30.ローズの弱点
ローズが、ソルフォードの方へと走り出した。ピンヒールの音が響く。
そばにメリアーティスがいるが、ローズにとってそんなことは問題ではない。あんな小娘など、いてもいなくても構わなかった。セラップなど、見てもいない。
今の王子は、普通の人間と同じ状態だ。肉体があり、その中に魂が入っている。しかも、まだ覚醒しきれていない状態。魂を抜くのには、最高の状態だ。
「させるかっ。こうなったら、その肉もろとも俺が王子を取り込む」
残った方法は、それだけだ。
もう、純粋な魔力の素は得られない。計画より少なくなるものの、それでも王子の全てを己の血肉にすれば、十分な魔力の向上につながる。
走るローズの両足に、ブラウエルが水の鎖を巻き付けた。ローズは足の動きを封じられ、転倒する。
「ちょっとぉっ、ブラウエル! 何てことするのよ。もう少しで、あたくしの完璧に整った鼻を打っちゃうところだったじゃないのっ。もっと優雅で美しいやり方ができないの、あんたってば」
どこかズレている文句を言いながら、ローズは自分を追い越そうとするブラウエルへ毒針を放つ。
「お前はそこで寝ていろ」
ブラウエルは剣で毒針を弾くが、昼間のように余裕のある状態ではない。そのせいか、わずかな隙をぬって一本が右手の親指をかすめた。
どこか……ソルフォードをどこかに隠さないと。
メリアーティスは魔性が醜い争いをしている間に、ソルフォードを安全な場所へ移動させようと周囲を見回す。
だが、謁見の間に今あるのは、玉座くらいだ。隠れられる所は見当たらない。この部屋に、安全な場所などなかった。
謁見の間から出られたとしても、魔性がこの城に存在する以上、どこも危険だ。逃げても、すぐに追われてしまう。
ソルフォードは創魂珠の外へ出て意識を取り戻したものの、まだぼんやりとしている。長く封じられていたため、すぐには覚醒しきれないのだ。
「メリアーティス、これを王子に渡せっ」
ラツィオが、剣を床にすべらせた。
ここへ来るまで持っていた、アンゲルンの剣。ソルフォードを守るための剣だ。
「ソルフォード、あなたの剣よ」
メリアーティスはそれを受け取ると、すぐにソルフォードの手に握らせる。すると、創魂珠の水によって冷えていたソルフォードの身体が、熱を帯び始めた。
「頼む、王子。早く目を覚ましてくれっ」
言いながら、ラツィオはブラウエルの出した鎖でまだ立ち上がれないでいるローズに斬り掛かった。
とにかく今は、一つでも王子にせまる危険分子を消さなくてはならない。
「ごめんねぇ、ラツィオ。今はあんたに関わってる時間はないのよ。順番は守ってもらわなきゃ」
転がったまま、ローズは扇子を取り出すと、ラツィオへ放る。
さっき、ブラウエルに放った扇子と同じものだ。不規則な動きで、つかみどころがない。攻撃しようとしても逃げられ、逆に攻撃されてしまう。
こんなものを相手にしている暇は、こちらにだってないのだ。
ラツィオは扇子を無視し、ローズに集中した。
だが、扇子はラツィオの行く手を遮り、顔や腕、足に傷を付けてゆく。ふわふわの羽でできたような扇子に見えるのに、身体に当たると鋭い刃を持つブーメランのようだ。
「おい、ちょっと待てよ。お前の相手は、この俺様だろうが。無視すんな」
さらには、横からゲラーニエがラツィオの行く手を邪魔しようとする。
だが、そのゲラーニエを、さらに邪魔する者がいた。現れたばかりの魔法使いだ。
「そんなに彼ばかり追わなくても。あなたの相手は、私がしてあげますよ」
「けっ、面白ぇ。一人で俺様の相手をしようってのかよ」
「ええ。みんな、手がふさがっているので」
ラツィオに襲い掛かろうとしていたゲラーニエに向けて、ドーアンが火を放つ。
ゲラーニエはすぐにその場を飛び、天井近くまで飛び上がると、自分より大きな剣を出した。
重力を利用しながら、振りかぶった剣で襲いかかろうとする。昼間と同じ攻撃だ。
だが、落ちてくるゲラーニエをのんびり待ちかまえるつもりは、ドーアンにはない。
「同じやり方は、芸がないですね。それに、落下の勢いに頼るのは危険ですよ」
ゲラーニエの雷撃は強力で危険だが、それ以外の攻撃となると代わり映えしない動きばかりだ。
「は? 何をっ……」
ドーアンはゲラーニエから、身体の自由を奪った。麻痺させたのだ。
勢いがある分、無防備な状態。電撃小僧は、剣を振り上げた状態で真っ逆様に落ちるだけだ。
ドーアンはゲラーニエの動きを封じると同時に、魔性が落ちて来る位置に岩の槍を立てた。
ゲラーニエがドーアンの力を振り切り、身体の自由を取り戻して軌道を変えるには、時間も距離も足りない。
「なっ、何だとぉーっ」
ゲラーニエの身体は、大地の力に引かれるまま、真っ直ぐにその刃へ向かって落ちる。
岩の槍が、ゲラーニエの身体を貫いた。その手から剣がすべり、音をたてて床に落ちる。
「昼間もそうでしたが、飛び上がってばかりいるからです。人間をいつも見下しているから、そんな目に遭うんですよ」
「ち……ちくしょお……俺様の……あの錫杖さえありゃ……」
つぶやくゲラーニエの身体が黒い煙になり、岩の槍からゆっくり消えていった。復活してくる気配はない。魔性と一緒に、床に落ちていた剣も消えた。
一発で決まるとは思っていなかったが、ドーアンの出した槍は見事にゲラーニエの急所に刺さっていたらしい。
雷の魔性は、完全に消滅したのだ。
「ゲラーニエッ。あんた……よくもゲラーニエを……」
自分に斬りかかって来るラツィオに扇子を放り、さらには風の刃を放って何とか彼を遠ざける。その間に火の魔法で水を蒸発させ、ようやくブラウエルの鎖を外したローズ。
剣を持って立ち上がり、戦闘態勢に戻った。だが、そうこうしているうちに、ゲラーニエは魔法使いに殺されてしまったのだ。
「いいのかよ、ローズ。よそ見してる暇なんてないぜ」
ローズは相棒を殺したドーアンを睨むが、ラツィオが打ちかかってくるので彼の剣を受ける。
ローズの出した扇子ですでに傷だらけになっていたラツィオだが、構わずにローズだけを狙っていた。
だが、ローズとしては、ラツィオよりソルフォードの方が変わらず優先順位は上なのだ。
もちろん、ラツィオも魂を抜き取るリストにしっかり入ってはいるが、あくまでも聖精の方が先。
「悪いわね、ラツィオ。今はあんたの相手をしている場合じゃないのよ。ブラウエルが止まってる間に、さっさとあの坊やをいただかなきゃね」
ブラウエルはローズの放った毒針で腕がしびれているのか、苦痛の表情を浮かべて動けないでいる。
ブラウエルですらこうなるのだから、ローズの毒針は相当な猛毒らしい。
ローズは自分よりも体格のいいラツィオの剣を弾き返し、ソルフォードのいる方へと再び走る。ピンヒールなのに、動きが速い。
それを足留めするために、ドーアンがローズの進行方向に炎の柱をたてた。
「誰であろうと、王子に危害を加えさせません」
「岩に炎……すごい勢いだわぁ。なかなか修業の成果が現れてるようじゃないの、魔法使い。きっとあんたの魂も、相当に美味でしょうねぇ。……だけど、今は邪魔なのよっ」
ローズが手を一振りしただけで、ドーアンが出した炎は一気に下火になった。
その火の向こうに、ソルフォードとメリアーティス、セラップがいる。獲物はすぐそこだ。
ブラウエルは動けなくなっている。ラツィオもドーアンも、そしてメリアーティスもセラップも自分の敵ではない。もう聖精は手に入ったも同然だ。
勝ちを確信し、そちらへ一歩踏み出そうとしたローズ。
その後ろで、ビチャッという気色の悪い音がした。しかも、いやという程、自分の間近で。何か当たった感触もあったような。
え……何? 何か、投げられた? 攻撃力は全然ないけど、何なの?
ローズが振り返ると、予想していたものよりもっとひどい、茶色いヘドロのようなものが自分の金髪の先にこびりついていた。
しっかりは見えないが、赤い衣装にも付いているかも知れない。
「いやああっ! 何なのよ、これは! 汚らわしいっ」
「ああ、すみません。ちょっと魔法が失敗してしまいました」





