21.未解明の力
馬に乗って強く揺られては、ゆっくり休むというのは無理だろう。だからと言って、本当にどこかその辺りに置いて行く、ということなどできない。
ここからでは、メリアーティスの家へ戻るにも時間がかかる。キャプロックの城へ行く方がずっと早い所にまで、一行は来ているのだ。
進むのも戻るのも難しい場所に。
「セラップ……すまない、ぼくのために……。あと少しだけ、きみの力をかしてほしいんだ」
ソルフォードが、セラップに手をかざした。その手から、ほのかな金色の光が現れる。
光は、セラップの身体を優しく包み込んだ。まるで、春の太陽が地面を温かく照らすように。
「ソルフォード……?」
そこにいる全員の目が、その光に釘付けになる。
やがて、ソルフォードの手から光が消え、その手を引くと、セラップの目が待っていたかのようにぱちりと開いた。
さっき意識を取り戻した時とは、目に宿る光がまるで違う。
「これは一体……わたくしの身体はどうなっているのでしょう」
さっきまでの、今にも死んでしまいそうな、弱々しいセラップはもういない。きょとんとしながら起き上がり、元気に首を動かしてみんなの顔を見回している。
「俺も聞きたいぜ。ドーアン、これってどういうことだ? 王子にも魔法が使えるのか?」
驚いているのは、セラップだけではない。メリアーティス達も、そしてソルフォード本人も驚いている。
「ぼくは、これまでに魔法を習ったことはないけど」
「うん、そのはずよね。だけど、今のは魔法みたいだったわ。ソルフォードの手から光が出て……今までこんなことってなかったのに。まるで魔法使いみたいだわ」
ソルフォードと一緒にいた時間が一番長いメリアーティスも、これまで彼が魔法らしきものを使ったところを見たことは一度もない。
ドーアンがセラップの傷を治す時もほんのりと光が出ていたが、それとも違った。
「私にも確実なことは言えませんが、これが聖精の持つ力……ということでしょうね。魔法使いとは違った力で、魔法のように作用する力がある、と聞きました。今のは、癒しの力でしょうか。魔法使いの治癒魔法のような」
他にも自然に、もしくは訓練しだいで色々な力が使えるはずだ、とドーアンは説明する。
「自然に、か。うん、今のはそんな感じだったよ。何も考えずにやっていたから」
気付けばセラップの身体に手をかざしていた、という状態だった。
ソルフォード自身も、まだ聖精については詳しく知らない。自分で自分の力に驚かされているのだ。
「あれこれやってくれるねぇ、王子。魂だけ抜け出してくるわ、ローズのムチはあっさり切っちまうわ、くたばりかけた鳥を治療するわ……」
「く、くたばりかけた、とは失礼な! ちょっ、ちょっと一時的に体力の限界がきていただけです。わたくしはまだ、死ぬつもりなどありませんから」
セラップが人間なら、きっと顔を真っ赤にして反論しているのだろう。
「だけど、今のは……ぼくの力で、無理にセラップを休ませた、ということにしてしまったんじゃないのかな。つまり、セラップの身体を騙しているような形になるんじゃ……」
さっき、ドーアンは「セラップには休息が必要だ」と言った。それをソルフォードの力が麻痺させて、元気だと思わせている。
あまりの回復ぶりが、ソルフォードにそんな懸念を抱かせた。
「わたくしには、そのような感覚はございません。傷は王子とドーアンにほぼ治療していただきましたし、無傷の時のように、とはまいりませんが、身体は非常に楽になりました」
折れた骨も治っていたので、セラップは再び空を飛べるようになった。
「ふふ、本当に元気になったみたい。これなら、問題なく一緒に行けるわ」
「はい。みな様のおかげです。お手を取らせて申し訳ありませんでした。さぁ、早くキャプロックの城へ参りましょう」
セラップの言葉に、一行はすぐに賛成した。
回復の真相がどうであれ、セラップを置いて行かずに済むなら、ここで深く追求するのはやめておく。今はわずかな時間も惜しいのだ。
できればさっきのような「おかしな」魔性だけは出て来ないでほしい、などと冗談交じりに話しながら、それぞれ馬に乗りかけた時。
「……うっ!」
あぶみに足をかけようとしていたソルフォードが、突然地面にひざをついた。
「ソルフォード? ……ソルフォード、どうしたの。しっかりして」
気付いたメリアーティスが、急いでソルフォードのそばへ駆け付けた。
ソルフォードは自分で自分の身体を抱き締め、苦しそうに前屈みになっている。さっきまで笑っていたのに、顔色がひどく悪くなっていた。
「見付かった……みたいだ……」
かすれ、途切れがちな言葉。さっきまでの元気は、どこにもない。
「見付かった? 誰に?」
メリアーティスは急いで周囲を見回すが、今は魔物らしい姿はどこにもない。
ソルフォードの様子を見て、ドーアンが最初に気付いた。
「そうか、ブラウエルですよ。王子の魂がここにある、ということに気付かれたんです。身体へ戻るようにか、創魂珠の力を上げたのでしょう。王子の魂が、無理に身体へ戻されようとしているんです」
「そんな……何とかできないの。その魔法を止めるとか」
メリアーティスに言われても、ドーアンはくちびるをかむしかできない。
「申し訳ありません。私には無理です。そもそも、王子が魂だけでここにいること自体、不自然なんですよ。ブラウエルの力が邪悪なものだとしても、今は自然に戻すような魔法をかけているんだと思います」
「つまり、王子はこのままだと、遅かれ早かれ身体に引き戻されるってことか」
どういう情況かわかっているのに、誰も何もできない。
「メリ……ス……」
ソルフォードがメリアーティスを呼び、メリアーティスはソルフォードの手を握る。
「がんばって、ソルフォード。負けないで。あたし……あたしは何をしてあげられる?」
何もできない。尋ねたところで、たぶん何もできない。
魔法は使えないし、おかしな魔法を使っているブラウエルは目の前にいない。憎い魔性を斬りたくても、それができないのだ。
「ぼくは……戻される。ドーアンの言う通りなんだ。自然な形に戻す力である以上、剣にだってそれは止められない」
ソルフォードを守ってくれるはずの、アンゲルンの剣。だが、剣はブラウエルの力から守ってくれていない。
魂と身体が一緒にあることが人間の自然な姿である以上、そうなるようにする術をさまたげることが、剣にはできないのだ。
「メリ……ティス……頼……む……ぼくの……ぼくの身体を……」
戻そうとする力に抵抗しているせいか、言葉がさっきよりさらに途切れがちだ。
自分の意思を伝えようとするうちに、メリアーティスが握っていたはずのソルフォードの手がすり抜けた。仮の実体が消えつつあるのだ。
カシャンと音がし、剣が地面に落ちた。
「メリア……その剣を……持って……ぼくの身体を……」
「わかったわ、ソルフォード。創魂珠だか何だか知らないけど、絶対ぶっ壊すわ。あたし達が行くまで、魔性なんかにいいようにされるんじゃないわよ。必ず行くから。待ってて」
そこに見えているのに、もう指先すら握れない。気を抜くと泣きそうになるのをぐっとこらえ、メリアーティスは必死にソルフォードを元気づけた。
いや、自分で自分を元気づけているのかも知れない。
「城はもう見えてるんだ。すぐに行けるさ。王子、安心して待ってな」
「王子の意思が強くある限り、魔性の言いなりになることはありません。私達が行くまで、何とか堪えてください」
「この命に代えましても、お助け致します。王子、わたくし達を信じてお待ちください」
「あり……が……と……」
ソルフォードがそうつぶやく頃には、その姿はほとんど消えかけていた。
「メリアーティス……大好きだよ……」
「え」
その言葉を最後に、ソルフォードの姿は完全に消えた。あとは、彼が持っていた剣だけが地面に残る。
「ソルフォード……」
メリアーティスは、主を失ってしまったアンゲルンの剣を拾い上げた。





