14.ラツィオの仇敵
「ちょっと、ラツィオ。こいつって、何者なのよ」
「さぁ。どうだったかな。てめぇの名前は何っつったっけ?」
ラツィオは、会話するのもいやそうな表情をしている。だが、相手を見る目は、これまでよりもずっと鋭い。
「ああら、ラツィオったら冷たいのねぇ。この美しいあたくしの名前を忘れるだなんて。ローズよ。ローズ・ビュヴァール。どぅお、思い出してくれたぁ?」
「あーあ、思い出したよ。バラとは程遠いくせに、ローズなんて勘違いな名前を付けた、バカ魔性だったな」
相手は魔性だから同情はしないが、ラツィオの言い方も結構なものだ。
「おやおや、あたくしのこのセンスがわからないなんて、いい顔してるくせに無粋な男だわねぇ。これ以上ないってくらい、あたくしにぴったりの名前じゃないの」
「えー、そうかしら。そんなセンス、わかりたくないわぁ」
「うるさいわよ、小娘!」
つい本音を言ってしまうので、メリアーティスはよく怒鳴られる。
「ラツィオ。いつ、こんな魔性と遭ったんですか?」
「ちょいと、そこの赤毛の魔法使い。こんな、とはご挨拶だねぇ。だけど、気になるなら、あたくしのことやラツィオとの出会いを話してあげるわよ」
「……長ぇぞ、こいつの話」
ラツィオはしゃべる気も失せたらしい。
そして、ローズは勝手にしゃべり始める。
「あたくしは、美味な魂を求める魂喰魔。この美しい姿は、美味な魂によって得られるもの。張りのある肌。艶やかな髪。悩ましい肢体。そう、あたくしはかんっぺきな存在。これらは全て、素晴らしく美味な魂が作り出してくれるのよ。美味な魂……それは高貴な生まれの人間、修業を積んだ僧や魔法使い、そして強い騎士達の生命。高貴であればあるほど、修業を積めば積む程、その魂は気高く、美しく、おいしくなってくれるのよ。あたくしはそんな魂を求め、あちこちの国をさまよう麗しい魔性。人間っていうのは、何を考えてるんだか自分の身体をいじめて修業だ、なんて一生懸命になってるのよ。どういう神経を持ってるのか理解に苦しむけど、おかげであたくしは美味な魂を食すことができるのよね。そのあたくしがラツィオと出会ったのは……三年前だったかしら。残念ながら、場所は覚えてないけど。長く生きてると、色々な記憶が混ざってしまうのよねぇ~」
「四年半前だ。場所はティックの国。長く生き過ぎたから、単にボケて記憶がとんじまってるだけだろ」
横を向いてあきれながら、辛辣に口をはさむラツィオ。
「そうだったかしら。あんたのお口がちょーっとすぎるのは、以前に会った時と変わってないわねぇ。そう、あの時のラツィオも、すでにいい魂を持ってたわ。見付けたあたくしは、すぐにラツィオにアタックしたのよ。もう熱烈な求愛をね。それなのに、彼ったらあたくしの愛を全く受け入れてくれないんだから。本当に悲しかったわ。こんなに求めてるのに、拒むのよ。このあたくしが、強く求めてるってのにねぇ」
「いい加減にしろ! 誤解されそうな表現で説明するなっ」
頭にきたらしいラツィオが、剣を抜いた。
「本当に話が長いですねぇ」
「自分のことばっかりで、出遭いの説明部分が少なかったように思うけど」
「半分以上、ナルシストの主張じゃない」
「別の意味で、あまり出遭いたくない魔性でございますね」
みんながそれぞれに感想を述べる。
「ねぇ、ティックの国って言った? そこって、ラツィオが剣の師匠と出会って、修行していた所じゃないの?」
そこで剣の腕を磨いていたが、魔性が現れて師匠は亡くなり、ラツィオも瀕死になった……と聞いたような。
「ああ。その魔性が、こいつだ」
魔性を見る目が鋭くなったように思えたのは、気のせいではなかった。
ラツィオにとって、仇となる相手だったのだ。
「何が求愛だ。俺の魂を狙って、襲いかかってきやがったくせに。その不気味な笑い声を上げながらな。ったく、あの時は本気で駄目かと思ったぜ。おかげで、あの後はしばらくまともに動けなかったからな」
ラツィオが二十歳になって、まだ間がなかった頃。
師匠のフォルドレンに鍛えられ、五年近く真摯に剣の腕を磨いていたラツィオ。
その彼に、ローズは目を付けたのだ。
修業で磨かれた人間の魂は、ローズにとっては湯気のたつごちそうのようなもの。放っておく手はなかった。
仮にも魔性、厳しい修行を積んだ騎士や剣士達の魂を、今までどれだけ喰らってきたかわからない。
今度のごちそうも、自分の口に入るはずだった。
だが、ラツィオは今までの騎士のようにはいかない。どうしても魂を奪えないのだ。つまり命を奪えない。
ラツィオの師匠フォルドレンが近くにいたのも、原因の一つだ。
フォルドレンの魂も一般的な庶民に比べれば美味だろうと思われたが、彼は少し歳を取り過ぎていた。若いラツィオの隣にいると、くすんで見えるのだ。
なので、ローズはラツィオに集中して襲いかかった。
しかし、簡単にはいかない。
それどころか、相手の剣で自分はどんどん傷付けられてゆく。
自分の「美しい身体」に。
魔性だから、人間とは違って少し時間が経てば、傷は治ってしまう。だが、ローズにとってそんなことは問題ではない。
傷付けられた、ということ自体が大問題なのだ。人間に傷付けられるなんて、ありえない。
後ろ髪引かれる思いだったが、ローズはラツィオをあきらめて逃げることに。
その時には、ラツィオの方は瀕死に近い重傷を負わされていた。
通り掛かった猟師が倒れている彼を見付け、手当てをしてくれなければ、今頃ラツィオはここにはいなかっただろう。
師匠のフォルドレンは、ローズが逃げる時に向けた刃からラツィオをかばい、命を落とした。
彼も満身創痍だったので、ラツィオをかばわなくても長くはなかっただろう。
「あの時の借りを、きっちり返してやるぜ。師匠の仇も取らせてもらう。あれから俺も、腕を上げたからな」
もう二度と、あんなみじめな姿にはならない。奴がまた現れても、奴以上に強い魔性が現れても、返り討ちにするくらい、強くなってやる。
身体が回復したラツィオは、ローズとの戦いを忘れず(ローズ自身のことはあまり考えないようにして)修行に明け暮れたのだ。
「そうねぇ。魂の輝きを見れば、それがよぉくわかるわ。ずっとがんばってくれたのねぇ。だけど……今はあんたよりも、こっちの坊やの魂が欲しいのよ。ごめんねぇ。後でゆっくり遊んであげるわ」
ローズの目が、ソルフォードへ向けられた。
どんなに輝く魂も、聖精の輝きにはかなわない。王子の魂は比喩でも何でもなく、世界一のごちそうなのだ。
「あんたみたいな最悪センスな魔性に、ソルフォードは絶対に渡さないわ」
メリアーティスがソルフォードを守るように、立ちはだかった。
「何度もセンスがどうとか言うんじゃないよ、この小娘。お前達は、その坊やの後でゆっくり喰ってあげると言ったでしょう。ここには、いい素材が揃ってるようだからねぇ。修業を積んだ剣士に、魔法使いでしょう? ……おや、お前も他とはちょっと違う輝きを持ってるようだわねぇ。珍しい色だわ。それとも、その男の輝きに反射しているだけかしらん?」
「どうも頭にくるわねぇ、あんたのしゃべり方。あんたなんかに、あたし達は絶対に喰われないわ。あんたにだーけーはっ!」
他の魔性に喰われるのもいやだが、こんな気色の悪い魔性になんか、絶対にいやだ。とにかくいやだ。何が何でもいやだ。
「みんな、気を付けろ。こんなナリだが、こいつは結構強いぜ」
ラツィオが警告する。
これまでとは違う彼の構えが、その言葉に重みを持たせた。
「あらぁ、ラツィオったら、ほめてくれてありがと。嬉しい。お礼に、あんたの魂はデザートとして、ゆーっくり味わってあげるわ。ああ、もちろん、メインは坊やよ。小娘は前菜ね。魔法使いは、スープ代わりってところかしら。もっとも、あたくしは真っ先にメインからいただくけれどね」
「前菜って……軽くつまむ程度だって言いたい訳ぇ?」
「メリアーティス、そんなことで怒ってる場合じゃないよ。構えを乱すんじゃない」





