19.気付かなかったブラウエル
なぜブラウエルは、ローズに聞かれるまま、ここまで話すのだろう。
決まっている。それが成功するかどうかはともかく、ブラウエルは今言ったことを実行する気でいるだけ。誰にも邪魔させずに。
「ふぅん。それが嘘でもホントでも、何だっていいわ。今言えるのは、あたくしがあんたの支配なんてお断りだってことと、その男がどうしても欲しいってことよ」
ローズはいきなり、風の刃をブラウエルへ放った。
これという前置きもなしに放った力だが、ブラウエルは剣を出すと、その風の刃を跳ね返す。同時に、創魂珠の周囲に強力な結界を張った。
ローズの力で創魂珠を壊されては、あとわずかで魂が抜かれるはずだというのに、最初からやり直しになってしまう。ここで壊される訳にはいかない。
もちろん、奪われる訳にも。
ローズはブラウエルへ向けて、毒針を放った。細い銀色の針が、無数に飛ぶ。だが、相手はそれを全て剣で叩き落とした。
その間に、ローズは創魂珠を炎で包む。創魂珠が見た目通りに水でできていると思ったのか、それで水分を飛ばす算段らしい。
だが、ただの水でできているのではない創魂珠は炎では消えないし、それ以前に結界がローズの炎を阻んだ。
「この男はあきらめてもらおう。魂は俺のもの、身体はアルカのものと決まっている」
竜巻がローズを襲った。
ローズがさっき出した風の刃を、広範囲にわたって出したようなもの。逃げ切れないローズは守りの壁を出しながら、さらに大切な顔を腕で隠す。
風の勢いに押され、ローズは耐え切れずに謁見の間の壁に叩き付けられた。
「きゃああっ。あたくしの美しい髪と衣装がぁっ!」
ローズの力より数段強かったブラウエルの力は、ローズが出した守りの壁を破ってその髪や衣装を切り裂いた。
顔だけは腕でかばっていたのでどうにか無事だが、その顔をかばった腕や他はひどい状態だ。
「今すぐ引き上げるなら、生かしておいてやるぞ」
そんなローズの姿を眺め、ブラウエルは余裕の笑みを浮かべている。もう勝負は決まったも同然だった。
ローズの長かった金の髪は、風に切られて無残な形になり、身体のあちこちからも血がにじんでいる。
守りの壁を出していなければ、切られたのは髪や衣装ではなく、この身体そのものだっただろう。恐らく、こま切れ状態にされている。
さすがに、魔性の中でも強いと噂される男だ。その力は、伊達ではない。口だけではないのだ。
メリアーティス達を苦戦させていたローズだが、今は自分がブラウエルに苦戦させられている。
「これ、すっごくお気に入りだったのに……。ふん、やってくれるじゃないの」
ローズは長い舌で、手の甲に受けた傷から流れる血をなめた。
「直接あんたから坊やを奪うってのは、無理のようね。だけど、あきらめないわよ」
「何度来ても、結果は同じだ。いや、次に会う時は、今よりさらに強くなっているだろうな」
「ふふん、それはどうかしらね。あたくし、絶対にあきらめないわよ。ものは聖精。簡単にくれてやれるような代物じゃないんだからね」
「ふっ。何を言っても、負け惜しみにしか聞こえんぞ」
だが、今度はローズの方が、余裕のある笑みを浮かべた。
「あんた、その珠で聖精をどうこうしようと思っているらしいけど、今のままじゃ絶対に何も起きないわよ」
「ふん、戯れ言を」
「それが、そうでもないのよ。だって坊やの魂は、その身体にはないんだもの」
ローズのその言葉に、ブラウエルの顔から笑みが消えた。
「あらぁ、気の毒に。もしかしなくても、ずーっと知らなかったのかしら?」
ブラウエルの表情を見る限り、本当に気付いていなかったようだ。
それがわかって、ローズは形勢逆転とばかりに、にたにたする。勝ち誇っていた相手から余裕の笑みが消えるのを見るのは、とても楽しい。
「坊やはとっくの昔にそこから抜け出して、今は自分の彼女や家来と一緒にここへ向かってるわ。その身体を取り戻すためにね。坊や自身が取り戻せば、その魂も身体に戻るはずよ。今、無理にあんたから坊やの身体を奪わなくても、その時を狙うことにするから」
身体から魂を抜く、という手順を踏まなければ、ローズは魂を喰えない。今のソルフォードのように魂だけが一人歩きしている状態では、しかも半分実体を持ったような状態では「魂を抜く」ことは無理だ。
まずは、身体にその魂を戻し、改めて魂を抜かなければ。
あそこにある身体を奪ってソルフォードの元へ持って行き、魂を戻すつもりでいたローズ。
自分でそれができないなら、本人にやってもらえばいい。
抜くべき魂がない、からっぽの身体。こんな今の状態では、ブラウエルだってどうしようもないはず。
それなら……この聖精の持ち主は、まだ誰のものでもない。
「それじゃ、坊やが来る頃にまたお邪魔するわね。ほほほほほーっ」
奇怪な笑い声を残し、ローズは消えた。後には、ソルフォードの身体を睨むブラウエル。
アルカには待てと言ったが、正直言って自分でも妙だとは思っていたのだ。
あまりにも時間がかかりすぎている。確かに、聖精は普通の魂とは勝手が違うだろうが、それにしても変化というものがなさすぎた。
抜くべき魂がこの中に存在していないのなら、創魂珠だってどうしようもないし、変化の起きようがない。
「ふん、なるほどな。魂だけを外へ出すことで、創魂珠と同化するのを防いだ、か。おのれ、ソルフォード王子……なかなかやってくれるな」
ブラウエルは、いまいましげにつぶやく。
最初に聖精が現れた時、魂の輝きを強く感じた。それが感じられなくなったことに、もっと早く気付くべきだった。余計な時間を費やしたことになる。
ブラウエルは玉座へ戻ると、そこに置いていた水晶球を取った。呪文を唱え、本当に王子が外にいるのかを確かめる。
やがてそこに映し出されたのは、確かに数人の人間とともにいるソルフォードの姿だった。
普通に歩き、動いている。王子は魔法を使えなかったはずだが、まるで本体そのものが歩いているように見えた。
身体は間違いなく、創魂珠の中にあるのに。
「王子、いつまでもそううまくいくとは思わないようにね。おいたが過ぎるようだ。わたしを甘く見ていると痛い目に遭うということを、これからしっかり教えてあげますよ」
ブラウエルは水晶を持ったまま、再び創魂珠のそばへ行った。
水晶には、すでに何も映ってはいない。その水晶を掲げ、ブラウエルはさっきとは違う呪文を唱え始めた。
少しすると、水晶から黒い煙のようなものが漂い出す。
水晶に集められていた人間の恐怖や不安などの感情で、魔性が使う力として具現化したものだ。
ブラウエルの呪文によって、煙は創魂珠にまとわりつく。じわじわと中へ浸透してゆき、やがてソルフォードの身体にまとわりついた。
途端に、ただゆらゆらしていた王子の身体がびくりと震える。ブラウエルはその様子に、にやりと笑った。自分の魔法が効いている証拠だ。
「よくこの創魂珠から抜け出せたものですな。それはほめてあげますよ。だが、そろそろ戻っていらっしゃい。王子のいるべき場所は、ここなのですから。早くお戻りになることを願っていますよ。もっとも……願う必要などないでしょうがね」
☆☆☆
「ねぇねぇ、ソルフォード。この子、ケガしてるよ」
子どもの声が聞こえた。この声は、たぶん女の子だ。
近くにいる……のだろうか。よくわからない。
気配は近くに感じるが、声がいやに遠く感じられる。
眠りかけている時のように、意識と現実がひどく離れているような。
女の子が話している「この子」とは、もしかしなくても自分だろう。
それよりも、この身体が動かないのはどうしたことか。ぴくりとも動かない。
自分は生きているのか。それすらも、わからなくなってくる。目も重くて、開けられない。
「かわいそうに。きっと、他のけものにおそわれたんだろうね」
別の子どもの声がした。高い声だが、こちらは男の子だろう。
気配からすると、どうやらそこには二人いるようだ。
もっとも、今の自分は感覚がひどく鈍っている、という自覚がある。だから、そうだ、とは言い切れなかった。





