15.さらなる新手
ソルフォードに言われ、メリアーティスは剣を握り直した。
「あたしが簡単に前菜になるか、やってみなさいよ」
メリアーティスが先に出た。剣を横に払う。
だが、今までの魔物のように真っ二つになることはなく、ローズはあっさりと後ろへ逃げた。
「ほほほほほーっ。その程度の腕でこのあたくしを倒そうなんて、ホントーに本気で思ってるのかい? 偉そうな口を叩く割には、大した筋じゃないねぇ。笑わせてくれるじゃないの。四年前のラツィオだって、もっといい太刀筋をしてたわよ」
言いながら、ローズは風の刃をメリアーティスへ向けた。重そうな音をたてながら、かまいたちがメリアーティスへ襲いかかる。
が、メリアーティスを斬る前にラツィオが走り、風の刃を跳ね返した。同時にドーアンも、メリアーティスの前に防御の壁を出す。
「誰かに守ってもらわなきゃ戦えないようなお嬢ちゃんは、さっさとお下がり。それにしても……んふ、確かに強くなったわねぇ、ラツィオ。嬉しくなっちゃうわ。だけどねぇ、あたくしもあれから美味な魂をいくつも喰べて来たのよ。美味な魂はこの姿を美しくするだけじゃなく、強くもしてくれるわ。あんたがあれから強くなったと言うのなら、あたくしだってそれは同じことよ」
ローズがムチを出した。緑のムチで、トゲが無数についている。
「ねぇ、もしかして……それってバラのとげ、なの?」
「よくおわかりね、小娘。そうよ。美しいあたくしの武器は、このバラのムチ。もちろん、大輪のバラはこのあたくし。だけど、美しいものにはトゲがあるもの。そう、あたくしもただ美しいだけじゃないのよ」
「一つ聞きたいのですが……自分で言ってて、恥ずかしくないですか?」
あまりにも「美しい」を連発するので、ドーアンが尋ねた。
ここまで自己愛の強い魔性は初めてだ。それも、自分の魔力の誇示ではなく、外見を全面に押し出してくるのは……たぶん、かなり珍しいタイプと言えるだろう。
メリアーティスが「恥ずかしかったら、言わないわよ」と、ローズより先に答えてしまう。
「全く、口の減らない小娘だこと。美しいものを美しいと言って、何がおかしいんだい」
「だって、美しくないもん」
「お黙りっ」
ローズのムチが、メリアーティス達を襲う。すぐに四方へ逃げたが、ムチが当たった地面は石畳が割れ、その下の土が深くえぐられていた。
その深さを見れば、さっきのかまいたちの比ではない。あんなのに当たれば、ひとたまりもないだろう。人間の身体など、あっさり真っ二つだ。
しかも、ムチは長い。剣が武器のメリアーティス達は、相手の懐に飛び込まなければ、まともな攻撃もできないのだ。
「植物には火、ですよね」
ドーアンが、素早く呪文を唱える。火の玉がいくつも現れ、ムチに取り付いた。
「ほほほほほーっ。無駄よ、無駄。バラのムチとは言っても、このムチは鋼鉄でできているのよ。燃やそうと思っても、燃えやしないわ」
ローズの言う通り、確かにムチが燃える様子はない。
「それじゃ、バラって言えないじゃない。ただのバラもどきよ」
「細かいことにこだわるんじゃないわよ、小娘。そんな小さいことを言ってるから、胸が小さいのよ」
「何ですってぇ! それとこれとは関係ないじゃないのっ」
頭にきたメリアーティスは、ムチのことも忘れてローズに斬り付けようとした。
そんなメリアーティスを、今や火のムチとなったそれで、ローズが迎え撃とうとする。
「メリアーティス!」
無茶だ。メリアーティスの持つ剣では、あのムチを受け止めることはできない。メリアーティス自身の力も、ローズに対抗するのは無理だ。
実際にそんなことを考えたのかどうかわからないが、ソルフォードはメリアーティスの前へ飛び出した。
鋭い音が響き、ソルフォードの剣がローズのムチをかろうじてはね返す。
「ソルフォード……」
「きみの欠点は感情で動くことだって、剣の先生に言われただろ」
言いながら、ソルフォードはメリアーティスを後ろにかばった。
「相手の言葉にのるんじゃない。付け込まれるよ」
「だけど……悔しいんだもん」
気にしていることを言われた。しかも、こんなけばくて、だっさださな魔性に。悔しさも倍になる。
「あんな挑発に乗るなんて、素直すぎるよ、メリアーティスは」
「あらあら、いい魂を持ってる男は違うわねぇ。自分を盾にして、女をかばうのかい? まぁ、その方があたくしにすれば、魂を奪いやすくなっていいけどねぇ」
言いながら、ローズがムチをしならせた。トゲと火のついたムチが、ソルフォードの身体に巻き付く。あまりの素早さに、逃げる間もなかった。
「ソルフォード!」
「王子っ」
誰もが叫んだが、ソルフォードの表情に変化はなかった。巻き付いたムチを、腕を広げることで切ってしまう。
「な、なんですってぇ? あたくしのムチを、こんな坊やが切るなんて」
驚いたのは、ローズだけではない。メリアーティス達も、目の前で起きたことに言葉もなかった。
いくつかに千切られたムチは、ぼとぼとと音をたてて地面に落ちると黒く焦げた細い針金のようになってしまう。
ローズはあっけにとられ、手元に残ったムチを眺めていた。
「一体どういう……」
ローズがつぶやいた時。
ソルフォード達とローズの間に、突然大きな雷が落ちた。
「きゃあっ」
ドーアンが張った結界がまだ生きていて、かろうじてソルフォード達にケガはなかった。
そうでなければ、直接の攻撃を受けなくても、雷が落ちた衝撃で飛び跳ねた石などに当たっていただろう。
それに、今のは自然の雷ではない。空には雷雲などないのだから、魔物の仕業と考えるのが妥当だろう。
だとすれば、跳ねた石ですら、何らかの痛手を受けたかも知れない。雷が当たった石畳は、黒く焦げていた。
「な、何よ、今の雷は……」
あまりに突然だったので、メリアーティスはどきどきしながら周囲を見回す。
「へぇ、俺様の雷撃をよくかわしたな」
雷が付けた黒焦げの横に、鋭く尖った黄色い歯を見せて嗤う新手が現れた。
油でも塗っているのか、やたらテカテカした黒髪をポニーテイルにしている。瞳は白に近い金色で、異様につり上がって。
背丈は、十歳前後の子どもくらい。だが、人間ではないのだから、本当の年齢がそんな子どものはずがなかった。
「ゲラーニエ! 危ないじゃないのよっ。あたくしまで焦がすつもり?」
「そう騒ぐなよ。どうせ焦げたって、大したこたぁねぇだろ」
ローズの怒りなど、どこ吹く風といったふうで、新手の魔性は耳をほじっている。
「何を言ってるの。あたくしの美しい髪が、雷で焦げるじゃないの。手入れにどれだけ時間がかかってるか、知ってるのかい。傷まないように、普段から特別配合したエキスを付けてだね……」
放っておくと、髪の手入れについて講義が始まりそうだ。
「あー、はいはい。もういいって。手入れしてんのはわかったよ。ちぇっ。あんたがこんな奴らに、いつまでも手こずってるからだろ。助けに来てやったんじゃないか」
このゲラーニエと呼ばれる魔性は、どうやらローズの仲間らしい。
「ふん。思ったより手応えがあったもんでね。でも、あたくしが話していた聖精は、間違いなくここにあるわよ。お前にも……ああ、お前は魂には興味がなかったんだったね」
「俺様は、身体さえあればいいんだよ」
しばし自分達だけで会話した後、ローズはこちらを向いた。
「紹介するわね。この子はゲラーニエ。ラツィオ、あんたと別れて、しばらくしてから組んだ相棒よ」
「付き合ってたみたいな言い方、するんじゃねぇよ」
ラツィオが抗議するが、ローズは聞いちゃいない。
「あたくしは知っての通り、魂を食べるでしょ。で、この子はその魂が抜けた身体を喰べるの。つまり屍肉喰よ。ねぇ、あたくし達って、なかなかいい組み合わせだと思わない? 何たって、無駄がないわ。魂も身体も残さずいただけて、お互いの好きな物は別なんだから、絶対にケンカも起きないし」
いい組み合わせ、と言われても、人間のメリアーティス達がうなずけるはずもなかった。





