18.魔性と魔性
「ねぇ、お兄様。聖精がこうして見付かったとは言え、成人ではない。生きていれば、まだこれからも王子の魂は輝きを増してゆくはず。成長途中で、言わば出来損ないの魂をなぜ欲されるの? もう少し王子が年を重ねれば、その魂の力もずっと完全なものになるでしょうに」
「わかっている。だが、完全になっては困るのだ」
ブラウエルの言葉に、アルカは首をわずかにかしげる。
「普通の人間なら、その魂の力がピークの時に創魂珠と同化させれば、強い力が手に入る。だが、聖精の場合、このくらいの時期でなければならない。年を追うごとに輝きがますます強くなり、こうやって封じてもその力に創魂珠が耐え切れずに壊れる恐れがあるからな。いや、まず間違いなく壊れる。逆にピークを過ぎてから封じては、弱い力しか手に入らないのだ」
もし、魂の力を数字に表せたとして。
ピークが十なら、今は七辺りか。そのピークを過ぎてから、七に落ちた時の魂を得ても、創魂珠と同化した力は今よりもずっと弱くなる。
成長途中と、成長が終わって後は衰えるだけ、という状態では、同じ七でも魂の持つエネルギーの質が違うのだ。
もちろん、普通の人間の魂よりは強い力だが、どうせなら可能な限り強い力を手に入れたい。ブラウエルにとって、今が絶好のチャンスなのだ。
最高の時に、王子はその姿を現してくれたことになる。
「若い身体と、頂点を過ぎてあとはただ老いてゆくだけの身体。その二つを比べてみれば、確かに張りも艶も違いますものね。魂もそれと同じ、という訳ですか」
「特に聖精は、それが顕著になる。今の時期を逃す手はない。それに……たとえピークまで待とうと思ったとしても、こうして王子は姿を現した。結界を張ってあるとは言え、この魂は目立つから、当然我々以外に狙う輩も出て来る。他の奴らに横取りはされたくないからな。この世の中、熟すのを待てないせっかちな者が多い。……今のお前のようにな」
ブラウエルは、からかうような視線を妹に向ける。
「まぁ、お兄様ったら。そんな意地悪なことを」
「そんなに男が欲しいのなら、影の洞窟なり街へでも行って、適当な男をみつくろって来い」
「こうして目の前に、聖精の器がありますのよ。せっかく人間の中でも最高の男がこんなそばにいますのに、そこいらにいる普通の男では満足できませんわ」
「では、もう少し待て。うまいものを手に入れるには、それなりに時間がかかるものだ」
アルカは火照った顔をし、うるんだ目で兄とソルフォードの身体を交互に見ていたが、やがてその場を離れてふらふらと謁見の間を出て行く。
いつ吐き出されるかわからない王子の身体を待つより、とりあえず今は別の男でがまんしておこう、ということなのだろう。
「お兄様」
謁見の間を出る時、アルカはブラウエルに声をかけた。
「王子の身体が出たら、すぐに知らせてくださいませね」
「ああ、ちゃんと知らせてやる。余計な心配はするな」
「きっとですわよ」
アルカは悩ましげな表情で念を押し、今度こそ出て行った。
「あらあら、妹には優しいんだねぇ。いいお兄ちゃんじゃないのさ」
アルカが出て行ってすぐ、謁見の間にそんな声が響いた。
ねっとりとしたその口調に、ブラウエルは鋭い目付きで声の主を睨む。馬鹿にしたような言葉に対する怒りではなく、その言い方に不快感を覚えたのだ。
奇怪な笑い声を上げながら現れたのは、メリアーティス達が苦戦していたローズだった。
いきなりあの戦いの場から撤収したローズは、あれから真っ直ぐにこのキャプロックの城へとやって来たのだ。
「……何をしに来た」
「何をしに? やぁねぇ。それって、愚問ってヤツじゃないかしら? そこに聖精があるっていうのに、むざむざと見過ごす手はないでしょう? あたくしだって、魔性なのよ。素晴らしい人間の魂があれば、欲しいと思うじゃない。しかも、魔性ですら、生きてるうちに出会うことができるかわからない、聖精なのよ。これを放っておくはずがないわ」
「それで、横取りに来たか」
止まることなく、ローズは身体をくねらせながらブラウエルを見る。ただ歩き回っているのではなく、どうやら間合いをはかっているらしかった。
「あんたの結界は強いけど、ちょーっと張るのが遅かったようだわねぇ」
ブラウエルは聖精を認識した時点で、他の魔性が先に手出ししないよう、結界を張っている。
それ以前からこの国にいた魔物はさっさと消してしまい、自分がゆうゆうと聖精を手に入れられるようにしていたのだ。
そのため、ブラウエルの後からソルフォードの魂を狙う魔性は現れない。
だが、ローズは結界が張られる直前に、この国へ入り込んでいたのだ。あくまでも偶然なのだが、ローズにとっては最高にラッキーな偶然である。
もっとも、ブラウエルにすれば、そんなことは大した問題ではなかった。
「あいにくだったな。こいつの魂は、じきに俺のものだ」
「ブラウエル、あんた、そんな珠に王子を入れて、何をするつもりなの?」
ローズは隙をうかがいつつ、ブラウエルと創魂珠を遠巻きにしながら歩き回る。
本当なら、ブラウエルがアルカとの会話中、珠ごと王子の身体を奪えたらよかった。
しかし、ブラウエルは創魂珠のすぐ横にいたのだ。手を伸ばせば、触れられるくらいの位置に。
これでは、いくら不意を突いたとしても、簡単には奪えない。
自分の手下以外の魔物や魔性が結界内にいる、ということはわかるはず。にも関わらず、ブラウエルがローズを放置していたのは取るに足りない存在、と思っているのか。
そう考えると、ローズにも魔性としてのプライドがある。
相手は「取れるものなら取ってみろ」と言わんばかりの態度で、奪いに出られないでいるローズを笑っているのだ。
こうなったら堂々と出て行って、いやみの一つでも言わなければ。
ローズとしては、結果的に王子の身体さえ手に入ればいいのだ。
しかし、ローズにもわからないことがある。
ブラウエルは王子をすぐに喰う訳でもなく、何やら水のかたまりのような妙な珠に封じていた。
ソルフォードが言ったように、確かに王子の身体はここにあったが、その利用目的がわからないのだ。
「この男を放っておくと、危険だ。何か起きないうちに封じた。それだけだ」
「よく言うわね。それであたくしが納得するだなんて、思ってないでしょ」
「だが、事実だぞ。こいつは人間の分際でありながら、いつか魔界を支配するかも知れん」
聖精は、王になる素質を持つ。
それは、人間の世界だけでなく、魔の世界においても同じこと。
つまり、聖精を持つ人間は、魔界の王にもなりえるのだ。
人間に支配されること程、魔性にとって屈辱的なことはない。
魔性より力も弱く、寿命も短いはずの人間が、魔界を支配することでやがては魔性と同じように力を持つのだ。
だが、過去に「聖精を持つ人間が魔界を支配した」という事実はない。恐らく、その人間自身が「自分にそんな力がある」ということを知らないでいるか、人間の世界だけで手一杯なのだろう。
何にしろ、そういう可能性を秘めている、ということだ。
「そういう力があるってのは、あたくしも聞いたことはあるわよ。それが本当なら、放っておいて気が付いたら人間がご主人様になっていた、なんてことにもなりかねないものねぇ。だけど、それだけが理由じゃないでしょ。ブラウエル、何を考えてるの」
「なぁに、簡単なことだ。この男の代わりに、俺が魔界を支配しようと思っているだけ」
「はあ?」
ローズはその身体をのけぞらせ、甲高い声で笑った。
「ほほほほほーっ。ずいぶんと面白いことを言うじゃないの。あんたにそんなことができる訳? 他にいた聖精を狙う魔性は、ほとんどつぶしてきたらしいけど……。力がある、なんてほめられてるからって、ちょっとばかりいい気になってるんじゃないの?」
「ほめられる? 俺が他の奴らより力を持っていることは、事実だろう。それに、聖精の力を使えば、支配は十分に可能だ。喰うくらいでは、多少魔力が強力になったり命が延びるのが関の山だろう。だが、この創魂珠があれば、聖精そのものを得たも同じ」





