29.忘れられていた存在
「誰に対しても、ああいうしゃべり方しかできないのか、あいつは」
砕けた結界のかけらを肩から払いながら、ラツィオがあきれる。
どうもローズがあの口調でしゃべると、場の緊張感が殺がれるような気がして仕方がない。
しかし、その雰囲気に騙されれば、痛い目に遭う。ふざけたように見えても、攻撃力の高い魔性には違いないのだ。
「ほぉ。たかが服の色で、そこまで自信が持てるか。では、その情熱とやらで、このわたしを倒せるものならやってみるがいい」
ブラウエルが剣を出し、ローズはピンクの扇子を出した。
その扇子を、ブラウエルへ向けてふわりと投げる。扇子はまるで蝶のように、不規則な動きで宙を舞う。
ブラウエルが剣で斬ろうとするとかわし、隙を狙って素早く動いて相手の身体を傷付ける。
「ほほほほほーっ。どう? あたくしの扇子に翻弄される気分は。その扇子は、ただ美しいだけじゃあないのよ」
ローズはさらに剣を出し、自らもブラウエルに斬りかかってゆく。
自分でも言っていたが、確かにさっきとは違うようだ。目の前に最高のごちそうがあるため、か。
「今のうちだわ」
ブラウエルの意識は、ローズへ向けられている。ソルフォードの身体を取り戻すチャンスだ。
メリアーティスはソルフォードのいる方へ、そろそろと動き出した。が、そのメリアーティスの前に、雷が落ちる。
「おいおい、抜け駆けはよくねぇぞ。ローズがあっちの相手をしてる間、お前達の相手はこの俺様がやってやるぜ。さっきの魔法使いはいねぇようだし、簡単に終わるだろうがな」
「終わらせて、たまるか」
言いながらラツィオがメリアーティスの前へ出るが、さすがの彼もどこまでゲラーニエの相手ができるかは自信がない。
さっきは、ドーアンが電撃を防ぐ結界を張ってくれていたから戦えた。だが、今はその魔法使いの存在がここになく、電撃を放たれたら逃げ切れない。
剣で弾き返せるような攻撃ではないし、あんなものをまともに食らったら、恐らく黒焦げだ。
「いくぞ、おらっ」
ゲラーニエが、長い錫杖を振り上げた。
「へへっ。隠れても無駄だぜ」
ゲラーニエがそんなことを言うが、隠れたくても隠れられそうな物が、この謁見の間にはなかった。
錫杖が床を叩き、電撃がメリアーティス達を襲う。
ラツィオは、とにかく真正面から食らわないよう、その場からメリアーティスの手を引いて走る。まず無駄だろう、とは思いながら。
しかし、雷の音が響きはしたが、いつまで経っても電撃は襲ってこない。
「んだとぉっ」
ゲラーニエの電撃は、見えない壁によってはばまれていた。
「遅れて申し訳ありません」
そう言って現れたのは、ブラウエルが「眠らせた」と言っていたはずのドーアンだ。
ブラウエルによってどれだけの時間を眠らされていたか、ドーアンは不安だった。しかし、かろうじて仲間に向けられた攻撃を防げたのだ。
「ちっ、余計な時に出て来やがって。そんなに死にてぇか、魔法使い」
露骨に不愉快そうな顔で、ゲラーニエは現れたドーアンを睨む。
「まさか。私は、それにそこにいるメリアーティスやラツィオも、死ぬ気なんてさらさらありません」
「そっちになくても、こっちにはあるんだよっ」
「ラツィオはわかりませんが、私は老衰による大往生でこの世を去る、というのが理想であり、希望です。恐らく、メリアーティスもそうでしょう」
メリアーティスが「うんうん」と大きくうなずいている。
「ふざけたこと、言ってんじゃねぇっ」
「少なくとも俺は、お前らにだけは殺されたくないな」
ゲラーニエがドーアンに気を取られている隙に、ラツィオがゲラーニエの持つ錫杖を剣で弾き飛ばした。
錫杖がなくてもゲラーニエは攻撃できるが、少なくともさっきみたいな大きな雷は出せなくなるはず。
優位に立った訳ではないものの、これでさっきまでの圧倒的な不利からは脱出できた。
それに「仲間が一人増えた」ということが、メリアーティスとラツィオに心強さを与えてくれる。
「誰かを守るための戦いで死ぬってのも、剣士としては格好がつくだろうけどな。俺だって、それなりに長生きして人生を楽しみたいんだ」
「調子にのりやがって」
黄色い歯で歯ぎしりしながら、ゲラーニエはドーアンを睨む。
「あらあら。あの魔法使いは、あんたが眠らせた、とか言ってなかった? もう、やぁねぇ。あんなに元気よく、おいしい場面で登場してるじゃないの。実はあんたって、大した力はないんじゃないのかい?」
「次から次へと面倒な」
ドーアンの出現に、ブラウエルが舌打ちする。
眠らせるのではなく、さっさと殺しておくべきだった、とわずかに後悔した。
すぐに魔物達が始末するはずだったのに、新手が来るのが遅れたらしい。
どうやってか、あの魔法使いは自力で目を覚ました。自分が術をかけたのだから、そう簡単に目を覚ますはずはないのに。
ここにいる人間は、どれも厄介そうだ。だから、ブラウエルとしてはあの魔法使いから始末したつもりだった。
あの少女と剣士は、ローズが連れて来た魔性が始末してくれるかと思ったが、どうやらこちらもそううまく事が運ばれる、という訳にはいかないらしい。
とにかく、まずはこのうっとうしいローズからだ。さっさと始末してしまわなければ、さらに面倒なことになりかねない。
ブラウエルがそう考えた時。
派手にガラスが割れるような音が、室内に響いた。同時に、水がこぼれるような音も。まるで、大きな水槽が割れたように。
誰もがはっとして、その音がした方を振り返る。
「しまった」
ブラウエルが、最初に言葉を発する。
そこには、割れた創魂珠からソルフォードの身体が床へ転がり出ていた。
☆☆☆
メリアーティスとラツィオはゲラーニエを相手にし、ブラウエルはローズを相手にしていた。
そこへ、来るはずのなかったドーアンが現れる。メリアーティスやラツィオは喜び、ゲラーニエはいまいましく思う。
ローズはブラウエルの力のなさをあざけり、ブラウエルはこの場を一掃するべく力をためようとしていた。
誰もが、ソルフォードから目が離れていたのだ。
そうしていても、問題はなかった……はずだったのに。
ローズの動きはブラウエル自身が見ているし、メリアーティス達は相手にしている魔性の目を盗んでソルフォードに近付く余裕などない。
しかし、この場で唯一、忘れられている存在があった。
誰にも目を付けられていなかったセラップが、ローズ達のおかげで壊された結界をかいくぐり、創魂珠に体当たりしたのである。
ブラウエルが言っていたように、創魂珠は外からの衝撃には弱い。宙に浮いていた創魂珠はセラップが当たった勢いで床に叩き付けられ、いとも簡単に割れてしまったのだ。
「ソルフォード!」
ブラウエルでさえ呆然となる中、メリアーティスが最初にソルフォードのそばへ駆け寄った。創魂珠の中にあった水に触れると、指先がピリピリする。
だが、そんなことも構わず、メリアーティスはソルフォードを抱き起こした。
「ソルフォード……ねぇ、ソルフォード。目を覚まして」
「王子、お身体は無事です。外へ出られたのです。起きてください」
メリアーティスがソルフォードの頬を軽く叩くと、そのまぶたがゆっくりと動き、深い青の瞳が見えた。
「メリアーティス……」
そのくちびるが、メリアーティスの名前を紡ぎ出す。
わずかにかすれているが、確かにソルフォードの声。
生きている。意識がある。目の前にいるのが誰か、ちゃんとわかっている。
その声が全てを物語り、メリアーティスはソルフォードを抱き締めた。
「おやおや。どうやらこれで、珠は壊れちまったようだわねぇ。つまり、あんたの野望って奴も、壊れたってことかしら。残念だったわねぇ、ブラウエル」
いかにも楽しそうに、ローズは嗤う。対照的に、ブラウエルは怒りの感情をあらわにしていた。
あと少しだったのに。もう少しで魂は創魂珠と同化され、自分の力となるはずだった。
それなのに。
ローズが言うように、野望は打ち砕かれてしまった。こんなはずではなかった。何をどこで間違えたのか。
「ふふん、こうなったら、早い者勝ちだわね。いただきよ」





