26.破れない結界
これくらいで、魔力を消耗してしまうなんて。それに、さっきの魔法も時間がかかりすぎる。
集中力が必要なのは仕方ないとして、あんなに時間がかかっては、頼れる誰かがそばにいなければ使えない。いつも自分のそばにいるのが腕のたつ剣士、防御の得意な魔法使いとは限らないのだ。
弱い者を守るために使う魔法が、逆に危険な目に遭わせることになっては意味がない。基本的な部分で、まだ魔力が弱いのだ。
「いいや、十分だ」
聞き覚えのない声がして、ドーアンの身体に緊張が走る。
周囲を見回すと、目の前に男が現れた。暗い銀の髪に、赤い瞳の男。
「まさか……」
その姿に、ドーアンは心臓が縮まる。
勘違いでなければ……いや、違うはずがない。
この重く感じるまでに濃い気配は……ブラウエルだ。
ドーアンは、その姿を見たことはない。だが、この魔性は今まで現れた魔物に比べられない程、圧倒的な存在感を持つ。ブラウエル以外に考えられない。
よりによって、現れるはずのない、現れてほしくない相手が出て来たのだ。
「いい腕をしているではないか。この城の魔法使いマルゴーの甥だそうだな。技術もあるが、やはり若いだけに力もある。先程の魔法は素晴らしかったぞ。人間にしておくには惜しい」
気が付けば現れていたので、ドーアンは床に座ったまま。身構えるわずかな暇もなかった。見下ろされて、いや、見下されて話し掛けられている形になる。
そして、それはドーアンにとってひどく不利な体勢であり、ひどく不愉快な状況だった。
ブラウエルは、ドーアンに向けてすっと指を向ける。
「せっかくだが、奴らの仲間に加わってもらっていては、後々面倒なことになりそうだからな」
何をするつもりだ、と言おうとして、何も言えなかった。強烈な睡魔が、ドーアンを襲う。
一言も発することなく、ドーアンはその場に横たわり、眠りに落ちた。
「しばらくそうしているがいい。じきに新手の魔物が糧にするべく、お前の身体に群がるだろう。眠ったままなら、痛みも感じまい。感謝してもらわなくてはな」
言いながら、ブラウエルはその場からゆっくり姿を消した。
☆☆☆
メリアーティス達は、大広間へ入った。
だが、何もない。誰もいない。
セラップの話では、ここでソルフォードは創魂珠に封じられたはずなのだ。しかし、何の痕跡もなかった。
やはり、ソルフォードの身体は別の場所へ移動させられたらしい。
「一体どこへ……。セラップ、どこにあるか見当はつかない?」
「お待ちを。……謁見の間の方から、王子の気配を感じます」
セラップの言葉で、すぐにそちらへ向かう。
途中、これまでよりは手応えのある魔物が現れたりもしたが、用などないとばかりに、すぐ蹴散らす。
勢いづいてるせいか、あっという間だ。ドーアンの魔法が効いていて弱っている、ということもあるのだろう。
すぐに謁見の間の前まで来る。
「気を付けろ、メリアーティス」
「うん、わかってるわ」
謁見の間へ続く扉を、メリアーティスは開いた。
ラツィオに言われるまでもなく、何か飛んで来るかと警戒したが、魔物が現れることもなく、静かなものだ。
「ソルフォード!」
見付けた。創魂珠に封じられているソルフォードが、そこにいた。
ゆらゆらと浮かぶソルフォードの表情は、ひどくつらそうだ。
そして、そのすぐそばには、暗い銀の髪の男が立っている。
「あんたが……ブラウエルね」
メリアーティスは、男を睨み付けた。が、相手はまるで気にするふうでもなく、笑みを浮かべる。
「ようこそ、王子の恋人。あなたのおいでを、心から歓迎しますよ」
「ふざけないで。ソルフォードを返してもらうわ。彼の魂をどうするつもりか知らないけど、勝手なことはさせないんだから。そんなの、あたしが許さない」
「別にあなたに許してもらおうだなんて、これっぽっちも思っていません。本当なら、ここへ来るまでに片付けることもできたのですよ」
メリアーティス達の存在など、取るに足りないとでも言いたげだ。
「それをしなかったのは、なぜだと思います? 王子に愛しい女性の最期をちゃんと見せてあげよう、というわたしの優しさですよ」
いけしゃあしゃあと言葉を連ねるブラウエルに、メリアーティスは心底から怒りがこみ上げた。
「そう簡単にいくもんですか。何が優しさよ。あんたみたいな奴に、優しさなんて言葉くらい、似合わないものはないわ。あたし達は、あんたに片付けられたりなんてしないんだから」
「アルカに対しても、ずいぶん立派な口を叩いていましたね。たまたま、あなたが勝ったようですが」
「知っていたのか、自分の妹が消されたことを」
ありえるとは思っていても、やはりセラップは聞かずにいられなかった。
「ええ、もちろん。とても勢いがあって、よろしいですね。だが、わたしには勢いだけで勝てませんよ。もちろん、わざと負けてあげるつもりもありませんので」
「ったく、いけ好かない野郎だな。そのしゃべり方を聞いてると、腹が立ってくる」
ブラウエルの言葉に、ラツィオが舌打ちする。
「そうですか? わたしとしては、礼を尽くしているつもりですがね。王子のご友人ということで、それなりに。ですが……」
にたりとするブラウエル。その口の端から、牙がのぞく。
「じきに王子の命は、俺のものになる。ならば、わざとらしい話し方をする必要もあるまい。この世界の王には、もうすぐ俺がなるのだからな」
ブラウエルの赤い瞳が、さらに濃さを増した。
「やぁーっと、本性を現しやがったな。その方が、こっちとしても余程すっきりするぜ」
ラツィオが剣を構える。だが、それより先にメリアーティスがブラウエルに斬りかかった。
「ふざけるなっ。お前が王だなんて、あたしは認めない!」
「無駄だ」
「なっ……」
小気味いい音がして、メリアーティスの剣はブラウエルに触れるよりずっと前に弾かれた。ブラウエルは、防御の姿勢すら取っていない。
「お前達にはわからんだろう。ここには、結界が張ってある。魔法使いではないお前達に、この結界を破ることはできん。残念だったな、ここに魔法使いがいなくて。もっとも……奴はもうここへ来ることもないだろうがな」
ブラウエルの引っ掛かる言い方に、メリアーティスは目の前の魔性を睨んだ。
「どういう意味? お前、ドーアンに何をしたのっ」
「眠らせたのさ。かわいそうに、ひどく疲れているようだったからな。下っ端の魔物はほとんど片付けたようだが……そのうち、また新たな魔物が現れる。奴の身体は、そいつらのいいエサになるだろう。魔力の染みた身体は、それなりのごちそうだからな」
ブラウエルの言葉に、メリアーティスもラツィオもセラップも動けなくなる。
やはりあんな状態の魔法使いを、あんな場所で一人にしておくべきではなかった。
あの後、ドーアンはこの陰険な魔性に術をかけられてしまったのだ。
大広間へ行くまでに、メリアーティス達はブラウエルとすれ違ってはいない。だが、相手は魔性だ。魔力でいくらでも移動は可能だろう。
メリアーティス達がここへ来るまでにドーアンを眠らせ、何食わぬ顔でこの場所に戻っていたのだ。
「許せない……絶対に許せない」
「言ったはずだ。お前に許してもらうつもりなどない、と。俺は俺のやりたいようにやる。それだけ。お前ら人間は、俺にとって支配対象、もしくはエサだ。お前は自分がこれから食おうとする家畜に、いちいち許しを乞うか? それと同じことだ」
「ちっ、ずいぶんな格下げだな。家畜と同じにされちまったぜ」
ラツィオが試しにメリアーティスと同じように剣を向けたが、金属同士が当たるような音がして跳ね返るだけ。
これでは、ブラウエルにも、ブラウエルのすぐそばにいるソルフォードにも近付けない。
ここまで来たのに。ようやくここまで来たのに、どうしようもないの?
メリアーティスが、悔しさに歯がみした時だった。
「ほほほほほーっ。それじゃ、代わりにあたくしがその結界をぶっ壊してあげようじゃないの」
奇怪な笑い声が響き、その後で屋内だというのにメリアーティス達とブラウエルの間に雷が落ちた。





