17.不審な撤退
今までも、そしてその前からずっと、魔物と戦っていたセラップ。いくら移動中はメリアーティスの肩で休憩ができると言っても、まだ魔物に付けられた傷は完全に癒えていないのだ。
そんな身体でローズに向かっても、まず勝ち目などない。
そうとわかっていても、大切なメリアーティスの一大事に動かずにはいられなかった。
しかし、結果は予想通りだ。地面に叩き付けられたセラップは、もう飛び上がることすらできなくなってしまう。
「ちょっとしゃべれるだけの鳥が、邪魔をおしでないよ。お前は後でゆっくり焼き鳥にしてやるから、待っておいで」
「ちょっとっ。セラップに何てことするのよ、この悪趣味魔性!」
「お黙り。わめくんじゃないわよ。さぁ、坊や。こちらへいらっしゃい」
ローズに手招きされ、ソルフォードは悔しそうな表情を浮かべながら魔性の方へと近付いた。
「……? 坊や、魔法を使ってあたくしを惑わせよう、なんてくだらないことを思ってるのかい? 悪あがきはやめた方がいいわよ」
近付くソルフォードの身体がぼやけているのを見て、ローズが不敵な笑みを浮かべる。
だが、ソルフォードは魔法なんて使えない。アンゲルンの剣を手放したことで、ソルフォードは仮の実体がなくなっただけなのだ。
「ああっ。何なのよ、それ。お前、その身体は本物じゃないわね」
ローズはいきなり、そのことに気付いた。センスが悪くても、さすがは魔性と言うべきか。
「どうりで光が強いはずだわ。身体をどこに置いてるんだい。身体から魂を抜かなきゃいけないのに、魂だけふらふらしてられたんじゃ、抜けないじゃないのよ」
身体の中から魂を抜いて、それを喰う。
魔性にも、色々と段取りがあるらしい。魂だけがすでに出ていて、抜く手間が省ける……という訳にはいかないようだ。
「……ブラウエルって魔性が、キャプロックの城で持ってる。たぶん、まだ大切に保管してくれているよ」
少しためらったが、ソルフォードは本当のことを言った。
ローズがここへ来たのは、ソルフォードの魂を取り戻すためではない。事情を知らず、単独で来た。ゲラーニエは、おまけのようなもの。
つまり、彼らは仲間ではない。
ブラウエルとローズの力関係は知らないが「あの状況では、どちらもすぐに自分の身体をどうこうはできないだろう」という読みが、ソルフォードにあった。
敵対しているなら、うまくいけばローズが創魂珠を壊してくれるかも知れない。
「ブラウエルだってぇ? ちっ……あいつの方でも、おかしなことをたくらんでいるんだね」
何か考えていた様子のローズだったが、ふいに戦闘態勢をといた。
いきなりメリアーティスを、ソルフォードの方へと突き飛ばす。あまりに突然だったのでうまく受け身を取れず、メリアーティスはソルフォードの前で転んでしまった。
「メリアーティス!」
今のソルフォードは実体がないので、手を差し出してもメリアーティスを支えてやれない。
「ゲラーニエ、お遊びはおしまいだよ」
久し振りに骨のある人間と睨み合っていたゲラーニエは、呼ばれてそちらを向いた。
「何だよ、おしまいって。まだ誰一人として魂は取ってねぇじゃんか」
「おしまいったら、おしまい。今はこれ以上やっても、無駄なのよ」
いきなりそう言われて、ゲラーニエは思いっ切り不服そうな顔をする。
「無駄って何が。続けてりゃ、こいつらの方が先にくたばるぜ」
「こいつらが先にくたばっても、意味がないのよ。もう少しだけお待ち。ここにいる奴らはごちそうなんだから、絶対に逃しゃしないさ。ただし、その前にちょいとやることがあるんだよ」
まだ不満たっぷりの表情だったが、ゲラーニエは構えを解いた。
「ちぇっ。回りくどいな。おい、お前ら。次に会う時は、必ず俺様が叩きのめしてやるからな。てめぇの知り合いに、最後のあいさつはちゃんとやっておけよ」
偉そうなセリフを残し、ゲラーニエはその場から消えた。
「あたくしも、ここでちょっーとばかり場を抜けさせてもらうわよ。でも、あんたの魂は必ず、この美しいローズ様がいただくからね。そんなおいしそうな魂、あきらめる気はないから。この次まで、しっかり磨いて待っておいで。ほほほほほーっ」
奇怪な笑い声を残して、ローズも姿を消した。
ゲラーニエの方はともかく、ローズが消えてそこにいた誰もが色々な意味で心底ほっとしたのは、仕方のないことだろう。
☆☆☆
謁見の間。
この城の王が……じきソルフォードが座るはずの玉座がある。
そこに、今はブラウエル・ビゾンは座っていた。
聖精を持つ王子を手に入れた今、もう自分が世界の王になったも同然だ。
その手には、彼の手よりやや大きい水晶球が乗っている。その水晶を見ながら、ブラウエルは満足そうな笑みを浮かべていた。
「ふっ……。面白いようにたまってゆくな。魔物達が街を徘徊し、空を飛び回るだけで、人間どもの恐怖は消えることがない。それどころか、ますます大きくなっていく。ここは大きな国だけに、人間の数も多い。豊かな国というのは、実にいいものだな。何でも手に入る」
ブラウエルの持つ水晶には、人間の恐怖が集められていた。
人々が魔物の姿を見て恐怖を感じるだけで、水晶にその感情が吸い寄せられる。たまったその感情は、魔性のエネルギーとなるのだ。
二日目となる今では、ずいぶんとその力もたまっていた。
魔物達は、街の中を我が物顔で歩いている。そのために外へも出られず、人間はその様子を見て憤り、何もできないことを悲しみ、魔物の醜さに恐れを感じ、いつまでこんな状態が続くのかと不安になる。
それら全てが、ブラウエルの持つ水晶に集まるのだ。
ブラウエルが最初にこの城を乗っ取った時、手下となる魔物には「人間を殺すな」と命令した。それは、人間の恐怖心をこうやって集め、自分の力の源として利用するためだ。
玉座の下には七段の階段があり、その下にはブラウエルの妹アルカがいた。
横には、創魂珠に封じられたソルフォードの身体もある。あれからずいぶん経つが、何の変化もない。
アルカは王子が封じられてからずっと創魂珠のそばにいて、ソルフォードの身体が魂を抜かれて外へ吐き出されるのを、今かと待っているのだ。
今日の昼頃だったか。待ちくたびれて、暇つぶしに街の人間達の様子を見に行った。
もしうろついている人間がいれば、それが女なら殺し、男なら見た目によっては色々な意味で喰ってやろうと考えて。
しかし、その時に出会った黒髪の少女と剣士らしい男に、引き連れていた魔物を全て消されてしまった。いまいましいこと、この上ない。
少女の方はともかく、男の方は相手にするにはちょっとばかり危険なにおいがしたので、さっさとその場を後にした。
すっかり気分を害したアルカは、それからはどこへも行かず、ずっとここにいる。
「ねぇ、お兄様」
「何だ」
ブラウエルは、水晶から妹の方へ視線を向けた。
「この王子の身体、一体いつになったら出て来ますの?」
拗ねたような口調で、兄に問う。
「王子を封じてから、今日でもう二日目。普通なら半日もすれば身体は吐き出され、それから一日もすれば魂は創魂珠に同化するのでしょう。それなのに、未だに何の変化もありませんわ。あたしの身体はこの男を求めて、とっくに熱くなっていますのに」
いかにも物欲しそうに、アルカは創魂珠の中にいるソルフォードを見る。
王子をこの創魂珠に封じ込め、魂が抜けた後の身体は兄からもらえることになった。その時から王子の身体を受け入れた時のことばかりを考え、アルカの身体は異様に熱を帯びている。
なのに、青白く表情のない王子は、ただ創魂珠の中でゆらゆらと揺れているだけ。何の変化も見られない。
「そう慌てるな。創魂珠もじき、王子の魂を抜き出すはずだ。今回の相手は、何と言っても聖精だからな。特別な魂だから、いつもとは勝手も違う。抜くのに時間がかかるのは、仕方ないだろう」
ブラウエルは持っていた水晶を王座に置くと、王子の様子を見るためか、階段を降りて創魂珠の近くへ行く。
アルカが、そんな兄のそばにすり寄った。





