13.キャプロックの城へ
閉じられた空間の中へ放り込まれた人間は、それだけでも精神に影響してくるものだが、そこで得体の知れない影を見付けることで恐怖はさらにふくれあがる。
外にいる時は「そういうものがある」と知っているはずなのに、実際に見ればそんなことは頭から飛んでしまう。
実はそれが自分の影だと気付かず、逃げ切る前に大概の人間は狂って死んでしまうのだ。そういった人間の骨が転がっていたりもするから、なおさら恐怖に支配される。
「はあ、えらく物騒な洞窟があったもんだな。魔物にすりゃ、好都合って訳か」
「今は使われていないよ。ぼくの祖父より少し前の時代から、封印されているんだ。人間の死に惹き付けられて、忌むべき存在が寄って来るからって。母上やメリアーティスの父上はあそこがどういう場所か知っているから、連れて行かれたとしても無闇に動き回ることはないと思う」
ただ、マルゴーや数人の兵士が、ソルフォードの前でブラウエルに飛ばされた。その時にひどいケガをしていなければいいのだが、その点だけが心配だ。
「ここで考えていたって、何も始まらないわ。行きましょう、キャプロックの城へ。ソルフォードの身体を取り戻して、そのブラウエルって奴を叩きのめすのよ」
メリアーティスは立ち上がり、それからラツィオとドーアンの方を見る。
「あなた達も、手伝ってくれるでしょ」
その口調には「当然、手伝ってくれるわよね」という意味が……いや、圧が含まれている。
「私は、あの城に伯父がいますから。助けなければ」
ドーアンは王子に剣を渡しはしたが、ここにいるのは完璧な本物とは言えない。これではまだ、役目を果たしたことにはならないのだ。
それに、マルゴーが捕らえられている。セラップの証言で、それは確かなことだ。事情を知って、このまま一人でダーリエに帰るなんてできない。
「誰かのために力をふるえ、か……」
ラツィオは、ぽつりとつぶやいた。
あの日、辻占い師に言われた言葉。
主を選べ。
あれは予言だったのか、助言だったのか。そして、その主というのは、目の前にいるこの少年のことなのか。
……そうかも知れない。彼は、類まれな聖精を持つ人間。ここにいるのは、まさにその聖なる魂そのものなのだ。
いや、聖精ということを聞かなくても、ラツィオには心のどこかでわかっていた。
この少年は、確かに王となる人物だ、と。
さっき目を見ただけで、思わず一歩引きそうになった。それは、恐らく王子自身すら自覚していない。威光のようなものだったのだ。
それを感じたラツィオは、前へ出られなくなった。
「ラツィオ?」
「……いいぜ。のった。俺の力がどこまで通じるか、試してやるよ」
迷うことはない。きっともう、さっきから自分の中では決まっていた。
「剣士に魔法使いが同行してくれるのか。これで力強い味方ができた」
ソルフォードも、剣を持って立ち上がった。
「行きましょう、城へ」
☆☆☆
ルクスソーヴァ家の馬を借り、一行は城を目指した。
時々、下級の魔物が襲って来るが、そのたびに誰かによって煙にされてゆく。
だが、そうやって魔物が現れるたびに、足を止められるのには閉口する。怪しい森の中ならともかく、ここは街の中なのに。
誰もが建物から出て来ないままなので、ケガ人が出ないことが不幸中の幸い、とも言える。
「まーったく、うっとうしい奴らだ」
「外へ出ているのが私達だけだから、目立ってしまうのでしょうね」
「ぼくがいるから……かも知れない。剣があるとは言っても、今のぼくは魂そのものだから。剣も気配を隠し切れないんだ」
魔物はソルフォードの魂の輝きに惹かれて、吸い寄せられるように現れる。それをラツィオ達が振り払うのだが、中にはソルフォードに近付こうとしただけで霧散する者もいた。
「それだけ、王子の気配が強いのですよ。わたくしですら、肩に乗ることが難しいのですから。毎日おそばにいたから少しは慣れているのでしょうが、力の強さが普段とは違いすぎます」
セラップは、メリアーティスの肩に乗っていた。
本来なら、定位置であるソルフォードの肩にいるはずなのだが、魔鳥であるセラップは気を抜くと王子の持つオーラに弾かれそうになるのだ。
襲ってくる魔物のように霧散してしまうことはないが、それでもずっとそばにはいられない。せっかくソルフォードと再会できたが、今はメリアーティスの所にいるしかできないのだ。
「セラップ、そう気を落とさないで。ソルフォードの身体を取り戻せば、すぐに今まで通りよ」
「……そうですね。ええ、そうですともっ。すぐに、全ては元通りです。でなければ、おかしい」
「ほほほほほーっ!」
いきなり、どこからか奇怪な笑い声が聞こえてきた。
「な、何なの、今の変な声は?」
「わたくしの言う『おかしい』とは、そういう意味ではないのですが……」
こんな状況で笑うのだから普通の人間ではないだろうが、突然だったこともあって気味が悪い。
「何かはよくわからんが、こんな時に笑うんだからまともな奴じゃないだろ。……どうもいやな予感がしやがるぜ」
これまで顔色をほとんど変えずに戦っていたラツィオだが、今の声を聞いて露骨にいやそうな表情になる。生理的に、嫌なものを感じたらしい。
「みなさん、気を付けてください。強い気配を感じます。今までの魔物とは違う」
ドーアンが念の為、周囲に結界を張った。
これまでなら結界を張るまでもなく、誰もが魔物を蹴散らしていたが、そんなレベルの低い魔物の持つ気配ではない。
魔法使いが結界を張った途端、行く手に砂埃が舞い上がった。石畳で舗装された街の中なのに。
目をかばいながら、メリアーティスが怒鳴る。
「誰なのっ」
「これはこれは……。思わぬ所で思わぬ獲物が動いているじゃあないの。あたくしったら、なぁんて運がいいんでしょ」
言葉遣いは女性的だが、その声は明らかに男のものだ。
そして、砂埃がおさまると、そこには妙としか表現しようのない魔性が立っていた。
薄い金色のソバージュには、所々に緑やピンクのメッシュが入っている。顔は間違いなく化粧がされており、見事に赤いくちびるは厚め。
アイラインはくっきりと、まつ毛は「たっぷり」と言いたくなる量。逆に、眉はものすごく細い。
頬紅のオレンジが濃くて、奇妙に見える。はっきり言えば、変。
全身にぴったりと吸い付くような衣装はひとつながりで、派手なピンク色だ。上から下へ、薄いピンクから濃いピンクへグラデーションになって。
ネックラインはへそが見えそうな位置まで、細く深く。
足下はピンヒール。濃いピンクに、つま先部分が毒々しい紫。
「……知らなかった。魔物にも、センスが悪い奴っているのね」
「はぁ。魔の世界も、それなりに広うございますからねぇ」
「お黙りっ、そこの小娘に鳥!」
メリアーティスの言葉を聞いて、派手ないでたちの魔性が怒鳴る。
でも、こんな姿で怒鳴られても、あまり怖くない。と言うか、気を抜くと笑ってしまいそうになる。
もしくは、違う意味で怖い。
「ふん、お前なんかに用はないのよ。後でついでに喰ってあげるわ。しばらく待っておいで。あたくしが欲しいのは、そこの男! その輝く魂、聖精が欲しいのよ。んふ、なぁんておいしそうなのかしら。本当にステキ。見てるだけで、よだれが出てきそうだわ」
やはり、狙いはソルフォードのようだ。この状況から言っても、当然だろう。
「相変わらず、きったねぇ奴だな」
ラツィオの言葉に、みんながえ? という顔をする。
「相変わらずって……この魔性と知り合いなんですか、ラツィオ?」
ドーアンの問いに、ラツィオは渋い顔になった。
「あのなぁ……知ってはいるが、こんなのと知り合いになんか、絶対なりたかねぇよ」
「おやまぁ、お久し振りだねぇ、ラツィオ。相変わらず、いい魂をお持ちじゃないの。まさかこんな所で再会するなんてねぇ。これもエ・ニ・シって奴かしら」
しゃべりながら、身体をくねらせる。人間であってもなくても、気色悪い。
「けっ。俺としては、二度と会いたくはなかったがな」





