27.覚醒
「噂は聞いているぞ。お前も、すっかり一人前になったようだな」
「ありがとうございます。ですが、私なんてまだまだです。この程度では、子どもだましの魔法ですよ」
マルゴーと向かい合って座るドーアンは、伯父の言葉にかぶりを振った。
「もっと精進しなければ、伯父さんには追いつけませんから」
「相変わらず、真面目な奴だ」
そう言って、伯父は笑った。
魔法使いマルゴーは、ドーアンの父の兄にあたる。
その魔法の技の素晴らしさは、幼い頃から知っているし、そんな伯父がいることはドーアンの自慢でもあった。
誰もが「彼は立派な魔法使いだ」と言う。中傷する者もいたが、すぐにそれは嫉妬からだとわかる。
中傷も、裏を返せば賞賛の一部になりえるのだ。嫉妬すらされないようではだめだ、と幼いなりにドーアンは考えていた。
自分を慕い、魔法使いを目指す甥。
マルゴーはそんな彼に「城に仕える身なので、ゆっくり稽古をつけてやることができないから」と言って、知り合いの魔法使いの元へドーアンを弟子入りさせていた。
マルゴーから見れば、実力もあり、信頼できる人物。だが、ドーアンから見れば、師匠となった魔法使いはマルゴー程の腕ではなかった。
いや、世間ではいい腕だと評判の魔法使いではあったが、伯父が一番であるドーアンにとっては、師匠の力を認識しつつも、どこか物足りなさがあったのだ。
それでも、まずはその師匠に追い付き、追い越さなくては。不満を言ったところで、初心者の自分など伯父には相手にしてもらえないだろう。
そう思ったドーアンは、寸暇も惜しんで修業にあけくれた。伯父が使うレベルの高い魔法を、少しでも早く使えるようになりたくて。
その甲斐あって、こうやって会った時など、伯父の口から賞賛の言葉が聞けるようになった。
もちろん、甘さを指摘されることも多々あるが、それはそれで勉強になるし、ほめられればやはり嬉しい。
しかし、これだけでは駄目だ、といつも思う。
ほめられて喜ぶのは、ただの幼子。伯父に追い付くまで、そんな言葉で満足していてはいけないのだ。
「ドーアン。こちらがもう少し落ち着いたら、ヴァイツェンへ来る気はないか?」
ふいに伯父は、そんなことを切り出した。
「落ち着いたら……とは、どういう意味です? 今は何か慌ただしいのですか?」
「慌ただしい、と言うのとは少し違うが、今はまだ言えん。王子をお守りするのに忙しい、とだけ言っておこう。王子が立派な青年に成長され、現王が退位される頃には、わしの役目も終わるだろう。そうしたら、お前に稽古をつけてやることもできるはずだ」
マルゴーの言葉に、ドーアンは目を輝かせた。
「本当ですかっ。ぜひ! 私は伯父さんに憧れて、この道を選んだのです。伯父さんの元で修業ができるなら、いつでもこの国へ来ます」
ドーアンは、大喜びで返事をした。
ずっと願っていたことが、ようやく実現するのだ。まだ時間はかかるらしいが、そんなことは大した問題ではない。
伯父が約束してくれたのだ。夢がじきにかなえられる。
それが、ドーアンにとっては何よりも嬉しい。伯父の元で修行ができるのなら、場所などどこでもいいのだ。
しかし、それだけではなかった。
伯父はさらにとんでもないことを、ドーアンに告げたのだ。
「わしの跡を継いで、ヴァイツェンの王に仕える気はないか?」
「私が……城に? 伯父さんの跡を継ぐとは……」
「王子が王になられてから、そのままわしがずっと仕え続ける訳にもいくまい。そろそろ、じじぃと呼ばれる年齢になってきた。魔法使いとて、不老不死ではないからな。新しい人材が必要になってくる。もちろん、このことはわしの一存で決められるものではない。王や新王のご判断を仰がねばならん。だが、今のところ、わしの目にかなうのは、お前くらいだ」
寝耳に水、の状態でドーアンはすぐに返事ができなかった。
一国の王に仕えるということは、とんでもなく名誉なことだ。それだけ魔法使いとしての腕を買われている、ということ。魔法使いのエリートのようなものだ。
もちろん、なりたくても簡単になれるものではない。
魔法の腕があるのは当然の条件だが、王に直接認められるか、その時点で王に仕えている魔法使いの推薦がなければ無理だ。
魔法使い以外の人間が見ても腕のレベルはわからないから、いわゆる上級魔法使いから見ても合格点が付けられる技術でなければならない。
そして、マルゴーはドーアンに合格点を与えよう、と言ってくれているのだ。
「本当に私が……城仕えの魔法使いに?」
城に仕えるということより「マルゴーに認められた」ということの方が、ドーアンにとっては大きな驚きだった。
伯父がここまで自分を買っていてくれたとは。
「ああ、そうだ。……それで……」
あまりの嬉しさのせいだろうか、急に伯父の言葉がよく聞こえなくなる。その姿さえも、次第にぼんやりとなってきた。
自分の意識も、どこかあいまいだ。今まで聞いていた話も、どこまで現実なのか、わからなくなってくる。
どうしたのだろう。何かが変だ。でも、何が変なのか、わからない。わからないなら、もういい。だんだん、何もかもがどうでもよくなってくる。
「起きんかっ、馬鹿者!」
突然大音量で怒鳴られ、その声の大きさにはっとなって目を開ける。
「え……今のは……夢……?」
頭の芯がまだ眠っているみたいで、気分がすっきりしない。
それでも、一応目は覚めた。
目が覚めた……そう、今まで眠っていたのだ。いつの間にか。
ゆっくりと身体を起こす。自分の置かれた状況がすぐにはわからなかったドーアンだが、とにかく記憶をたぐり寄せた。
今いる場所は、廊下だ。そこにドーアンは横たわって、眠っていた。
いくら眠くなったとしても、彼は幼い子どもではないのだし、見慣れないどこかの廊下でのんきに眠るはずはない。
何かされたのだ、ということくらいは、寝起きの頭でも想像できた。
天井や壁の装飾の美しさを見る限り、かなり高位の人がいる建物だと思われる。そんな場所なのに、周囲に人がいないのは異常だ。
自分がいるのは、どういう建物の廊下なのか。
目の前の光景から、ドーアンは徐々に居場所を思い出してきた。
そうだ。ここは、キャプロックの城の中。ここへはメリアーティスとラツィオ、セラップと来た。この国の王子を……ソルフォード王子を助けるために。
そこまで思い出すと、ドーアンはその後のことも全てしっかりと思い出せた。
強い魔法を使い、城の中の魔物を一掃したまではよかったが、そのために動けなくなったのだ。メリアーティス達を先に行かせ、ドーアン自身は少し休んでから追うつもりでいた。
そこへ、よりによってブラウエルが現れて……指を向けられたところで、ドーアンの記憶は終わっている。
あの時、私は殺された訳ではなかったのか。てっきり……いや、こんな所で眠らされるのは、死へ近付けさせる行為だ。新手の魔物が現れても、抵抗一つできない。
そう考えて、ぞっとする。
ブラウエルなら、疲れ果てた魔法使いなど簡単に殺せるはずなのに。そうしなかったのは、意図的なものと思われた。
眠っているところを魔物に襲われ、その痛みで目を覚ます。何が起きているかわからず、魔法を使う余裕もなく、混乱しているうちに命を絶たれて……。
その時の慌てふためくドーアンの姿を見て、笑いものにするつもりだったのではないか。
ひと思いに、という行為は、ブラウエルにとってはむしろ優しさになるのだろう。魔性とは言え、いやな性格である。
まさに「一目見ただけ」でしかないが、ドーアンはそう考えた。そうでなければ、ブラウエルが魔法使いを生かしておく理由がない。
ブラウエル側の事情はともかく、強引に眠らされた。皮肉なことに、少し休んだことで、わずかながら身体が楽になっている。魔力は……振り絞れば、もう少し戦えるはずだ。
今の夢は、いつのことだろうかと考える。以前、伯父から現実に告げられた内容と同じものだったのだ。
ということは、昔の光景を夢に見ていたらしい。昔、と言っても、そんなに前のことではなかったはずだ。





