22.まだ言ってないから言う
ソルフォードの姿が完全に消え、場の空気が暗く重いものになりそうだ。
しかし、沈んでばかりもいられない。
「身体に引き戻されたようですね。剣の結界がなくなったのはつらいところでしょうが、王子なら何とか持ち堪えてくださることを期待しましょう」
「ああ。あの王子なら、やってくれると思うぜ」
「王子がいらっしゃらない分、わたくしが力の限りみな様のお手伝いを致します。傷も癒やしていただきましたし、下級の魔物ならわたくしでも何とかお役に立てるはずです。……メリアーティス?」
ソルフォードが消えてから、剣をじっと見詰めるメリアーティスに、セラップが声をかけた。
大好きだよって、言った? その前に、ちゃんとあたしの名前を呼んでから……。今まで改めてそんなこと、言わなかったのに。
ずるいよ、ソルフォード。自分だけ言うなんて。
だいたい、今のって何よ。あの状況だと、まるで……今際の際の言葉みたいじゃない。もしもの時のために、これだけはっていう遺言みたいじゃないの。ソルフォード、もっと状況を考えてから言ってよね。
ああいう言葉っていうのはね、全てが無事に片付いて、お互いを抱き締めながら言うものよ。みんなが幸せな時に言うものなのよ。
なのに……なのに、何なのよ、これ。デリカシーがないって責められたって、文句なんか言えないんだから。
それに、あたし……あたしだって大好きなのに、まだあなたに言ってないよ。ずっとずっと好きだったって、言ってない。当たり前のように一緒にいたから、そんなこと言わなくてもわかってくれてると思ってたもん。だから言わなかった。
……そうよ、まだ言ってないなら、これから言えばいいんだわ。それだけのことよ。ますます張り合いが出るってもんじゃないの。
ソルフォード、あたしが言う前にいなくなっちゃったりしたら、絶対にぜぇーったいに許さないんだから。聖精を持つ人だろうが、王子様だろうが、そんなの関係ないわ。あたし、本当に許さない。
だから。邪魔させない、魔性だろうが何だろうが。
ソルフォード、あたしはあなたを助けて、必ず「大好き」って言うわ。いつから好きなのか、どこが好きなのかとか……とにかく、とにかく全部言うんだから。
剣を見詰めていたメリアーティスは、顔を上げた。
「行きましょう、キャプロックの城へ。ソルフォードが待ちくたびれるわ」
「そうだな。メリアーティス、その剣はあんたが持ってるか? 何だったら、王子に渡すまでは、俺が持っていてもいいぞ」
「うん。それじゃ、しばらくラツィオにお願いしちゃおかな。あたしにはちょっと長いから持ちにくくて。それに、これって結構重いのよね」
こんな重い剣を、実体でないソルフォードが持っていたなんて、今更ながらに不思議な感じがする。
メリアーティスは、ソルフォードの剣をラツィオに渡した。
「それじゃ、キャプロックの城へ出発!」
☆☆☆
これまでずっと進行を魔物に阻まれていたが、ソルフォードがいなくなってからはそれがずいぶんと減った。
やはり、ソルフォードの聖精に惹かれて現れていたのだろう。理由が何であれ、邪魔が減れば、先へ進みやすくなる。
すでにキャプロックの城が見える位置にまで来ていたので、一行が城門へ着いたのはソルフォードがパーティから抜けて間もなくだった。
時間はすでに、夜の領域。太陽が完全に姿を消すと、濃い闇に身体がつぶされそうな気分になる。
「普段来れば立派なんだろうが、今はひたすらおどろおどろしいだけだな」
ラツィオがそうつぶやくのも、無理はなかった。
「こうして見ると、自分が普段過ごしていた場所とは思えません。まるで、別の場所のようです」
月も星もない夜空を背景に、白亜の城がそびえている。それを見たメリアーティスも、セラップの言葉に同感だった。
普段なら、神秘的に見える城。今は「夜に浮かぶ不気味な白い建物」でしかない。
今までなかったはずのツタのような植物が城壁にびっしりと生え、それが城をますます化け物屋敷のように見せている。
あちこちに灯されたかがり火は、赤い炎ではなく鬼火だ。青白い炎は、今にも勝手に動き出しそうに揺らめいている。
「ブラウエルとかって奴が支配したら、国中が……ううん、世界中がこんな感じになっちゃうってことよね。冗談じゃないわ。そんなこと、させるもんですか。みんな、準備はいい?」
全員がうなずき、メリアーティス達は城門へと走った。
いつもならいるはずの警備兵は、誰もいない。それは予想していたものの、だったら代わりに魔物の番兵を置くかと思ったが、それすらもいなかった。
人間が入って来ることなど、考えてはいないのだろう。入って来てもすぐに片が付く、とでも思われているのか。
舐められている、と思う反面、通るのは楽だ。
しかし、楽なのは城門を過ぎる時だけだった。
門から城へ入るまでの前庭で、誰かがふらふらと歩いている。最初は影の洞窟から逃げ出せた誰かかと思ったが、メリアーティスはその姿に見覚えがあった。
ヴァイツェンの国へ戻って来た時、魔物を引き連れて現れた女魔性だ。
「あれって、ラツィオが魔物を全部消したから、逃げて行った魔性よね」
「ああ、そう言えば……」
メリアーティスに言われて、ラツィオもすぐに思い出す。セラップも少し遅れて思い出した。
ブラウエルと共に城へ現れた、アルカという妹の魔性だ。アルカの姿を知らないのは、これまで遭うことのなかったドーアンだけ。
こちらが気付いてからすぐに、向こうもメリアーティス達がいることに気付いた。
「おやぁ。誰かと思ったら、昼間街にいたお嬢ちゃんに剣士様じゃないか。こんな所まで来るとは、本当に命知らずな人間だねぇ。あらあら、かわいそうなお友達が一人増えてるじゃないか。その鳥は……ああ、王子のそばにいて逃がしてもらった奴だったね」
アルカはまるで酔っ払ったような表情で、メリアーティス達を見て嗤う。
「お兄様の邪魔をしに来たのかい? 残念だねぇ、そんなこと、あたしがさせやしないよ」
言いながら、アルカが手をすいっと横に伸ばした。途端に、メリアーティス達の周囲に魔物が現れる。
さっきまでメリアーティス達を襲っていた翼のある魔物をはじめ、人間より一回り大きな兵士の姿をした魔物や鬼などが無数にいる。
どれもが醜く、どれもが人間の血と肉を欲していた。
「ふぅん……お前、よく見たらなかなかいい男じゃないか。それにいい身体をしている」
アルカがなまめかしい目付きをしながら、ラツィオを誘った。
「どうだい、あたしと一緒に来るってのは。あたしを喜ばしたら、命は助けてやるよ」
アルカはブラウエルに言われたように、影の洞窟へ行って人間の男を手当たり次第に求めていた。だが、やはりどの男も満足できない。
あきらめて熱い身体を冷やそうと、外をふらふら歩き回っていたところだった。そこで、メリアーティス達を見付けたのだ。
昼間は自分の手下である魔物をみんな消されてしまい、いまいましく思っていたのだが、長身で体格のいいラツィオの身体を見て急に欲しくなった。
この男が相手なら、そこそこに満足が得られるのではないか、と。
言われたラツィオの方は、露骨に不機嫌な顔になる。
「どうも魔性に好かれるタイプのようですね、ラツィオ」
「ちっ、からかってんのか、ドーアン。全然嬉しくねぇよ。こんな時に、それも敵側の男を誘うなんて、色ぼけすぎだろ。ただの魔性でもごめんだってのに、よりによってド派手野郎だの淫乱女だの……。もう少しマシな奴はいないのかよ」
「ラツィオ、わたくしのように真面目な魔鳥もいるということを、お忘れなく」
セラップが、ちゃっかりと自分のフォローをしておく。
「ああ、そうだったな。こいつらを見てると、お前が本当にとんでもなくまともだってことが、よくわかるよ。とにかく、俺はお前なんかのお相手なんて、金や宝石を山と積まれたってごめんだね」
こんな魔性に取り入って命乞いをするくらいなら、戦って死ぬ方が自分に誇りが持てるというものだ。





