25.ソルフォードの抵抗
こんな力に……負けたくない。
創魂珠が送り込む痛みに負ければ、自分は自分でなくなる。間違いなく、死を意味する。
いや、ただ死ぬのであれば、まだいい。
創魂珠に同化されれば、魔性に力を貸すことになるのだ。結果として、愛する人達や大切な国の民を苦しめてしまうことになる。
今、この身に受けている痛みなど問題にならないような苦しみを、自分が守るべき人達に与えてしまうかも知れないのだ。
それに……死んでしまえば、もうメリアーティスにも会えない。
創魂珠へ引き戻される寸前に口にした言葉を、彼女は聞いただろうか。
あれは、自分の弱さから出た言葉だ。自分の意気地のなさが、どうしようもなく情けない。
万が一、この命が奪われることになったら、もう伝えられなくなる。その前に、この気持ちだけは、と思って出た言葉。
でも、あんな状態で言うべきではなかった。まるで、死ぬことを前提として言ったように聞こえてしまう。
あれは、生きて自分の足で大地を踏み締め、彼女の瞳をしっかりと見ながら伝えるべき言葉だ。そんな大切な言葉を……。
メリアーティス……メリアーティス……どうか無事で……
気を抜くと、意識を失いそうになる。身体が動かないから、顔をたたくなどして自分の気持ちを奮い立たせることもできない。
意識を完全に失ったら、創魂珠に魂を抜かれる。
ソルフォードはメリアーティスの姿を思い浮かべることで、懸命に自分自身をつなぎとめていた。
☆☆☆
大広間って、こんなに遠かったかしら。
走りながら、メリアーティスは焦燥感にかられていた。
これまで、何度も来たことのあるキャプロックの城。当然、全体の構造や部屋の配置をよく知っているので、道に迷っている訳ではない。
次から次に現れる魔物達。そのせいで、なかなか先に進めないのだが、早く行かなければ、と焦っているので、余計に大広間が遠く感じるのだ。
ラツィオが言っていたように、中へ入ればひっきりなしに魔物が現れては行く手をさえぎる。どれも下級の魔物ではあるが、数が多いのにはやはり閉口した。
「恐らく、わたくし達のように抵抗する者があれば排除するよう、命令されているのでしょう。今はこの程度でも、奥へ行けば次第に力のある魔物が現れるかも知れません」
「だけど、その分、数は減りますよね。食物連鎖と同じで、一番弱い者が一番多い」
「ああ。けど、あんまり慰めになってねぇぞ、それ。てっぺんに近いレベルの奴が一緒に出て来たら、やばいし」
ブラウエルの周りに、四天王みたいな魔性はいるのだろうか。この人数でそれらを相手にしなければならなくなったら、かなり厳しい。
「この城は大きいですが……やれば何とかできるかも知れません」
「やるって……ドーアン、何をするつもりなの?」
この会話中も、メリアーティス達は魔物を相手にしている。会話と言うより、半分怒鳴り合いだ。
「弱い魔物を一掃します。本当は呼び出したブラウエルを消せば、さっき女魔性が消えた時のようにすぐ逃げて行くでしょうが、そうもいきませんから。みなさん、すみませんが、魔法に集中している間だけ、奴らの相手をしてもらえますか。どうしてもそちらまで手が回らないので」
「こいつらを消すための魔法か。だったら少しくらいノルマが増えても、すぐに終わるな」
「できれば、早く済ませてもらうと嬉しいんだけど」
言いながら、メリアーティスとラツィオがドーアンを守るようにして彼の前後に立つ。
「次々に現れて来ます。ドーアン、急いでください」
セラップも彼の頭上から狙う魔物を食い止めるために、ドーアンの上を旋回する。
魔法使いは、すぐに呪文を唱え始めた。
何をしようとしているのかわかっているのか、魔物達はドーアンを止めようと襲いかかって来る。だが、メリアーティス達がそんなことはさせない。
しばらくは魔法使いを中心にして、魔物との戦いが続いた。
ドーアンは、長い呪文を唱えている。まだなのか、と言いたくなるが、彼も懸命にやっているのだ。魔物でなく、味方の自分達が邪魔をしては意味が無い。
魔法の効果が現れるまで、とにかく魔物を斬り続ける。
ふいにドーアンから、力の波が広がってゆくのを感じた。まるで、彼から暖かな風が八方へ吹き出すような。
魔法使いではないメリアーティスやラツィオが感じるのだから、相当な大きさの力が流れているのだ。
そんな力を感じてすぐ、周囲にいた魔物達が悲鳴を上げながら次々と消えてゆく。斬ろうとした魔物が、目の前で煙になってしまうのだ。
その後ろにいた魔物も、こちらへ向かって来ようとした魔物も、その姿を消してゆく。
やがて、メリアーティス達の周囲から、魔物の姿はなくなってしまった。
「わぁ……すっごぉーい。本当に一掃されちゃったわ」
メリアーティスがこの状況に、目を丸くして感心する。
「奥から来る魔物も、いなくなったようですね。なんと素晴らしい」
「はぁ、今まであれだけうるさかったのが、嘘みたいだぜ。やるじゃねぇか、ドーアン……って、おい、大丈夫か?」
ぐらりと魔法使いの身体が揺れ、ラツィオが慌てて支える。ドーアンは青白い顔で息を切らし、支えてくれたラツィオの腕に掴まった。
さっきの術の力でか、髪を結わえていたヒモが切れてしまい、ゆるやかに波打つ赤毛が顔にかかる。
「すみません……思っていたより城が広くて……使い慣れない力を、使ってしまって……」
早い話、無理をして強力な力を使ったために、貧血を起こしかけているのだ。
ひとまずラツィオは、ドーアンを床に座らせた。大きく息をついて、ドーアンは壁にもたれる。
「長く感じたけど、ドーアンはもっと長く感じたんじゃない? これだけ時間がかかるなら、最初に会った時にこの魔法が使えなかった訳よね。間違いなく、殺されちゃうわ」
今のような魔法が一瞬にしてできるなら、何てことはないのだろう。だが、城の中という広い場所のせいもあってか、術の詠唱に時間がかかった。
初めてドーアンと会った時、彼は無数の魔物に囲まれていたが、味方が誰もいない状況で今の魔法を使えば、効力を発揮するまでに襲われてしまう。
この魔法は効力が大きい分、リスクも大きいのだ。
「ったく、少しくらい残したって、俺達が消してやるのに。一人で張り切りすぎだぜ」
「そうですね……。みなさん、先に行ってください。少しだけ休んだら、追いかけますから」
さすがにすぐ出発できる程、ドーアンの体力は残っていない。だが、ケガをした訳ではないので、少しだけでも休めばすぐに復活できる。
「だけど、こんな所で一人なんて、危ないんじゃない?」
「大丈夫ですよ。ある程度の魔物は、今の魔法でほぼ一掃できたはずですから」
百いた魔物を、百消した訳ではない。だが、消えてなくても、弱らせることはできたはずだ。
ブラウエルが現れでもしない限り、全く動けないのではないから対処はできる。
「メリアーティス、今は私のことより王子の方が大切です。早く」
魔法使いに静かな声で諭され、ためらいながらもメリアーティスはうなずいた。
「……わかった。この廊下を真っ直ぐ行けば、すぐに大広間へ出るからね。謁見の間や騎士の間も、近くにあるから。ちゃんと来てよ、ドーアン。相手はとんでもない魔性みたいだから、魔法使いを頼りにしてるんだからね」
せっかくドーアンが身体を張って、行く道をきれいにしてくれたのだ。また進みにくくなる前に、ソルフォードの元へ急がなければ。
「ええ、すぐに行きますから」
メリアーティスとラツィオ、セラップは、ドーアンをその場に残して大広間へと走り出す。
その後ろ姿を見送って、魔法使いはまた大きく息をついた。
ラツィオの言う通り、少々張り切りすぎたのかも知れない。かなりの魔力を消耗してしまった。
すぐに行く、とは言ったものの、追い付いたとしても役に立つかどうかは怪しいところだ。
「まだまだ、修業が足りないなぁ……」
ドーアンの口から、ため息と一緒にそんなつぶやきがもれた。





