28.破られた結界
伯父とああいう話をした数ヶ月後くらい、か。
他国の訃報が届く。ヴァイツェンの王が亡くなられ、王子が新しく王になる、と聞いた。
王子はまだ若いのに、肉親を亡くされて気の毒だと思ったが、それはそれ。
新しい王が即位されるなら、じきに伯父の元で修業ができるはず、と喜んだ。
城に仕えるうんぬんはともかく、ドーアンはそのことだけが本当に楽しみだった。
しかし、三日前に呼ばれてマルゴーの元へ行くと、いきなり剣を渡されたのだ。
ソルフォード王子の剣だ、と聞かされた。だが、なぜ王子の剣を、伯父の手から自分に渡されるのかわからない。
「よいか。一日でも、いや一時間でも早くこの剣を魔剣鍛冶師に鍛え直してもらい、持ってくるのだ。大至急だ。それから、このことはくれぐれも他言するな」
伯父の様子が、いつもと違う。普段は穏やかな雰囲気の人なのに、口調も、表情もひどく切羽詰まったような。
マルゴーの様子と渡された剣に、ドーアンは戸惑った。
「魔力のこもった剣ですか? 簡単に鍛えるのは無理なのでは……」
「いや、どうしても急いでもらいたい。この剣は王子を守る剣だが、このところ魔力が落ちているのだ。これでは王子を守れん。本当なら王子から離すことは言語道断だが、このままではただの剣と変わらなくなってしまう。頼れるのはお前だけだ。急ぎダーリエへ戻り、この剣を鍛え直してもらってくれ。何度も言うが、他言するな」
それ以上、質問できる雰囲気ではなかった。
マルゴーに追い出されるようにして、ドーアンは剣を持ってダーリエへ戻り、急いで再びヴァイツェンへ来た時には……。
「なぜこんな時に、あんな夢を……。それに、最後の声は……まさか本当に伯父さん?」
現実には、ドーアンはマルゴーに怒鳴られたことはない。現実にあったことを夢に見ていたが、怒鳴られたという経験はなかった。
では、今、怒鳴られたのは? ただの夢? それとも、まさか……実際に聞こえた声、だったのだろうか。
どこかでこの状況を見ている伯父が、魔性に眠らされた甥を起こすために。
そうかも知れない。
さっき、ドーアンは城全体に自分の魔力を放った。影の洞窟、もしくは別の場所にいるであろう伯父がその気配に気付いたのでは。
高位の魔法使いなら、どういうことが起きているか知ることは可能だろう。そこでわかった甥の窮地を救うため、声を送ってくれて……。
「早く行かないと」
あの声が夢か現実かはともかく、今は立ち上がらなくてはいけない。
ブラウエルに眠らされてから、どれだけの時間が経っただろう。一刻も早く、メリアーティス達を追い掛けなくては。
彼女は言ってくれた。魔法使いを頼りにしている、と。
それなら、少しでも早く合流しなくてはならない。今頃、彼女達はブラウエルと対峙しているかも知れないのだ。
まだふわふわしている感覚があり、ドーアンはめまいを起こさないよう、ゆっくり立ち上がった。
ふと、手が胸ポケットに触れると、そこに硬い感触がある。
「あ……そうだった」
ドーアンは、中に入れていたものを思い出す。
「いつ、何があるかわからない。常時でも、一つは持つようにしなさい」
人並みに魔法が使えるようになった頃、マルゴーにそう言われ、持つようにしていたもの。
魔力回復薬だ。
普段は薬瓶の感触が少し気になってしまうので、服に同化させてある。
だが、今みたいに存在を忘れてしまいかねないので、わずかに硬さを残すようにしておいた。
おかげで、持っていたことを思い出せたのだ。これがあることで、状況はかなり変わるはず。
何があるかわからない。まさに、今のことだ。さすがだな、伯父さんは。
伯父の助言に感心し、その言葉に従った自分を今はほめたい。
そんな逼迫した「何か」なんてそうそう起こらない、なんて思っていたら、魔力がすかすかな状態で動くことになっていただろう。
ドーアンは、すぐにその薬を飲み干した。
よし、まだできる。魔法が使えるんだ。
少し足下がふらふらするが、壁にそって歩き出す。
そして、魔法使いは大広間へと向かった。
☆☆☆
声を聞いた途端、ラツィオがメリアーティスの身体を抱えてその場を離れていたので、無事に済んだ。
そこで立ち尽くしていれば、多少なりともダメージを食らったはずだ。
床が焦げて、煙が上る。その煙が消えた時、そこに立っていたのは想像通りにローズとゲラーニエだった。
「またお前か。懲りない奴だな。そんなに死にたいか」
ローズがブラウエルに負けて退散してから、まだ半日も経っていない。だが、傷んだ髪や傷付いた身体は、もう元に戻っていた。
衣装だけが替わり、さっきはピンクだったものが赤になっている。上から下へ薄い赤から濃い赤という、前回の色違いの格好だ。ピンヒールも赤になって。
「あきらめないって言ったでしょう。あたくしだって、聖精はほしいのよ」
「俺様は身体さえ胃に入れば、何だっていいんだけどよ。最高の死体が手に入るって聞いたら、放っておけないからな。たまにはぜいたくなモン、喰いてぇしよ」
ローズの視線が、創魂珠の中にあるソルフォードの身体に向く。
「どうやら、坊やの魂は身体に戻ったようだわねぇ。さっきはあの水玉から身体を奪うのには失敗したけど、これで魂を抜くことができるわ。あたくしが教えてあげなきゃ、ずっと坊やの身体だけを見守ることになっていたんだから。感謝してよね、お間抜けなブラウエル」
「ちょっと! あんたがブラウエルに、ソルフォードが外にいるって教えたの?」
聞き捨てならないローズの言葉に、メリアーティスが怒鳴った。
「そうよ。本当はこの身体をもらってからあんた達の所へ行って、坊やに戻りなさいって言うつもりだったんだけどねぇ。それができなかったもんで、それならブラウエルに戻らせるように仕向けた方が早い、と思った訳よ。戻ったところで、あたくしが魂をもらうって寸法」
思い返せば、ソルフォードがメリアーティス達の前から姿を消したのは、このローズが消えてしばらくしてからだった。
ローズがブラウエルにソルフォードの魂が外にいることを教えたために、ソルフォードは強引に身体へ引き戻されてしまったのだ。
「余計なことをしやがって。知ってはいたが、本当にロクなことしねぇな」
「あんた……あんたのせいで……」
手が震える程、メリアーティスは強く剣を握っていた。力があれば、その視線だけで射抜いてしまいそうな程にローズを睨み付けて。
だが、ローズはそんなメリアーティスには見向きもせず、ブラウエルの方を見ている。
「その結界、破らせてもらうわよ。あたくしだけじゃなく、今はこのゲラーニエもいるからね。まだ聖精を取り込んでないあんたの結界くらい、ふっ飛ばしてあげるわ」
ゲラーニエは錫杖を振り上げて、ローズが構える。
「メリアーティス、ラツィオ、伏せてっ」
セラップに言われ、二人は壁際まで逃げて姿勢を低くした。大きな雷が鳴り、電撃が結界に向けて放たれる。
同時に、ローズがその電撃に水をからませて、そのエネルギーをさらにふくらませた。
見えない壁に電撃が当たると、何かが崩れ落ちるような大きな音が、謁見の間に響く。
「ほぉら、穴があいたわ。ブラウエル、あんたに聖精は渡しゃしないわよ」
さっきまでは見えなかった壁が、ローズ達に壊されたことでその姿がメリアーティス達にも見えるようになった。
ガラスのような透明な壁が、ブラウエルとメリアーティス達の間に立ちはだかっている。あの壁があるために、メリアーティス達の攻撃が通じなかったのだ。
しかし、今の攻撃で、その壁には大きな穴があけられていた。
自分がさらに創魂珠に近付けやすくするためか、ローズは風の刃を放って結界の穴を広げる。
もうブラウエルの結界は、あってないようなものだ。
「ふん、たかが結界が崩れただけで、もう勝ったつもりか」
「あら、何か変? 忠告しておいてあげるわ。さっきまでのあたくしとは、訳が違うんだから。あたくしがこの赤い衣装にしたのは、さっきの衣装が破れたためだけじゃなくってよ。情熱の赤、燃え盛る炎の赤。あたくしの力は普段よりも危険で、美しいの。そう、あたくしの名前と同じ、バラのようにね」





