35.メリアーティスの存在
一生に一度しかない、ソルフォードの大切な式典だ。それなりにおしゃれをしてきた(してもらった)つもりのメリアーティス。
長い髪は結い上げて薄紅色の花を飾り、少し化粧もしていた。
瞳と近い色のドレスは、できるだけシンプルなデザインにしてもらっている。リボンなどがあると、引っ掛けそうだから。だが、布地はいいものが使われている。
他の令嬢なら、新しいドレスというだけで気分が盛り上がるのだろう。
でも、普段のメリアーティスは馬に乗りやすい格好ばかりなので、たまにこんなドレスを着たりすると、それだけで何だか気恥ずかしい。
ほめられたりなんかしたら、なおさらだ。早く脱いで、いつもの格好に戻りたい。
「ねぇ、メリアーティス。ぼく達が一緒にいた時間って……短かったよね」
「え? そ、そうかな。……そうかも知れない」
ふいにそんなことを言われ、少し戸惑いながらもメリアーティスはうなずく。
父がキャプロックの城へ連れて来てくれて、その時に初めてソルフォードと会った。
あれはいくつの時だったろう。五歳になるか、ならないかの頃。たぶん、何かのパーティだったような気がする。
大人ばかりの中で、一つしか違わない王子とそこで会った。今のように二人してこっそり抜け出し、中庭で時が経つのも忘れて遊んで。
その時は、ソルフォードが王子だとは知らなかった。自分と同じように、親に連れて来られた貴族の子、くらいに思っていたのだ。
後で「この国の王子様なんだよ」と聞かされたが、特に気にはしなかった。
子どもに身分なんて関係ない。メリアーティスは、出会って一緒に遊んだ「ソルフォード」が大好きになっていたのだ。
そして、気が付くと、彼のそばにいるのが当たり前のようになって。
この十数年、いつも一緒にいたような気がする。
でも、ソルフォードが言うように、実際にはそんなに長い時間ではないのかも知れない。会っていた時間を全て足しても、きっと短いだろう。
でも、今日に至るまで、友人知人の誰よりも濃い時間をすごしてきた、とメリアーティスは思っている。
「あまり思い出したくないだろうけれど。ローズがメリアーティスの魂が珍しい色をしてるって言っていたこと、覚えてる?」
「え? あ、そんなこと、言われたような」
あのセンスが悪い魔性のことは、確かに思い出したくない。今までは見なかったが、思い出したことで今夜の夢に出てきそうだ。
「ちょっと違う、とか。どう見えたのか知らないけど、あんな魔性から珍しいって言われたくないわぁ。自分が珍獣になったみたい。で、それがどうかしたの?」
少し話が飛んだ気がして、メリアーティスは首をかしげた。
「気になって、マルゴーに聞いてみたんだ。そうしたら、実はマルゴーも以前から思うところがあったみたいで」
二人が一緒にいるところを見ると、他の誰といるよりも調和している。
水の中を魚が泳ぐように。鳥が空を飛ぶように。妖精達のハーモニーのように。
気になったマルゴーは、聖精について書かれた数少ない資料を読みあさった。
そこで見付けたのは、聖精のそばには輝きをさらに強める存在が常にある、ということ。
他の誰よりも、聖精を持つ者を知り、支え、助ける存在。
だからこそ、引き合う。惹かれ合う。
「以前、セラップが話してくれたんだ。ぼく達と初めて会った時、昼と夜の精霊に思えたって。マルゴーもそんな感じだって、教えてくれた。ぼくが太陽なら、メリアーティスは月だって」
「あたしが……月?」
てっきり「たくさんある星の中の一つ」だと、ついさっきも思っていたのに。
「他にはない存在ってことだよ。だから、魔性には珍しい色に見えたんじゃないかな」
「だとしたら、あたしまで目を付けられて創魂珠に取り込まれなくてよかったわ。ソルフォードみたいに抵抗し続けるなんて、きっと無理だもん」
「そうかな。メリアーティスは負けず嫌いなところがあるから、耐えられると思うよ」
「だといいけど。それ以前に、あんな珠に取り込まれないのが一番よね」
「確かに」
二人して、笑う。
それはともかく。
ソルフォードは、何を言おうとしているのだろう。
ゆっくりと、ソルフォードがメリアーティスの方を向いた。気負うふうでもなく、その表情はいつものソルフォード……のように見える。
「メリアーティス、一緒に歩いてくれないか」
「いいわよ。どこへ行くの?」
「え……あ、違うよ。どこへ行く、とかじゃなくて」
メリアーティスの返事に、ソルフォードは拍子抜けしたような表情になる。
「……これからずっと、メリアーティスと一緒にいたいってことだよ。ほら、さっき、一緒にいた時間は短いねって言っただろ。その時間をもっと積み上げたい。それに、忙しくなるから、手伝ってほしい。これまでのように、時々顔を出すとかじゃなく、ずっとそばにいてほしいんだ。……ごめん、どうもうまく言えてない」
ソルフォードはちょっといらいらしたように、自分の髪をかきあげた。
それから、もう一度真っ直ぐ、メリアーティスの顔を見る。
見られたメリアーティスの方は、胸がどきどきしてきた。ソルフォードの顔が、いつもより少し違って見えて。
「きみをぼくの元に迎えたい。ぼくの隣で、ずっと笑っていてほしいんだ」
「ソルフォード……それって、あたしを王妃にって……こと?」
メリアーティスは自分でそう言いながら、何て厚かましいことを口にしているんだろう、と思った。
これでソルフォードが首を横に振ったりしたら、恥ずかしい、なんてくらいでは済まない。
だが、ソルフォードはしっかりとうなずいてみせた。
「そうだよ。ぼくには、メリアーティス以外に考えられないから」
図々しくも、これまでソルフォードとは恋人「のような」関係だと思っていた。もしくは、それに近いもの。友達以上恋人未満のような。
でも、彼はこうしてはっきりとメリアーティスを必要とし、求婚してくれている。
月の光に酔わされてる気分だ。
「あ、あたしなんかを王妃にしたら、国がかたむくわよ」
メリアーティスのそんなセリフに、ソルフォードは吹き出した。
「そうかなぁ。だとしても、それはぼくが何とかするよ」
「本当に……あたしでいいのね? 後悔したって知らないわよ」
「しないよ。これでもぼくは、メリアーティスのことをよく知っているつもりだから」
ソルフォードの手がメリアーティスの肩に置かれ、そっと引き寄せる。
「ぼくはきみが大好きだよ。きみもぼくが好きだって、言ってくれたよね。それで何か不都合はある?」
メリアーティスは、首を横に振る。
お互い、自分の命が消えるのでは、と思った時、本心からの気持ちを言葉にした。伝えたい人の前で。
「できるなら……今、返事をくれるかい? メリアーティスの言葉が、気持ちが聞きたい」
返事は決まっている。ずっと前から。
「……あたしも、ソルフォードと一緒にいたい。ずっと、ずっと」
メリアーティスの言葉に、ソルフォードは安堵の表情を浮かべる。
「よかった……。この日が来るのを、ずっと待ってたんだ。幸せにする……じゃなくて、一緒に幸せになろう」
「うん」
ソルフォードの手がメリアーティスの頬に触れ、二人のくちびるが重なりかけた。
「王子! あ……いえ、ソルフォード王。こちらにいらっしゃるのですか」
部屋の扉をノックする音がして、外からセラップの声が聞こえてきた。二人はあと少しのところで、肩すかしを食ってしまう。
「ああ、ここにいるよ、セラップ」
ソルフォードが返事をすると、セラップが扉の向こうで新王をせかす。
「母上様がお呼びになっていらっしゃいます。広間の方へお戻りください」
「わかった。すぐ行くよ。……やれやれ、今日はゆっくりさせてもらえないみたいだ」
二人でゆっくり月を眺めながら語らいたかったのだが、今夜はそうもいかないらしい。
「仕方ないわよ。ソルフォードのためのパーティだもん。大広間へ戻りましょ」
「うん。だけど……キスする時間くらいはあるだろ?」
ソルフォードがいたずらっぽい表情で言い、バルコニーから部屋の中へと伸びる二人の影が、静かに一つになった。





