24.まず一勝
メリアーティスは痛みに耐えながら、必死に考えた。
まだ負けた訳じゃないわ。剣だって、持ってる。今日の昼間みたいに落としてないから、反撃できる可能性は残ってる。チャンスはまだあるわ。
「ふふ……痛い? いいのよ、大きな声を出しても。断末魔の悲鳴って奴を、早く聞かせてちょうだい。ぞくぞくするわ、人間のそういう声って。肉はここに残っている魔物達がきれいに掃除してくれるから、城が汚れる心配はしなくていいのよ」
すでにアルカは、勝ち誇ったような顔でいる。もうメリアーティスの命は奪ったも同然だ、と。
あたしには、まだ剣がある。それに、足は動くわ。巻き付いてる髪は、上半身しかないもの。たぶん、剣の動きを止めたかっただけなんだわ。でも、剣は持ったまま。だったら……こんな戦い、一気に終わらせてやる。あたしは、ソルフォードのために勝つんだから。
メリアーティスは、アルカへ向かって走り出した。しびれかけた手で、剣をしっかり握る。
「あたしは……負けないっ!」
目に物を見せてやる。人間を、あたしを馬鹿にしたのが間違いだったって、後悔させてやる。
「え……」
自分の口から、気の抜けたような声が出る。それを聞いたアルカは、メリアーティスが何をしたのか、理解するのに少しだけ時間がかかった。
完全に自分の勝利を確信して、しっかりとメリアーティスの動きを見ていなかったのだ。ラツィオやドーアンがどうなったか、少しよそ見をして。
衝撃があって、気が付けば少し離れていたはずのメリアーティスは自分の目の前にいて、自分の左胸はメリアーティスの剣を深々と飲み込んでいた。
メリアーティスの剣の柄は、自分の身体に触れそうなくらい近くにある。剣の長さから考えれば、その先端は背中から出ているはずで……。
「なっ……なん……ですって……」
銀の髪が、音をたてそうな勢いで身体からほどけ落ちてゆく。メリアーティスは指の先に、はっきりと血が通うのを感じた。
もう自由だっ。
メリアーティスはアルカの腹に足をかけて剣を抜くと、横一文字に剣を払う。
「ギャアアアッ」
聞かせろと言った断末魔の悲鳴を周囲に響かせたのは、アルカの方だった。
胸を貫かれ、胴を真っ二つに斬られたアルカ。さすがにそこまでされて命を保ち続けることはできず、黒い煙になって消えた。
「だから、ちゃんと言ったでしょ。消してあげるって」
息を荒げながら、メリアーティスはアルカが消えた辺りを見詰めていた。
煙になってしまったので、さすがにもう復活してくる様子はない。メリアーティスは、完全にあの魔性を破ったのだ。
ようやくこれで一つ、ソルフォードに伸びる魔性の手を取り除くことができた。
「な、何だ?」
兵士のような姿をしていた魔物が、いきなりその身体を崩して土の山になる。今まで襲いかかって来ていた魔物が、急に引いた。
次の魔物を斬るために構えていたラツィオは、肩すかしをくらう。
それは、次の呪文を唱えようとしていたドーアンも同じだ。
「今まであんなにしつこくたかってきたくせに、急に怖じ気付いてどうしたんだ」
「こやつらは……土人形だったのですね。わたくしの攻撃であっさり倒れるくせに、すぐ起きて来るので妙だとは思っていたのですが」
「そうか……。メリアーティスがアルカを倒したからですよ。アルカに従属していた魔物は、手下となることで彼女の魔力の余波を恩恵として受けていた。その分、本来よりも強くなれるんです。でも、メリアーティスがこの魔物達の主を殺したから」
「力を失ったって訳か」
アルカの消滅で、魔力を与えられていた土人形は崩れ、こびへつらうように取り巻いていた魔物は戦意を失った。中には、その場から完全に逃げ出す魔物もいる。
人間の肉は欲しいが、力が及ばないとわかっていて、未練がましく離れた所からこちらを見ている魔物もいた。
ラツィオの剣は届かないので、様子を窺う魔物はドーアンが一掃する。おかげで、周囲がずいぶんと静かになった。
魔法使いの術からかろうじて逃げられた魔物は、消されたくない、とばかりにその場から四方へと姿を隠す。
「依存していたてっぺんがいなくなると、団体ってのは弱いよなぁ」
もっとも、アルカがあの魔物の集団を統括していたとは思えない。ドーアンが言ったように、ただアルカの魔力のおこぼれを目当てに集まっていただけなのだろう。
それに、本当の「てっぺん」はこの城の中だ。
「メリアーティス、大丈夫ですか? ああ、腕がすっかり赤くなって……」
セラップに言われて見ると、アルカの髪が締め付けていた部分が赤くなっている。内出血している部分もあるし、後になればあざになる所もあるだろう。
「平気よ、これくらい。さぁ、急ぎましょ。ソルフォードが心配だわ」
王子の魂はじきに……というあの女魔性の言葉は、どこまでが本当なのだろう。
いや、どこまでだろうと、関係ない。そんなことはさせない。絶対に阻止してみせる。こんな所で不安がっていないで、彼の元へ行けばいい。それだけの話だ。
「中は間違いなく、今よりもっと数が増えるな。で、王子の身体はどこにあるんだ?」
ラツィオが、唯一の目撃者であるセラップに尋ねる。
「あのいまいましい珠に王子が封じられた時は、大広間でした。移動していなければ、そこにあるはずですが……」
「確かセラップの話では、ブラウエルが外からの衝撃によって壊れるようなことを言っていましたよね。だとしたら、移動させているとしても、そう離れた場所ではないでしょう」
「そうであれば、騎士の間か……謁見の間でしょうか。大広間に近いですし」
「なければ、その時に捜せばいいのよ。隠したって、絶対に見付けてやるんだから」
「そうだな。よし。じゃ、行こうぜ」
一行は、城の中へと足を踏み入れた。
☆☆☆
「ほぉ、思ったよりやるじゃないか。我が妹を破るとは……。あの二人の人間も、なかなか腕がたつようだ。王子、出来損ないばかりかと思ったが、少しは頼れる家臣もいるようですな」
ブラウエルは謁見の間で玉座に座って足を組み、水晶を手にしていた。
そこには、城門付近が映し出されている。もちろん、そこにいるメリアーティス達の姿も。
ブラウエルは水晶が映す彼らの姿を、キャプロックの城へ着いてからこれまでの行動をずっと見ていたのだ。
自分の妹が殺される光景までも、しっかりとその目で。
だが、アルカを殺されても、ブラウエルは悲しむとか憤るということはなく、淡々としていた。
魔性のブラウエルに、人間のような肉親に対する愛情などはない。ブラウエルにとって、アルカは使い勝手のいい女、というだけなのだ。
命令すれば、こちらの都合のいいように動いてくれた。たまたまアルカは「妹」という立場にいただけで、それ以外に何もない。
死んだところで、ブラウエルには何の感情も浮かばないのだ。他の魔物が死んだ時と、何も変わらない。
「王子、彼らがたどり着くまで、抵抗できますかな? 思いの外、しぶとくていらっしゃるようだが、いつまでそのがんばりが続くやら。彼らが少しでも早く、ここへ来ることを祈るのですね。もっとも……ここへ来れば、彼らの命もわたしがいただきますが」
創魂珠の中で苦痛に顔を歪めるソルフォードを眺め、ブラウエルはのどの奥で低く嗤った。
人間の抵抗など、ブラウエルにとっては余興にすぎない。
ブラウエルの術で強引に身体へ戻されたソルフォードは、魂が創魂珠に抜かれないように必死で抵抗していた。
だが、それは苦痛を伴う。創魂珠は魂が身体から出ないようにソルフォードが抵抗していると知り、その身体の内側からありとあらゆる痛みを加えているのだ。
その痛みに耐えかね、こんなに苦しいならいっそ死んだ方がまし、と思わせるように仕向けていた。
身体の苦痛に魂が悲鳴を上げ、逃げようとするところを創魂珠が狙う。痛みをがまんし続けて、疲弊している魂。それを取り込むのは、しごく簡単だ。
一度その魂を捕まえれば、もう戻れないよう、すぐに身体を外へ放り出す。あとは、ゆっくりと魂を同化させればいい。
そうされることがわかっているから、ソルフォードは懸命に耐えているのだ。





