂もその身体も、髪一本すら残さず取り込んでやるからな。お前の力は全て、この俺の力になる」
ラツィオもドーアンも、王子の窮地には気付いているが、その場を動けない。
今までなら一太刀で消えた魔物も、今度は余程うまく急所に当たらないとなかなか消えないのだ。
数が多い上にそんな状態で、王子を助けるどころか自分達の方もかなり追い詰められていた。
「我に力を与えよ。この世界を、魔界を統べる力をこの手に」
声高々に叫ぶブラウエル。勝ちを確信し、高らかな笑い声までが響く。
が、突然くぐもった声が、その口からもれた。直後、ソルフォードの首を絞める力が弱まる。
「この……小娘がぁ……」
ブラウエルが、ゆっくりとメリアーティスの方を振り返る。
「早く……ソルフォードから……その……手を……離……せ……」
ブラウエルの背には、剣が深々と突き刺さっていた。メリアーティスが、短剣を投げ付けたのだ。
ソルフォードが危機におちいっているのに、自分は立ち上がれない。今こそ彼を助けなければならないのに、彼のそばへ駆け寄って救うことができない。
あたしはここへ何をしに来たの? ソルフォードを助けるためじゃなかったの?
悔しく思ったメリアーティスは、わずかに残っていた力で身体を起こし、こちらに背を向けていたブラウエルへ短剣を投げた。
それが、見事なまでに突き刺さったのだ。
昼間、アルカの手下の魔物に馬から落とされた時、剣を落とした。予備の短剣を持っていれば、と反省し、家を出る時に持って出ていたのだ。
その反省が、今まさに生きた。





