31.残る強敵
騒ぐローズにわざとらしく謝るドーアンだが、もちろん意図的にやったこと。
さっき、ゲラーニエを貫いた岩を溶かし、泥状にしたものをローズへ飛ばしたのだ。
何度も自分を「美しい」と連発する魔性。自分の美に圧倒的な自信があるのだ。
それなら、ただ攻撃するよりも、汚してやればパニック状態になるのでは、と読んだのである。
パニックにはならなくても、その汚れに気を取られて一瞬でも動きが止まるはず。うまくいけば、汚れを取るためにこの場から一時的に撤退するかも知れない。
正攻法の攻撃魔法でいくより、こちらの方が効果的だ、と。
案の定、ローズは金切り声を上げた。
「何よ、何よ、何なのよっ。こんな汚物、付けることないでしょっ」
自分の髪に付いた汚れを取りたいが、自分の手ではやりたくない。でも、この状態が続くのは耐えられない。
水魔法などで落とせばいいのだろうが、そこまで気が回らないようだ。
もし、衣装にも汚れが付いていたら。せっかくの勝負服にケチが付いたことになる。ピンクの衣装の次にお気に入りで、一張羅だったのに。
髪の汚れと衣装に意識が向き、ソルフォードからも、ブラウエルからも、ラツィオからも目が離れた。
その瞬間を、ラツィオは見逃さない。ドーアンが作ってくれたチャンスだ。
「隙ありっ」
「え……」
自分の髪の汚れを見て取り乱していたローズに、ラツィオが容赦なく斬り付けた。
「四年半前のお礼と、師匠の仇だっ。受け取れ!」
ラツィオの剣が、ローズの頭から真下へと一気に走った。
二つに分かれた身体から黒い煙が出て、ローズは悲鳴を上げることもなく消滅する。
宙を舞っていた扇子がゆっくりと落ち、床に触れる前に消えた。
☆☆☆
「後は……ブラウエルだけか……」
ラツィオが激しく息を切らしながら、ブラウエルを睨む。
ローズの扇子と風の刃のために、出血がひどい。このままブラウエルへ向かって行って、どこまで相手になれるか怪しいもの。
だが、ソルフォードはまだ、身体が動く状態とは言い切れない。アンゲルンの剣を持つことで、徐々に復活してきているとは言うものの、完全ではなかった。
逃げるなり立ち向かうなりができるようになるまでは、ラツィオとドーアンでこの魔性を止めていなければならないのだ。
「まったく……うっとうしいことをしてくれおって」
ローズの毒針のせいで右腕を押さえていたブラウエルは、持っていた剣を左腕に持ち替える。
そして、ためらうことなく、自分の右腕の肘から先を斬り落とした。
ごとりと鈍い音がして、腕が床に落ちる。見ていたメリアーティスは、思わず息を飲んだ。落ちた腕は、黒い煙を上げて消える。
「あんな毒針にやられるとは、俺としたことが油断した」
そう言っている間に、ブラウエルの右腕の切り口がふくれ始め、そこから何か飛び出す。
次の瞬間には、新しい腕が伸びていた。さっきまでのものと、寸分変わらない。
何なの、あれ。魔性ってみんな、あんな感じで回復してるの?
メリアーティスは、見ているだけで気分が悪くなった。
「あとわずかというところで……。だが、どうやら邪魔はいなくなったようだな。これからゆっくり、お前を頭から喰ってやる。そこを動くな」
ブラウエルが一歩、ソルフォードのいる方へと動いた。
ドーアンはそれを見て、ゲラーニエにかけた時と同じように、ブラウエルを麻痺状態にしてその動きを止めようとする。
「こざかしいっ。死に損ないは、そこでおとなしくしていろ」
足が止まったのは、一瞬。ゲラーニエより魔力の強いブラウエルは、ドーアンのかけた魔法を弾き返した。
「うわぁっ」
魔法を返されたドーアンは、その勢いで壁まで飛ばされる。したたかに背面を打ち付け、反動で床に倒れた。
メリアーティスやラツィオが魔法使いの名を呼び、その声でどうにか起き上がったドーアンだったが、額が切れたらしく、血が床にしたたる。
頭を打ったのか、めまいを起こしているようで、立ち上がろうとしてもふらふらしてまた倒れる。
「お前達の相手は、こいつらがしてくれる。それで十分だろう」
ブラウエルが手を一振りすると、これまで相手にしてきたものより手強そうな魔物が無数に現れた。体付きがずっとしっかりしている。
変わらないのは、人間の目から見て醜い、ということだけ。
血のにおいで、魔物は剣士と魔法使いの方へと群がる。
「くそっ」
ラツィオは倒れているドーアンの所へ、急いで駆け寄った。意識はかろうじてあるものの、こんな状態では魔法使いはとても戦えない。
せっかく、ドーアンが城にいた魔物を一掃してくれたってのに。まだこんなに呼び寄せられるのかよ。
ラツィオは自分と、そして魔法使いに襲い掛かる魔物を斬り付けた。
だが、これまでのようにはいかない。さすがに、手強かった。ブラウエルが召喚した魔物だからか、これまでの戦いが響いているせいか。
しかし、考えている余裕はない。とにかく、剣を振るだけだ。
ブラウエルはもう剣士や魔法使いには目もくれず、今度こそソルフォードのいる方へと近付いて来る。
メリアーティスはそんな魔性からソルフォードを守るようにして、その前に立ちはだかった。
「近寄るな! ソルフォードには、指一本触れさせないわっ」
「メリアーティス、危険ですっ」
「あたしが守らないで、誰がソルフォードを守るのよ」
セラップの声にそう応え、メリアーティスは剣を構え直すとブラウエルに斬りかかってゆく。
だが、簡単に相手の剣に弾かれた。それでも、メリアーティスは何度も打ち付ける。
少しでも、ほんのわずかでも、時間をかせがなくてはならない。
アンゲルンの剣を持ったおかげで、どうにか動けるようにはなってきたソルフォードだが、素早く動けるようになるまでには時間がかかりそうだ。
ブラウエルの召喚で現れた魔物は、ソルフォードの方へもちょっかいを出していた。
ブラウエルが喰うつもりでいるから、その魔物達に喰われることはないだろう。だが、弱らせる目的で傷付けるつもりかも知れない。
今はセラップがかろうじて魔の手を防いでいるが、セラップも無傷ではないので限界がある。
ソルフォードが魔物に襲われても自力で排除できるようになるまで、どうにかして時間をかせがなくては。
メリアーティスとブラウエルの剣が当たるたびに、火花が散った。
次第に息が切れてきたメリアーティスだが、相手は顔色一つ変わらないままで軽く受け止める。逆に、こちらが打ち込まれると、その重さに腕がしびれた。腕力がまるで違う。
アルカの剣も重かったが、ブラウエルはそれ以上だ。体格の差もあるからだろう。
麻痺しそうになる手で、メリアーティスは懸命に相手の攻撃をこらえた。ここで剣を落とす訳にはいかないのだ。
自分がこんな相手に勝てるなんて、思っていない。だからと言って、簡単に負ける訳にはいかなかった。
ソルフォードが戦えるようになるまでは。
「もういい。遊びは終わりだ」
ブラウエルが重い剣でメリアーティスを打ち、その重さに耐えかねてメリアーティスの体勢が崩れた。
「……目障りだ、小娘。消えろっ」
ブラウエルが、右手を差し出す。その手から黒い光が出たかと思うと、メリアーティスを直撃した。
「きゃああっ」
逃げる間もなかった。
ドーアンがされたように壁まで飛ばされ、跳ね返るようにしてメリアーティスは床へ仰向けに倒れる。
その腹部には、黒い焦げ跡が残っていた。焼かれた服の下に、ただれた皮膚が見える。
ただ飛ばされただけではない。炎のように高温の光の玉を当てられ、大きなダメージを与えられたのだ。
「メリアーティス!」
ソルフォードが動きの悪い身体を動かし、飛ばされたメリアーティスの元へ走った。
セラップもそばへ行き、メリアーティスに声をかけるが返事はない。かすかにうめくだけ。
「メリアーティス……メリアーティス、目を開けてくれ。お願いだ、メリアーティス」
今度は、ソルフォードがメリアーティスを抱き起こした。苦しそうに顔をしかめながら、メリアーティスは目を開く。
「……たしも……ソル……が……すき……」





