23.女の戦い
「悪いが……いや、別に悪くないか。俺にだって、好みってのがあるんだよ。少なくとも、それがお前じゃないのは確かだ。ああ、それと……よく見なくても、俺はいい男だ」
「わかるけど……それ、自分で言っちゃうのね」
こんな時だが、メリアーティスはちょっと笑いそうになる。
「誰もあえて口にしないからな。だいたい、淫乱女が今頃それに気付くなんて、目が腐ってんだろ」
「……愚かな男。人間では得られない力を、その身に持てたかも知れないのに」
「そんなもの、いらねぇよ。俺は人間として、それ相応の力があればいいさ。どうせ持てあますからな。それに、欲しけりゃ、自分でどうにかして手に入れる。お前の力なんて、借りたかないね」
あからさまに拒否されて、アルカは憎々しげにラツィオを見た。
影の洞窟では、今が異常な状況であり、目の前の相手が魔性だとわかっていながら、アルカに目を付けられた男達はその美しさに負け、誘われるままこの身体にしゃぶりついてきたというのに。
この男はまるでためらうこともなく、自分を拒否したのだ。
自分の美貌に、そして身体に自信のあったアルカのプライドは、経験がない程に傷付いた。
本当なら、今すぐにでも自分をないがしろにした男を、この手で八つ裂きにしたい。
だが、昼間の力を思い出す限り、この男を相手にするのは少し面倒だ。
「やはり、この身体はあの王子に抑えてもらわなきゃ、どうしようもないみたいだね。お前達、そこの人間どもは好きにして構わないよ。あたしはお兄様の所へ行くから」
こんな男に構っているより、今は王子の方だ。
「ちょっと待ちなさいっ。あの王子って……ソルフォードに何をするつもりなの」
後のことは手下にまかせ、城へ向かおうとするアルカに、メリアーティスが怒鳴った。
「じきに王子の魂は、お兄様のものになる。後に残った身体は、あたしがもらうのさ。近い年頃の魂を入れて、ゆっくりかわいがってやるよ。せっかくの聖精が入っていた、極上の身体だからね。きっと、最高にあたしを満足させてくれるはずさ。ふん、そこの男より余程いいわ」
アルカは、ソルフォードの魂がしばらく身体から抜けていたことを知らない。ブラウエルの力によって、無理に引き戻されたことも。
だが、時間的にそろそろ身体が創魂珠から出て来てもいい頃だ、と思っている。
一方、メリアーティス達はアルカの言葉で、ブラウエルがあれからさらに強い術をかけてソルフォードを苦しめているのでは、という不安にかられた。
そういう状況は、十分に考えられる。こんな所でこんな魔性と、こんなくだらない会話をしている場合ではない。
「淫乱女の考えることを聞いてると、反吐が出そうだな」
「ソルフォードは、あんたなんかに渡さないわ。何がかわいがる、よ。そんなこと、絶対にさせないっ」
メリアーティスが剣を抜いた。その視線は周囲にいる魔物ではなく、アルカだけに注がれる。
「ほう、あたしとやろうって言うのかい。今日の昼間のことを、忘れたとは言わせないよ。口ばかりで、すぐ殺されそうになっていたじゃないか。そこの男に助けてもらわなきゃ、今頃は跡形もなかったってのに。そんなお嬢ちゃんが、本気であたしに勝てるとでも思ってるの? 笑わせてくれるじゃないか」
「そうね。あの時は殺されるかと思ったわ。だけど、それはあの場にいたたくさんの魔物に、よ。あんたとは何もしてない。あたしは助けられ、あんたはそこから逃げただけじゃない。今も、また逃げようとしているみたいだけど」
「ちっ」
アルカは、夜風になびく暗い銀の髪を一房、握り締めた。と、それが鈍い光を放つ銀の剣になる。
「いいわ。王子の身体が手に入るまでの、わずかなひまつぶしだ。ちょっと相手をしてやろうじゃないか。自分の歯向かった相手が悪かったということを、じっくり思い知らせてやるよ」
言い終わった途端、アルカがメリアーティスに打ち掛かる。その素早さに驚きながらも、メリアーティスはかろうじてその刃を受けた。
同時に、周囲にいた魔物達も動き、ラツィオやドーアンに襲いかかる。
メリアーティスを助けに行きたくても、次々に向かって来る魔物を打ち払うのが精一杯で、助けるどころではない。
セラップも、何とかしてメリアーティスの所へ行こうとするが、翼のある魔物が行く手を阻む。
もっとも、メリアーティスは助けてもらう気などなかった。
大切なソルフォードに不愉快なことをしようと考えているこの魔性を、絶対に許せない。自分の手でこの世界から追い出してやらなければ、気が済まなかった。
こんな魔性に負けるなんて、死んだって嫌だ。
「ソルフォードは……絶対に渡さないっ」
「だったら、どうしようってんだい」
メリアーティスとあまり体格の変わらないアルカは、その細身に似合わず重い剣を打ち出す。棍棒のようなもので攻撃されているみたいだ。受けるたびに、手がしびれる。
負けるもんですか。こんな……こんな魔性なんかに負けないんだからっ。
最初はアルカの剣を受けるだけのメリアーティスだったが、足を踏ん張って受けると同時に弾き返し、今度は攻撃に出る。受けと攻めが逆になった。
メリアーティスは、激しくアルカに打ちまくる。どうにかその剣を受け止めていたアルカだが、そのうちメリアーティスの剣の先がアルカの腕に一筋の傷を付けた。
アルカは大きく飛び退き、メリアーティスを睨む。
「ふん、やってくれるじゃないか、お嬢ちゃんが……。あたしの身体に傷を付けたんだ、ただで済むと思うじゃないよ」
アルカの瞳が、まるでねこの目のように細くなってメリアーティスを睨む。
「それはこっちのセリフだわ。あたしの大切なソルフォードをもてあそぼうとしたあんたを、あたしは絶対に許さない! 魔界へ帰りなさい。でなきゃ……消してあげるわ」
「ほぉ、これはまた大きく出たねぇ。消してあげる? 本当に口ばっかりだね。やれるものなら、やってごらん。消えるのはお前の方だよ、お嬢ちゃん」
アルカの銀の髪が、ふわりと背中で広がった。そして次の瞬間、メリアーティスに向かって伸びてくる。
逃げる間もなく、その髪にメリアーティスの身体は巻き付かれてしまった。髪は縄のように太い束になり、まるで鋼のように堅く、じわじわと身体に食い込んでくる。
身体の自由を奪われて、剣もろくに動かせない。それでも、わずかに手首は動く。メリアーティスは何とか剣をその髪に当て、懸命に切ろうとするが一本として切れない。
「そんな剣では、まず切れないわよ。やるとしても、もっと力を込めてもらわないと。この髪は、あたしの腕よりも強いかもね。じっくり締め付けて、その身体がちぎれるのをゆっくりと見物させてもらうわ。お前の痛みに歪んだ顔は、さぞかし美しいだろうねぇ」
言いながら、アルカは甲高い声で嗤う。
髪はアルカが話す間にもメリアーティスを締め付け、血のめぐりが悪くなった指先が次第にしびれてきた。
このままでは、アルカが言うように本当に絞め殺される。いや、その前に肌が破れ、骨が砕けるだろう。
ラツィオもドーアンも、そしてセラップもメリアーティスのピンチに気付いてはいるが、どうしても駆け付けることができない。
「う……くっ……」
悔しい。悔しいっ。あたしはこんな魔性に負けるの? このうっとうしい髪をほどくこともできないままで。まだソルフォードを助けてないのに。このままだと、ソルフォードはこの魔性に好き勝手にされるかも知れないのに。
そんなの……そんなの、絶対にいやっ。
だが、どうしたってアルカの髪は切れない。自分の力でも剣でも。ローズのムチを切った、あの時のソルフォードのようにはいかない。あれは聖精の力があったからできたこと。
きみの欠点は、感情で動くことだって言われたろ。
メリアーティスの頭の中で、ふいにソルフォードのそんな言葉が頭によみがえる。
今の状況では、感情は何の役にも立たない。逆に自分を追い詰めることもある。感情が駄目なら、理性だ。こんな時でも落ち着いて、何か別の方法を探さなければ。





